異常世界

キャッチコピー無し

1PV

副題 普通な平凡


@@@@@@


 無残な死体、鍵のかかった扉。

 如何にも、といった雰囲気のする現場に、二人の子どもが入っていった。彼らの着ている学ランとセーラー服は、近くにある普通科高校のものである。

「来てやったぞぉう、警部補!」

「警部補じゃねぇ、何度言わせる。勝手に変えんじゃねぇ」

 目を輝かせる少年の頭を軽く小突き、男はため息を吐く。

「ま、ほとんど階級なんざ意味ねぇけどな。で、どう思う?」

「ただの死体。なぁんにもいない」

「そうか……チッ、手柄が消えたか」

「いーんじゃないかな、別に」

 帰ろうとする二人の背後、携帯電話が鳴り響く。

 チリリリリリ、チリリリリリ、と鳴るコール音は、その場にいる三人の誰のものでもなかった。

 男は、部屋にあった黒電話を見る。犯人によってコードを切られていたが、確かにその黒電話は音の発信源だった。

 何も言わずに少女が前に出て、受話器を耳に当てる。

 薄い唇から漏れた言葉は、鈴の音のように軽やかで、秋風のように冷たかった。

「申し、申し。我、天を照らす柱、その御使なりて。汝、何者として我と相対し、汝、何事を我に願うや」

 ツー、ツーと無機質な音が返ってきた。少女はそれを最後まで聞き取り、

「あい、わかった」

 と受話器を静かに置いた。

 少女の体感で三分程、部屋が静まり返る。それを破ったのは、少女の携帯電話だった。

「……電話?」

「めーる。あどれす、をもらったみたいだ」

 今時珍しいガラケーを少年に見せ、少女は首を傾げた。

「これは、どうやってつかえばいいんだ?」


 文明開化が進む時代、各地の寺院や神社、祠やらが取り壊された。故に、そこに封じられていた魔のもの、魔でないもの全てが自由となり、現代社会でそれらが問題となっている。

 そこで作られたのが、陰陽署。大概は警察署内にそれはあり、陰陽署で働く人達も肩書きはだいたい警察官となっている。

 しかし、それは加美角市では例外である。

「警部補ぉ! 調査は済みましたかー!」

「黙れ」

 近くにあったティッシュ箱を投げ、廃咲 躑躅は煙草の煙を吐く。

「だぁれが、あのクズ共だ? あ?」

「……組長? 幹部?」

「自由業じゃねぇよ……で、何用だ、平井」

 名前を呼ばれ嬉しそうに目を輝かせ、少年は言う。

「みっちゃんに来い、と言われたので! ほらぁ、結論、犬じゃないですか、自分」

「本音は」

「合法で女装できるんで」

「そうか。なら早く着替えろ」

 窓辺の椅子に腰を下ろし、廃咲は遠く眼下に広がる街並みを見た。

 千本鳥居の先に、加美角市の陰陽署はあった。それは、この街で多発する怪奇現象が原因だろう。古ぼけた神社を改装し、数少ない署員がほぼ泊まり込みで仕事をできるようにしたその施設は、一般人が簡単に入れるものではなかった。

「本末転倒」

「ん? この署の事ですか? ま、確かにそうですよねぇ……住民の声をーって言いながら、山のてっぺんにあるなんて」

「おめぇさんらみてぇに飛んだりできるなら良いけどよぉ。俺みてぇな徒歩にも優しくねぇよな」

「どうでも良いです。トイレ借りますね」

 背後で鍵の閉まる音。

 しばらく、何をする事なく青空を眺めていたが、平井が着替え終え、数人の署員が出入りをし、午後五時のチャイムが鳴ったところで、やっと廃咲は重い腰を上げた。いつの間にやら、膝の上に黒猫が寝っ転がって欠伸をしている。

「お嬢、今日は何を取って来たんだ?」

 磨いていない彼の革靴の近くにはネズミの死骸が転がっている。それを手に取ると、まるで愛人が自分の好きなものをプレゼントしてくれた時のような、幸せ百パーセントの笑みを浮かべて、廃咲は猫の背中を丁寧に撫でる。

「お嬢は見る目があるなぁ。きっと、良い嫁さんになれるぜ」

「警部補ぉ、そのままお嬢といちゃつくつもり?」

 揶揄いの声を上げた署員に、廃咲は鋭い目を向けた。


 千本鳥居を抜けると、既に平井達は石段に座って呑気に談笑をしていた。側から見れば女子高生二人に見えないもないが、残念ながらこの場に女子高生はいない。

「ミコ」

「はいさき。こんにちは?」

「ああ、こんにちは。で、平井。どうして声をかけなかった」

「えー、だって警部補、お嬢と遊んでたじゃないか、って、うわ! 持ってきたのぉ?」

 顔をしかめた平井に、廃咲はネズミの死骸を近づける。

「お、食うか? 精がつくぜ? 多分」

「せいってなに?」

「知らん。根性じゃねぇのか? で、平井ぃ?」

「食べないって。それより、ほら、動いた方が良いと思いますよ」

 立ち上がり、スカートを払う。下の段に立てかけていた学生カバンを引っ掴む。その一連の動きを見て、ミコも立ち上がる。

「きょうは、あっち」

「何がいそう?」

「うーん。いぬ」

 見ていて不安になる足取りで歩きながら、ミコは想像を吐いていく。それに、平井が相槌を挟む。

「おおきい、しろいいぬ」

「へー。どんな子かなぁ?」

「まーちゃんみたいに、あかるいこ」

「へー、あたしみたい、かぁ。じゃあ、きっと公園にいるんだろうね」

「うん。あ、でも、おおきいあきちで、あそんでるかもしれない」

「あー、有り得そう! じゃあ、きっと飼い主さんとフリスビーでもしてるんだね!」

「だな」

「そういう場所って、この先だとどこがあるっけ? 警部補ぉ」

「……白露公園」

「あー、ホントだ! 警部補天才。じゃあ、その犬も白露公園にいるんだろうね」

「うん! でも、げんきなこだから、ぬけだしてるだろう。あんなふうに」

 ミコが指差した先には、犬がいた。狼のようだ、と廃咲は思い、ため息を吐く。

「毎日、毎日、こりねぇなぁ?」

 胸ポケットから煙草を取り出し、一本咥える。

「あ? いい加減焼くぞ? ほら、どこぞの国では食うって言うじゃねぇか。した事ぁねぇが、うめぇんだろ? どうせ」

 犬は唸りながら廃咲を睨む。が、一向に近づこうとはしなかった。

 それは、相手の数が多いからではない。そんな事で怯む程犬は弱くなかったし、頭が良くなかった。本能で生きてきた彼が足を止めたのは、ただ単に廃咲が強いからであった。

 廃咲は一歩を踏み出す。煙草は煙をくゆらせず、葉の詰まった断面を相手に見せていた。

「お前と俺は初対面だが、俺達とは何度か会ってんだろ? で、何人か殺したろ? 本当なら保健所だかなんだかに連れて行ってやりてぇが、誠に残念ながら、お前の正体が祟りだと分かった。って事で、まぁ、死ね。死ぬ程の苦しみを味わう前に」

 平井が瞬きを数度した後、そこには真っ赤な血を散らした犬が転がっていた。鋭い犬歯のついた頭が廃咲の首筋に刺さっていたが、当の本人は気にしていないらしい。血糊のついた手を払い、舌を鳴らす。

「洗わねぇとな。ダリィ……で、ミコ。電話は来たか?」

「……ああ。でてもだいじょうぶか?」

「出ろ」

 蓋を開け、人差し指で通話ボタンを押し、マイクを耳元に押し当てる。

 ミコが会話をしている間、廃咲は低めた声で平井に問う。

「あの相手が分かるか? 逆探知は、どちらも不可能だった」

「試してるけど、成功はしてないよ。でも、もし分かるにしてもかかる時間と得られる情報が釣り合わない」

「一文字の絵と比べて?」

「それは、初期の? 今のとは比べもんになんないけど、昔のだったら……あー、負ける。おんなじくらい時間がかかって、成果は半分ってとこかな」

「最悪だな」

「絶望的にね。でも、きっとそろそろ自然と分かるよ……昨日成功した占いの結果。チョーゼツ信用できるよ」

 平井はその場でクルリと回る。

「こっからは推測だけど。多分、犯人は今夜現れるね。場所はこの街のどっかだろうけど、そこまで遠くじゃないと思う。戦う事になるかどうかは分かんないけど、平和的に解決はしないだろうね。朝まで延びたら街に被害が出る。結界なんかはないだろう。明日の課題があるから、あたしは、確実に手伝えない。でも、絶対にミコは着いて行く。犯人の目的は、ミコ自身。防衛はできそうにないけど、一文字ちゃんは絵で忙しい。他の人も大体夜は動けない。百パー戦力になるのは、廃咲しかいない」

 いつに増して真面目な顔。それを見下ろしながら、廃咲は鼻で笑った。思わず平井の顔が赤くなる。

「し、心配してあげてんのに!」

「男にデレられたって嬉しかねぇよ。つか、心配だ? お前、俺をなんだと思ってんだよ」

「……慢心だ」

「慢心で十分。勝てなけりゃ、俺が死ぬだけだ」

 問題にすべき事は何一つない、というかのように、廃咲は皮肉めいた笑みを浮かべた。


 満月が美しい真夜中。寝巻き姿で起き上がったミコは、窓辺に座る廃咲を見た。逆光で表情は見えなかったが、おそらく普段通りの不貞腐れた顔をしているのだろう。

「起きたか。どうした、怖い夢でも見たか?」

「……でんわが、なったんだ」

「そうか。んじゃ、なんか羽織ってこい。それじゃあ寒い」

 言われた通りカーディガンを取ってきて、二人並んで月照らす街に出る。

 一人で走り出そうとするミコの手を掴み、ゆったりとした足取りで、ただ何を話す訳でもなく歩き続ける。

 月明かりと街灯達のおかげで視界は明るいが、それでも、白露公園の中では不気味な影が踊っていた。影はミコに気づくと、嬉しげに首を持ち上げる。

「あア、待っていたヨ」

「あなたが、でんわのひと?」

「うン。ボクが、キミに電話したんだヨ。ねェ、もう少し近くでお喋りしよウ?」

 頷き、近づこうとしたミコを引っ張り、廃咲が前に出る。

「てめぇ、何者だ。こいつに何する気で呼んだんだ。返答によっちゃあ、警察に突き出すぞ」

 脅すような低い声音に、笑い声が返される。

「面白イ、面白いネ」

 影の顔は見えない。シルエットは人型のようだが、動きが人間らしくない。関節がいくつもあるように、手足が滑らかに揺れている。

「ボクはただ、その子をあるべき場所に連れて行きたいだけサ。そういうキミの方こそ、何のつもりなんだイ? その子を誘拐したくせ二」

「人聞きが悪りぃ事言うんじゃねぇ。誘拐じゃなくて、保護だ」

「こちらにしてみればどッちも同じサ。ねェ、良いだろウ? キミ達はその子の扱いに困ッているようじャないカ」

「全く困ってねぇから黙れ。そんなに牢屋に行きてぇのか?」

「ふふふ、面白い事を言うネ。本当は、とッてもとッても困ッてるの二。何で嘘をつくんだイ? 嘘つきは、泥棒の始まりだヨ?」

 ミコが廃咲を見上げる。が、視線は交わらない。

「……ほんとう?」

 しばらくの不気味な間の後、

「好きに考えろ」

 と、投げやりに返事を吐く。

「お前の事をどう思っていようが、手放す気は一切ねぇがな。どこの界隈に自分からジョーカー手放す奴がいんだよ。いたとすりゃ、そいつぁ、ただの阿呆だろ」

 いつの間にか点いていた煙草の火が、黙々と煙を出していく。

 やがて白は闇に溶け、赤は黒へと変貌する。

「さて。じゃあ、軽く教鞭を振るってやろう」


 火の消えた煙草を足で踏み消す。

「まず、怪奇現象の種類。伝承型と物語型と変異型の違いについて、分かるか? ミコ」

「……でんしょうは、むかしばなし。ものがたりは、おはなし。へんいは、それいがい」

「大正解。ちゃんと説明し直すと、伝承型は、字の通り古くからの言い伝えにより形成されたもの。物語型は、瞬間的に広がった話題から形成されたもの。変異型は、そのどちらでもない分類不可能なもの、又は危険度が高いもの、だな」

 目は、影を捉えて離さない。

「なら、あれはどれになると思う」

「でんしょう、ではない」

「ああ」

「へんいは、ちがう。ものがたりがた?」

「そうだな。電話に出たら一週間以内に連れ去られる噂が、最近ガキ共の間で流行っているらしいし、それだろ。多分」

「ああ、そういえば、そうだ。きいたことがある」

 影の形が少しずつ変わっていく。

「それは、どういう噂だった」

「……でんわのこえは、おとこのこえ。まいにち、まいにち、すうじを数えていく。じゅう、きゅう、はち、なな、って。ぜろになったら、おしまい。くらいとこにつれていかれる。もどっては、これない」

「成る程。そりゃあ、良い」

 廃咲が口角を吊り上げた。

 ミコと繋いでいた手を離し、一歩を踏み出す。草の上だというのに、カツンと硬質な音がした。

「戻って来れねぇ空間に、永遠を生きる奴をぶち込んだら。どうなんだろうなぁ? 自殺もできず、餓死もできず。ただ、永遠の暗闇を生きるのか? んなもん、廃人になるしかねぇじゃねぇか。ハハッ、良い。最高だ。最高過ぎて反吐が出る」

「キミ、は、もしかしテ。いや、やっぱり、」

「ああ、そのだよ。存在したら。適用したら。デメリットがなかったら。最高に狂った設定集が、俺だ」

 紅玉の瞳が月光を反射する。

「ああ、『月が綺麗ですね』」

 口の端から覗いた牙が、きらめいていた。


 さんさんと太陽が眩しい翌日。

 廃咲は顔をしかめ、窓辺の椅子に背を預けた。

「あーあ、これだから吸血鬼はヤなんだよ。飲まねぇと死ぬ程辛いし、飲むにしたって味の上下が酷すぎる」

「それでも、君が選んだんじゃないか」

「無理矢理な。つか、死ぬ前に選ばせるとか趣味悪すぎませんかねぇ? ほぼ一択じゃん」

「それでも、選んだんだ。文句は言わせないよ」

「そうかい。じゃ、散れ、散れ。散って、永遠に顔を見せないでくれ」

 手を振り、舌を鳴らす。

 廃咲という男は、物語型の吸血鬼である。もっとも、昨今のアニメや漫画のお陰で、弱点らしい弱点は全て潰れており、吸血鬼要素といえば血を飲む事くらいしかないのだが。

 彼は、己を吸血鬼にした存在を憎んでいる。憎んで、憎んで、憎みすぎて、一転して、愛していると錯覚していしまう程に。


 それでも、世界は回るのだ。

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