恋心
__俺史上最大の謎である
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副題 有情無情
愛とか恋とかそういう話。
@@@@@@
シャンと鈴の音がした。
振り返ると少女が立っていた。短い金髪の下から、全てを見下すような緑の目がいつも通り見える。
「一人で出歩くな。迷子になるだろうが」
「でも、見つけてくださるじゃないですか。ね?」
呆れながらその手を取ると、嬉しそうにすり寄って来る。まるで猫だ、猫。
「こうやって、いつでもどこでも見つけてくださるから、あたしも安心して出歩けるのですよ」
「出歩くな……目が見えんくせに、なぜ一人で行く」
返答はない。
「……そんなに。視力を奪った事が憎いか。見えん目で世界を見て、それ程にも俺を責めたいか」
「……なんでそう捉えるのですか?」
今度は俺が返答できない。
なぜそう捉えたか。そんなの分かるわけがない。強いて言えば、俺がそういう性質の人間であるから、だ。
だが。きっと、それだけじゃあない。
しばらく、二人黙って歩いていた。が、港に近づいた頃、コロコロと笑う声がした。
「良い匂いがする……これは、魚かしら?」
「干物。魚の干物が売っている」
「美味しそう。お昼にしませんか?」
「……だが、あれは食いにくい」
「そう……じゃあ、あなたが美味しそうって思うものは、どれですか?」
周囲を見ると、パンを売っている屋台があった。干物を買ってからそこに近づき、パンを買う。
花壇の淵に腰を下ろす。
「わぁ。温かい…………ええ、美味しいです」
「そうか。良かった」
「美味しいわ。とっても美味しい」
とても美しい笑顔だ。いや、美しいのは笑顔だけではない。目さえ見えていたら、舞台に立つ事だって容易くできたであろう。器量も良い。本当に、目が見えていたら。
「……お前は、普通に生きたいとは思わないのか」
「普通に?」
手を止め、首を傾げる。
「例えば?」
「
「ええ、勿論」
左手が伸ばされる。
「えっと……ここ、ほっぺたじゃないわね」
「首」
手を掴み、頬に当てる。途端、嬉しそうに口元が綻ぶ。
「ありがとう……ええ。あたしは、あなたと旅を続けたいです。できればずっと。でも、きっとそれは無理ね。あたしは目が見えないし、あなたは歳を取らないもの。先にあたしが死んじゃいます」
「……それは」
「良いわ、別に。あたしは気にしていませんもの。でもね、あたしは__」
言葉はそこで途切れた。
先程まであいつが座っていたところに、赤い花が咲いていた。毒々しい赤色だ。その茎に、小さな紙が結ばれていた。解いて開くと、細い文字で何かが書かれて、いや、内容は分かっている。
「……港の大型船」
顔を海へ向ける。最近話題の蒸気船がそこにはあった。
蒸気船の構造なんざ、俺は知らない。だが、手紙の主の性格は熟知している。
真向かいの煉瓦造りのビルの上。優雅に双眼鏡を眺める男がいた。気に食わない金髪だ。
「おい。来たぞ」
「あらら、バレてました? 悲しいなぁ」
振り返ってこちらを見る目は赤。ルビーのような、毒々しい赤色だ。
「兄として当然だ」
「ハッ……兄さんは死にました。名乗るな、愚民」
「何度でも言おう。貴様が兄と慕ったのは、俺に植え付けられた俺でない者だ。文句は貴様の大好きな神様に言え」
「そう言われようが、僕はあんたを兄さんと思えません。あと、主の侮辱は許せませんね」
「それであいつを誘拐したのか? 笑わせてくれる」
白い服が飜り、長剣が俺に突きつけられる。
目が笑っていない笑みがそこにはあった。
「
金属が擦れる音が響いた。
細身の長剣。構える姿は百合の騎士のよう。
両刃の戦斧。構える姿は戦乱の猛者の如し。
いつぞやに、誰かが例えた言葉が脳裏をよぎった。
一歩を踏み出し、横薙ぎに払う。間合いの外に逃げられるが、それなら詰めれば良い。そう思って踏み出し、突きを繰り出した剣をギリギリで避ける。髪が数本散っていく。間を空けずに腰を落とし下段回転蹴り。当たったが、効果はなさそうだ。斧を振り被り、攻撃を阻止する。ついでに腕を怪我したらしい。すかさず上段蹴りで剣を飛ばし、斧を縦に振る。頭部から綺麗に入ったが、それでも生きているだろう。心臓がある辺りを薙ぐ。
これで死んだだろう、と油断したところで衝撃。胸を突く痛み。迷う事なく斧を背後に振り、当たらない。当たらない!
「終わりだっ!」
目前に差し出された剣を避け、吐血。
斧を振れず、屋上から俺は落ちる。墜ちる。堕ちる。
__ここで死ぬか。いや、無理だな。
壁に足をつけ、蹴る。手すりを掴み、這い上がる。俺は、まだ生きねばならない。
床を蹴り、跳躍。一気に距離を詰め、振り落とす!
鮮血が周囲に散った。
そうして、今。目の前にあるのは緑眼の死体。すでに殺されていたらしく、冷たくなっていた。
「死んだか」
興味は失せた。だが、なぜか俺は泣いていた。声は震え、怯えていた。
なぜ、人間に執着するか。なぜ、堕天すると分かっていて恋をしてしまうのか。神が間違いを犯さないのが事実であれば、これは俺史上最大の謎である。
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