夜のない世界

__目覚めない夢を見させててくれ

1PV

副題 現ではない世界


@@@@@@


「目覚めない夢を見させてくれ」

 彼女の願いはそこで叶った。


 空は相も変わらず青く晴れ渡っていた。太陽もいつも通り天球の頂上にある。普段と少しも違わない、日常の一ページだ。俺はそれを非日常にする為に、正確には元に戻す為に、目の前にそびえる高い高い塔に登らなければならなかった。

 螺旋階段に足を置き、一歩一歩と地道に進んで行く。背負ったカバンには一週間分の食料が詰まっているが、理想としては三日で終わらせたい。縄なら持って来たから、帰りにそれを使って時間を短縮して、遠い所、できれば王都とか、そういう所に行こう。どうせ、村には戻れないのだから。

 どうやら、俺の前世はかなりの悪人だったらしい。だから生まれた時から俺は見下されてきたし、この苦行に選ばれる程度には嫌われているようだ。

 噂だが、他の村や町では前世で差別される事がないらしい。なら、俺はあんな村を出て、そういう所に行きたい。無理なら、それで良い。


 一日目。

 そろそろ足がくたびれたので休憩する。

 階段に腰を下ろして、近くの窓から外を見る。とても高い位置にあった。だが、螺旋階段はまだまだ続いている。

 しばらくして休憩を終え、また歩き出す。時計を見ると、ちょうど十六時を指していた。もう少し登ったら寝たいが、果たして踊り場があるだろうか。上を見てみるが、それらしき所はなさそうである。だが、俺は目が良いわけではない。もしかしたら今は見えないだけで、仮眠を取れそうな所があるかもしれない。希望を胸に足を進める。


 二日目。

 やっと辿り着いた踊り場で朝を迎える。時刻は七時、相変わらず太陽は天球の頂上にある。簡単に食事を済ませ、歩き出す。

 幾度目かの休憩の後に、白骨死体を見つけた。機械の部品が近くに転がっているから、おそらく生前はサイボーグだったのだろう。漁ってみると、音声記録機を見つけた。再生ボタンを押してもなかなか起動しなかったが、我慢強く待ち続けると壊れた音声で喋り出した。

『私は__________。__________です。________を助ける為、____して登り始め______が、もう、稼働____が__いです。歩けま____。ですか__、記録を残__うと思____す。既に世界は____日目を迎えました。ずっと太陽が____上に______います。もう__を何日も見て__ま____。唯一の__法は、彼女を____る事だけです。誰か、お願い__ます。彼女を止め……__…………………______……………炉心が崩壊し__した。型番____の______機、愛称______はその機能を停止____した。メンテナンスを__願いします。メンテナ____をお願いし____。』

 どうやらメンテナンスをされないまま放置されたらしい。あと、サイボーグではなくアンドロイドだったようだ。届くか分からないが冥福を祈り、歩き出す。


 三日目。二十時を回った頃に最上階に着く。円形の屋上の中央には、黄金色の盃が浮いていた。噂通りなら、聖杯と呼ばれるものだ。近づくとゾワリと背中がむず痒くなった。

「君が、夢を終わらせるのかい?」

 聖杯に触ろうとした時、優しい声がした。振り向くと黒い目の人が俺を見ていた。長い白髪はとても綺麗で、思わず見惚れてしまいそうだ。

「ええ、はい。俺が、夢を、終わらせます」

「そう……そうか」

 綺麗な人は俺の隣に立つと、どこか悲しげに笑った。

「目覚めない夢だなんて、馬鹿らしいよな。本当に、馬鹿らしい。なんで先生はこんな世界を望んだのか」

「先生?」

「ああ。夜のないこの世界を作った張本人こと、階段の途中でくたばってる白骨死体だよ」

 それから、綺麗な人はポツポツと喋り出した。音声記録機は自分が録音したものである事。白骨死体の人は彼を修理した後、疲れたように、眠るように死んでしまった事。アンドロイドである彼には、人間の願いを叶える聖杯が使えなかった事。塔を降りて人と話す勇気がなかった事____どれくらい喋っただろう。俺もかなり饒舌だった。村で差別されてた事。父も母も病気ですぐに死んでしまい、迷信深い祖父母に育てられた事。字が読めない事。勉強した事がない事。他の村や町に行きたい事____心の奥底に隠しておいて誰にも喋る気がなかった事まで話してしまった。綺麗な人は、黙って聞いていてくれた。


 多分、四日目。

 聖杯を使って夜が来る事を祈って__夜が来た。世界が暗くなって何も見えなくなって、それでも綺麗な人の声は聞こえていた。

「夜が明けて朝が来たら、塔を降りて旅に出る。人里に出るなんて、久しぶりだ」

「……本当に、一緒に良いのか?」

「勿論」

 案外、非日常とは平坦なものかもしれない。


「楽しい夢から目覚めさせてくれ」

 少年の願いはそこで叶った。

 ついでに、聖杯は砕け散った。

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