マヨイガ
__とある山奥にて
3PV
副題 誰によって伝えられたか
とある山奥にある不思議な家にて。
「私」は何を見、何に会ったのか。
@@@@@@
青空が私を見下ろしていた。
目の前にある古めかしい木造住宅こそが、麓の村で聞いた「マヨイガ」なのだろう。特徴と一致している。
家の近くで駆け回る鶏。遠くからかすかに臭う家畜の糞。戸に手をかけると容易に開き、中は汚れ一つ見当たらない。ある部屋には漆塗りの食器が数多にあり、またある部屋ではできたばかりと思われる和食がある。
そして、人の気配は一切ない。誰かの視線を感じる事も、幽霊か何かがいる時の独特の雰囲気も、ない。
目を閉じて神経を研ぎ澄ます。依然気配はないが、かすかに遠くから何者かの足音が聞こえた。いや、これは足音と言っても良いのだろうか。ズズッ、ズズッと、何かを引き摺るような、不安を煽る音だ。
思わず、幼少の頃に聞いた寝物語を思い出す。
____日を跨ぐ前に寝ない子は、大きな大きな怪物に連れ去られてしまう____当たり前だがそれは子ども騙しの嘘だ。しかし、その時に聞いた怪物の姿と、この音の正体がなぜか似ている気がした。
「……日を跨ぐ、か」
声は掠れ、震えている。
腕時計を確認すると、今は八つ時午後三時。もしその怪物と音の主が同一だとしても、安全だろう。
梯子段で二階に上がる。どれ程慎重に歩いても、ギィギィ、ギィギィと古い音がたってしまう。
これじゃあ、何かあった時に逃げにくいな。冷静になっている頭で逃走経路を考えようとしたが、やめた。どうせここは山の中だ。何かあったら不慣れな自分では逃げられない。何かある前に逃げなければ。
二階は下とほぼ同じだった。部屋部屋には食器やら衣服やら寝具やらが所狭しと転がっている。全てどこか古めかしく、しかし埃は被っていない。誰かが出入りしているのは確実だった。
一通り見て回り、ため息を吐く。
結局、何も手がかりはなかった。この家を見た者がいなくなるなんて、やはり嘘だったのだ。
梯子段に腰を下ろす。現時刻は五時十五分だが、もう少しくらい休憩しても本格的に暗くなる前には帰れるだろう。
目を閉じると、やはり音は聞こえる。ズズッ、ズズッと廊下を歩いている。
そして、目を開くと、それは目の前にいた。
何ものにも形容し難き泥だった。濃い紫色をし、触手を伸ばす不定形。それが一番近いだろうが、少し足りない。
相手に恐怖を抱かせ、身を否応なく捧げようと思わせる……成る程、聞いた通りであった。
「寝物語には似合わない時間だな」
ポツリとそんな言葉が漏れる。
もしかすると、夜の十二時を過ぎるのではなく、日が沈む事がこいつの出現条件なのだろうか。いや、そうだとすれば足音が聞こえる筈がない。こいつは、昼の時点でこの家に存在していた。
不定形は、ズズッ、ズズッと私に近づいて来る。
所詮、ただの寝物語。真実を語る訳ではなかったのか。
目前に迫る死に何の感情を抱く間も無く、私は意識を、感覚を、自己を失った。
現場に残っていたらしい手帳を見て、少女は首を傾げた。
「先生。その家に行った人は、みんな死んでるんですよね?」
先生、と呼ばれたのは和服の男だ。煙管を右手に持ち、優雅に昇る煙を目で追っている。
「厳密には、不定形だかの何かを見た奴だがな」
「じゃあ、誰がこの話を麓の村に伝えたんですか? だって、この手帳が見つかるまで、誰も記録に残してないんでしょう?」
しばらくの沈黙。
男は口に煙管を近づけ、薄幸な笑みを浮かべた。
「さぁな。だが、それを調べるのが俺達の仕事だろう?」
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