試作 ある裏人格の話

__誰がなんと言おうが短編であると言い張ります。

2PV フォロワー1人

副題 ジャンル詐欺


長編書こうとして失敗した残骸に似た何か。出したのに出せていない人達を詰め込みました。


@@@@@@


 事の始まりは六月末に来た招待状だった。ファンタジーな世界にでもありそうな美しい封筒に入った蝋で封をされたもので、微かに火薬の匂いがした。俺の隣で宿木ヤドリギが不快な顔をしていた。

「ヤですねぇ。確実に裏社会こっちのやつじゃないですか」

「そうか。来るか?」

「うーん、兄さんは怒るかもしれませんけど、最近つまらないんですよねぇ。みぃんな、腑抜けです。銃を見せるだけで怯むし、殺す気で撃って来ない。そんなの、センセイだってヤですよね?」

「俺は裏社会そっちの人間じゃないが……確かに、張り合い、刺激がないのは人生において無駄だろうな」

 文机からハサミを取ろうとすると、ハサミも封筒も宿木に奪われてしまう。

「おい」

 そう思わず文句を言うと、

「センセイは不器用ですからねぇ。手は綺麗なんですから、怪我させたくないです」と返された。

 不器用、と言われ、不快な思いが込み上げてくる。

「そりゃあ、俺は不器用だが、卵を上手く割れない程度だぞ?」

「なにが上手く割れない、ですか。どれ程粉々に砕いても殻は食べたくないですよ。はい」

 渡された便箋を渋々眺める。

 ……卵を割れないのは、普通だろう? 料理しないんだから。一人納得していると、横から覗き込む宿木が声を上げた。

「遺産分け、ですか」

 その言葉にはどこか違和感がある。ああ、俺は知っている。いつも通り、こいつと話しているとよくある感覚だ。

 ジロリと目を向けると、憎らしい笑顔が見えた。

「わざとらしいな。知っていたんだろう? 説明しろ」

「はい、分かりました」

 咳払い。

「封蝋のこの家紋は、人形師のドールズ家の家紋です。現当主はドルフィ・ドールズですが、どうやらお亡くなりになられたようですね。ドルフィ氏の財産といえば、まず彼が作った数多の人形でしょう。その価値は宝石にも引けを取らない、と聞きますから」

「凄い奴なのか」

「はい。しかし、遺産ですか……失礼ですが、センセイ。センセイは彼に何か貸しを?」

「いや、全く全然心当たりはない。正直、なんできたか分からない」

 もしも父の知人だったとしても、俺は絶縁された身だ。有り得ない。

 宿木は話を続ける。

「まぁ、兎に角センセイ宛てにきていますしねぇ……あ、それで、彼の財といえばもう一つあります。ですが、これは正直なところ噂程度のものでして」

「……なんだ?」

 しばらくの間の後、宿木は声を潜めて言った。

「あくまで噂ですが。大量殺戮兵器、と」

 現実離れした言葉が、その人形師がどちらの世界の者かを表していた。

 噂と言っても、本当に信憑性がないものを宿木が話す訳がない。確実に事実だ。

 生唾を飲み込む。宿木は細く黒い目を俺にしばらく向けた後、ゆっくりと話し出す。

「武器ではなく生物兵器であり、細菌ではない、と聞きました。一見はただの人ですが、生物を殺す事に長けているそうです。三十年程前にあったとある抗争でプロトタイプが使用された、とは聞いていましたが、どうやらドルフィ氏と関係があったそうで」

「それを狙う奴はいるのか?」

「勿論。そりゃあ、こっちの世界は常識外れが多いですが、ワタシや兄程の人はやはり少ないです。どこだって、欲しいに決まっています」

「なら、行くか」

 見る見るうちに宿木の目が開いていく。常に狐のように細いからか、ガラリと印象が変わる。

 一呼吸の後、宿木は机を叩いた。

「馬鹿ですか!? そんな、そんなの! 死ににいくような!」

「ああ。だから行く」

 心配する声が恫喝に変わる。

「やめてください! ワタシは、もう誰も失いたくないのです!! 行かないでください! 行くな!」

「じゃあ、着いて来い。お前がいれば大丈夫だろう」

「そういう事じゃない!」

 両腕を掴まれ、押し倒されてしまう。背骨が折れた気がするが、多分気のせいだ。

 目を正面に向けると、宿木の顔があった。近い。口臭の匂いがする。昼飯に牛丼食べたんだろうな。

「嫌だ……見捨てないでください……お願いです」

「見捨ててなんかない」

「嘘だ……そう言って、センセイも見捨てるのでしょう? 兄さんのように、死んでしまうのでしょう?」

 宿木の涙が落ちて、親に縋りつく子どものような声でなにかを言われる。だが、それは俺には分からない言語だった。

 俺の胸に顔を埋め、宿木が何かを言う。意味は分からないが、察せられる。

 俺は、こいつが泣く理由を知っている。こいつが壊れる行動も理解している。そして、このままでは壊れてしまう事も分かっている。だから、俺はこの行動をとるしかない。

「宿木、宿木・フェリチタ。依頼がある」

 腕を掴む力が強くなる。

 マズイ。これは非常にマズイ。誰かに見られて同性愛者とでも疑われたら色々とマズイ。。俺はまだ死にたくない。

「俺を護衛しろ。金ならいくらでもある」

「嫌だ! それなら心中してやる!」

「そうか。なら、殺せ」

 宿木が止まり、力が抜ける。

 ゆっくり腕を解いて起き上がると、呆然とした顔で宿木が俺に倒れかかった。重い。

 しばらくすると、耳元で囁かれる。

「死なナイでくださイ」

 若干舌足らずな訛りが昔のこいつを想起させる。思えば、その頃から何も変わらない。変わっていない。

「最低な矛盾だな。で、依頼を受けてくれるか?」

「受けますヨ……まったく、もう」


 もしもここで止められたら、俺は招待を諦めていただろうか。いや、諦めなかったろう。俺は適当な理由をつけ、行っていたに違いない。

 では、プロローグはこの辺りで終わらせて。物語を始めるとしよう。


 疲労感と共に地に降り立つ。

「ホントに行くんですか、センセイ」

「ここまで来て帰れるか…じゃあ、また後で」

 手を振ると、不安そうに宿木は窓を閉めた。お前は俺の親か。


 雨上がりの朝露が俺の肌を濡らす。整えられていない草地は素足では痛かった。

 一歩、一歩としばらく進んだ後、背後からポンと背中を叩かれる。振り返ると、大学生くらいの少女がいた。数秒経って息を切らしてやって来た少年と、仲良さげに言葉を交わす。

「ほら、レーちゃん。やっぱり迷惑だったんだよ」

「チューヤは卑屈過ぎんだよ。んな訳ないでしょ、センセ」

「……迷惑、ではないな」

 俺の回答に何を思ったのか、少女はニィと口を伸ばした。

「ホントに口調変わった。やっぱりセンセって、多重人格?」

「ああ、そうだが?」

 やはりバレていたか。

 少女は楽しそうに言う。

「へぇ。昨日のセンセ、馬鹿丁寧で、だけどぶっきら棒な口調だったから」

「じゃあ、今は?」

「うーん……優しいけど、チューヤみたいに卑屈な人? ま、多分外れてるけど」

 子どもっぽい笑顔。まるで向日葵のような、太陽のような、周りを明るくする笑顔だ。思わず俺も笑顔になる。

「チューヤはどう思う?」

「いや、レーちゃん、冷静に考えて不躾過ぎると思うよ」

「どこが?」

「えぇと……先生さん? 昨日の事、覚えてますか?」

 しばらく考えて、首を振る。ノートを見ていれば分かっただろうが、残念ながらである。

「じゃあ、自己紹介もう一度しましょう。オレは病垂ヤマイダレ 中也ナカヤって言います。で、こっちが萌田モエタ 玲子レイコ。大学のサークルの、旅行? で、来ました」

「旅行ってか、部長の実家の手伝い? アルバイト? 給料として、めちゃくちゃ良いお菓子貰えたけど……まぁ、こうなるとは思わなんだね」

「こうなる?」

 疑問の声を上げると、少年が頷く。黒いその目には若干の陰りが見えた。

「殺人事件があったんです。昨夜、部長が死にました」

 あまりにも淡々とした物言いに戸惑う。

 知り合いが死んだ筈なのに、なぜこうも冷静なのだろうか。もしかすると、彼らは宿木と同じ、裏社会の生まれなのかもしれない。あいつも妙に淡々としているから。

「部長、本名は袴田ハカマダ マトイというんですけど、今朝自室で亡くなっているのがメ、家政婦さんによって発見されました。首に締めた跡があったので死因は窒息死と思われます。ですが、死体を確認した訳ではないので、実は服の下に何か別のものがあるかもしれません」

「犯人を目撃した人は?」

「いません。あ、部長を最後に見たのは僕らです。あまりに凄い雨だったので心配していたら、部長が部屋に来てくれて。何かあっても非常食があるし大丈夫だ、とおっしゃっていました。だよね?」

「ああ。それが確か十一時くらいだったかな。確実なのは、日付けが変わる前。チューヤ、オールができない人間だから」

 オール……ああ、寝ない事、だったか。現代人の使う言葉は少し苦手だ。

 恥ずかしそうに耳まで真っ赤にし、少年は俺に手帳を押し付ける。

「とりあえず、このお屋敷にいる人の事がそれに書いてありますから。後でよんでください」

 高そうな手帳だ。手触りの良い革でできていて、よく使い込まれているのが分かる。

 礼を言って、俺は彼らと別れる。去り際、少女がポツリと漏らした。

「センセって、ホントにセンセ?」

「……どういう意味だ?」

「ああ、何でもない。じゃあ、また後で。チューヤ、行こう」

 屋敷の方へ向かう二人の背を見、俺は森に足を踏み入れた。


 人形師ドールズ家の屋敷は周囲を森で囲まれているようだ。位置はかなりの山奥らしく、昨夜のように大雨が起こりやすい。ミステリの舞台に相応しい立地条件だ。

 部屋に戻ると、不満そうな宿木がいた。ベッドの上には火器が所狭しと転がっている。

「ただいま」

「おかえりなさい。で、どうでしたか」

「そう怒るな……大学生の二人組にあった」

 宿木の目が見開かれる。

「あと、森を歩いて来た。脱出は不可能そうだな」

「脱出って……まさか、事件の事を」

「聞いた。それで宿木。ドールズ家の連中は袴田という姓を名乗るのか?」

 しばらくの沈黙の後、宿木は深く頷いた。

「あり得ます。ワタシは存じませんが」

「そうか」

 椅子に腰を下ろし、少年に渡された手帳を開く。細く、女性的な字で次にような事が書かれていた。


『この屋敷にいる人

 袴田 纏 言わずもがな部長。死亡。絞殺?

 袴田 ビスク 部長の母。ハーフらしい(日本と欧米?)

 袴田 ドルフィ 部長の祖父。婿入りして日本国籍? 先日亡くなった。死因は病死?

 鳴動 珠代 家政婦さんらしい。若い。

 湿潤 六曜 家政婦(男)。若い。

 梅林 太郎 呼ばれた人。赤毛。

 佐野下 神楽 呼ばれた人。高校生? 代理らしい。

 江崎 夏弥 呼ばれた人。学者? 見た目よりも若そう?

 月見山 朔 呼ばれた人。作家。

 宿木・フェリチタ 月見山さんの連れ。外人さん。

 病垂 中也 書き手。纏の友人。

 萌田 玲子 書き手その2。纏の友人。


 アリバイ(夜 部長が殺されたと思われる時間帯)

 ・病垂と萌田は同室で話していた。

 ・月見山さんとフェリチタさんは同室で話していた。

 ・梅林さんは電話をしていた。履歴あり。

 ・江崎さんは寝ていた? 証言無。

 ・ビスクさんは手紙を書いていた。アリバイなるか?

 ・鳴動さんと湿潤さんは仕込み、鍵閉め等(雑事?)をしていた。』


 他にも色々とあったが、無益と判断したので手帳を閉じる。

「情報を集めたい……言伝頼む。ホウレンソウを忘れるな」

「分かりました。では、おやすみなさい」

 寝る訳ではないが、宿木的には人格交代は寝る事と殆どイコールらしい。

 ベッドに倒れこむ。


 目を開けたら夕方だった。宿木は部屋にはいず、代わりに枕元に大学ノートが投げ出されていた。パラパラとめくると、新しい内容が増えている。

 横書きのノートで縦書きをするのはこいつくらいではないだろうか。そう思いながら読み進め、成る程、やはりこいつは天才だと理解する。


『犯人は佐野下氏。夜中に纏青年の部屋を訪ね絞殺後、窓を傳つて部屋に戻つたと思はれる。裏附けはできた。が、此れを言ふには足りないものが多い。おそらく裏の連中と思はれるが、推理を披露する時に其れでは説得力がない。故に、何故殺したかを説明出來ない。此の場合、作家殿はどう考へるか。 』


 その推理の内容を言ってくれ、貴様はホームズか。あと、現代で読みにくい旧仮名やらを使うな。無理矢理の縦書きで元から読みにくいくせに、余計に読みにくいわ。

 呆れつつ、しかしいつも通り関心する。この短時間で推理を終えるとは、やはり天才かそれに準ずる何かだろう。

 しばらくボゥとしていると、ノックの音と共に少年が入って来た。一人だった。

「あ、こんにちは」

「こんにちは」

「えっと……推理、終わりました?」

「いや、あー……できたらしいが、まだピースが足りない、という感じらしい」

 少年は俺の隣に腰を下ろしため息を吐く。

「探偵さんは大変ですね」

「探偵?」

「はい。あ、もしかして違う人になってます? 昼間にあった時、どこか楽しげにそう名乗ってました」

 餓鬼か、あいつは。

 少年は薄幸そうな笑顔を浮かべて、俺を見る。

「あなたが探偵ホームズなら、宿木さんが相棒ワトスンで、ボクとレーちゃんはベイカー街遊撃隊その手足。フフ、面白いですよね」

「そうか。ところで、君は誰だ?」

 数秒の間少年は目を見開いていたが、やがてゆっくりと閉じた。

「変装のつもりなら、一人称と二人称に気をつけろ。基礎中の基礎だが、できないとすぐにバレるぞ」

「……そうですか。あーあ、つまらない」

 次に開いた目はチョコレートのような茶色だった。カツラを取ると、赤い髪が少年の肩に垂れる。

「んー、元々やる気がなかったからかなぁ。あ、で、僕をどーします? ごーもんして色々と吐かせます? メンドーなんで殺します? それとも、あんな事やこんな事をします? 自慢じゃないですけど、見た目には自信あるんですよ。それとも__」

「好きにしろ」

 立ち上がり、窓を開ける。涼しい風が入って来た。

 さて。なぜ犯人は殺人を行ったか。もしこれが俺の考えた物語だとして、俺ならどんな理由設定にする?

 宿木から聞いた大量殺戮なんたかやらを、と考えても、孫だけを殺す意味にはならない気がする。それなら、親子共々殺させる。

 個人的に恨みがあった? なら、外でやる方が特定されにくいだろう。

 快楽殺人? 同上。わざわざここに来てする事ではないだろう。

 実は連続殺人の一人目? 成る程それは面白いが、それにしては優秀過ぎる探偵を置いてしまったな。

 考え、考え、考えていると、背後から「ねぇ」と声をかけられた。

「この推理、面白いですね。せんせーの作品?」

 見れば、ベッドの上にノートを広げて少年は寝そべっていた。

「違う」

「じゃあ、なんですか?」

「阿呆の推理だ」

「へー……ふふ、面白い。なんでこの人が殺したって思うんですか?」

「知らん、俺に聞くな」

「じゃ、この人に直接聞いてみます?」

「馬鹿か。死ぬに決まって……」

 言葉が止まる。折り畳みナイフが首に押し付けられていた。

 少年の目に光なく、出会った当初の宿木のような、死神を思わせるオーラがある。

「あぁ、バレましたかぁ」

 笑顔に幸せな感じはない。ハリボテの笑みだ。

 少年はナイフを閉じると、屈託のない笑みで言う。

「手伝いますよ、僕は」

「……なら、俺の出番はなくなったな」

 椅子に腰を下ろし、背もたれに身を預ける。


 __ああ、終わってしまった。何もする事なく、俺は、また、終わって______


 気づくと、あの日から一週間程経っていた。部屋には宿木の匂いがあり、ついでに、変わった匂いもあった。畳の上に赤毛が落ちていた事から、あの少年が来たのだと俺は思う。

 事件は無事解決したらしい。が、納得のいかない上司にパシられ、いつものように彼は来ていた。

「だ、か、ら。俺に説明を求めるな」

「知らん。上司に言ってくれ」

「はー、命令に従って生きてんじゃねぇよ、アザレア君よぉ」

本名それで呼ぶな!」

 アザレア君は顔を真っ赤にして俺を睨みつける。

「でもな、俺は、本当に、知らない。本当に」

 言う度に傷つく。

 謎を解いたのはであってでない。俺はいつの間にか終わった事件を、ただのほほんと聞いているに過ぎない。冒険を共にできないのだから、この話の読者にすらなれないのだ。

 アザレア君の声を流しながら悩んでいると、赤毛の少年が部屋に入って来る。

「ただいまぁ、あ、アザレアさん」

「お前もか!」

「せんせーどーしたんですかぁ? あ、分かった! アザレアさんが無理難題でも押し付けたんですね死ぬか生き地獄かどちらが良い三秒で決めろ三二一はい終了山奥行くぞ」

「おい、お前の周りにはなんで頭おかしい奴しかいないんだ!」

 ……きっと、なにかしたんだろう。あいつは人誑しだから。


 窓の外には青空が広がっている。

 ああ、ここから飛び降りれば楽になるだろうか。だが、それをするにはまだ早いかもしれない。

 俺は目を閉じて、それから










 俺はペンを置いた。

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