愛故の騎士

__愛に生きる

1PV ハート1つ

副題 信じるものは救われるのか


@@@@@@


 荒れ果てた道を年代物の輸送用トラックが走っている。見た目はよろしくないが、何度も修理をして大事にされているらしく、エンジンの音に違和感はなかった。もちろん、そのスピードにも。

 運転席に座るのは長い髪を一つに束ねた男だ。近くにある灰皿の上には短い紙タバコが何本も転がっている。男の歯は黄色く汚れていて、座席からはあの独特の臭いが強くする。誰がどう見ても、その男はヘビースモーカーだった。

 これまた年代物の携帯電話が鳴る。ハンドルを握ったままスピーカーモードで出ると、早速怒声が聞こえてきた。

「ハイランダー! ハイランダー! あなた、来るなら連絡なさい!」

 声は女性のものである。

「あ、すまん。忘れてた」

「良い大人が大事な事を忘れるだなんて! あなた、常々言ってらっしゃるでしょう! 大切な事はちゃんと伝えろって! 自分でしないのに、人に言える立場ですか!」

「……いや、そこまで大事か?」

「大事です! ああ、あと、来る前にその臭いのをどうにかしてください! 臭いが移ります!」

「慣れれば大丈夫」

「慣れたくないです!」

 深呼吸をする音が聞こえる。落ち着いたらしい女性が、また話し始めた。

「兎に角、あと何分で来ますか?」

「十分」

「では、絶対に十分後に来るように。今片付けてますから」

「んー、いつも思うが、いくら部屋があれとはいえ、異性を部屋に入れるのは……」

「黙って十分後に来なさい、エージェント・ハイランダー」

「……はいはい、分かったよ、アラスカ嬢」

 通話はそこで切れる。

 どこまでも長い道の端に、大きな洋館が見えてきた。


 丸いテーブルを挟んで二人は対峙する。

「で、お話の用件は?」

「クッキーうめぇ……あー、はいはい銃向けんな。流石に死ぬ」

 紅茶を半分程飲み、ハイランダーは口を開く。ヤニ臭い口臭がした。

「最近、うちと敵対する組織が増えたのは知っているな? 今日、その内の一つが本社を襲撃しに来る」

「なっ……い、行かなくて良いんですか!?」

「ああ。ミスターがいるし、大丈夫だ。だが」

 鋭い目がアラスカ嬢を見つめる。

「あんたは弱い上に、重要な役割だ。だから警護に来た」

 目が細められる。

 アラスカは不満そうに頬を膨らませると、皿にあったクッキーを次々に口へ入れていく。あっという間に全てなくなり、ハイランダーの驚愕の表情だけが残された。

「とてつもなく重要じゃないですか。連絡なさいよ」

「上司にバレたら殺される」

「……無断?」

 訝しげな視線を避け、ハイランダーは窓の外を見る。どこまでも続く荒野の茶色が、窓から見える全てだった。空はない。

 アラスカがため息を吐く。

 しばらく、沈黙が部屋に落ちていた。それが積もりに積もって、あと少しで天井まで埋め尽くしそうになった時、外から衝撃音が響いた。冷静にハイランダーは立ち上がり、窓に寄りかかる。右手は腰のホルスターにかかっていた。

「ボーデイズか」

「ぼぉ……なんですか、それは」

「なんかヤバい連中。どうする?」

 髪の毛一本分の間の後、アラスカが答えた。

「あなたのお好きなように」

「分かってるねぇ、さいっこう」

 窓を開け、飛び降りる。着地先は車の上。最新式の高級車で、どんな武器も貫かない事が売りの物だ。それを易々と半壊させ、ハイランダーはニヤリと笑った。

 近づいてきた一人を早撃ちで殺し、そのまま二人目、三人目も銃殺。背後からの攻撃をバク転で避け、そのまま蹴り、頭を飛ばす。地に足を着く前に五人目を撃つ。つま先で地を蹴り銃弾を避け、その先にいた六人目が倒れる。仲間を殺した七人目は、宙で踊るハイランダーに撃ち殺される。その身が地に着いた瞬間姿勢を低くし、八人目と九人目の相打ち。逃げようとした十人目の背中に銃弾を叩き込み、フゥと息を吐いた。

「弱い」

 そう言って車に向けて撃ち、運転手を射殺。

「さぁて、部隊長殿はいらっしゃるか? この中にいる、という冗談だけはやめてくれよ? おっと、屋敷に入るつもりならやめとけ。そこのメイドは無茶苦茶変人だ。ルールに沿って行動できねぇなら、死ぬしかねぇ。あと、嬢の部屋に入ったら俺が殺す。だから、大人しく外にいてくれ。少なくとも、生きる事は保障してやる。どこにいるか知らんがな」

 回転式の弾倉に新たな弾を入れながらハイランダーは話す。相手に聞こえているかは、分からない。だが、もとより時間稼ぎである。聞こえていなかったら殺すだけだ。

 しばらく待ったが、物音はない。ホルスターに銃を押し込み、ハイランダーはため息を吐いた。

「アラスカ嬢、今そっちに戻る」

 大声で呼びかけて玄関に向かうが、足が止まる。いつもなら来る返事がなかった。

「……嬢。アラスカ嬢。無事なら返事しろ」

 もう一度問いかけても返事はない。

 目つきが自然と鋭くなる。

「今、そっちに行く」

 壁を蹴り、窓枠に掴まり、部屋に転がり込む。周囲を見回すが誰もいない。開け放された扉から廊下に出、全速力で音もなく走る。途中、メイドの死体を見つけたが飛び越えて更に進む。

 地下室の扉を蹴り破り、ハイランダーは侵入者へ飛びかかった。そして、馬乗りのまま銃を突きつけ、冷静に弾丸を叩き込んでいく。狭い室内を発砲音が埋めた。

「……ハ、ハイ、ラン、ダー?」

「ああ」

「な、なんで」

「敵だから殺す。それだけだろう」

 立ち上がり、血で汚れていない方の手をアラスカに差し出す。

「戻ろう。ここは空気が悪い」

 顔には、優しい笑みが浮かんでいた。

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