おはなし

キャッチコピー無し

4PV

副題 むずかしいおはなし


@@@@@@


 紙を見る。さつじんじけん、が起きたらしい。むざんな文字がいっぱい並んでいた。一緒に、難しい字も。だから、三行も読まない内に父さんにバレて、取られてしまった。

「……ねぇ、父さん」

「断る」

「なんで?」

「そ、そりゃあ、子どもに物騒な言葉を教えたくないから、な?」

「父さんが子どもの時は知ってたのに?」

「……それとこれとは話が別だ」

「なんで?」

「……オトナの事情」

「なにそれ?」

「…………」

「ねぇ、なんでそんなイジワルなの? オトナって。ねぇ、なんで? なんで?」

 目をそらした父さんを揺すっていると、向かいに座っていた男の人が笑った。誰だっけ、えっと……ああ、そうだ。コテツさん、だ。字はむずかしいから覚えてないけど、刀とおんなじって言ってた。

「元気だね、えっと」

「リツ!」

「ああ、そうそう。リツ君、だったっけ。ごめんね、最近記憶力が落ちててね……歳かなぁ」

 そう言うけど、コテツさんは父さんよりもわかく見える。でも、ホントはとし上なんだって。

「リツ君。今からするお話はね、とっても怖いお話なんだ」

「どのくらい怖いの?」

「夜中に一人でトイレに行けなくなるくらい。もしも、リツ君が一人でトイレに行ける子だとしても、それでも行けなくなるくらい、怖いお話なんだ」

 それはちょっと困る。ずっと起きてたらおっきい犬に食べられちゃうもの。犬はキライだし、おっきいのはもっとキライ。でも、トイレに行きたいのをガマンしてたら寝れなくなっちゃう。

「じゃあ、他のとこ行ってたら良いの?」

「うん。ごめんね。あ、お菓子あげ__」

「コテツさん」

「……はぁい。分かったよ」

 父さんのせいでおかしもらえなかった! 怒りたいけど、もしもらったら、父さんが後で母さんに怒られちゃうから、残念だけどしかたない。人生あきらめがかんじん、って、本にも書いてあった。よく分からないけど、きっと、こういうときに使うんだろう。

 部屋を出て、右と左を見て、歩き出す。コテツさんのお家はおっきいけど、コテツさんは一人で住んでるんだって。さみしくないのかなぁ。あ、でも、よく色んな人が来るって、前に話してたなぁ。それなら、さみしくないかもしれない。

 階段を登って、廊下を歩いてると、背の高い人に出会った。こんにちはぁ、って言っても、返事がない。

「こんにちはぁ」

 もう一回言っても、返事がない。不思ぎに思ってると、その人はスゥってとなりの部屋に消えちゃった。なんだ、お化けさんだったのか。

 お化けさんが消えた部屋に入ると、座ってる人がいた。目が赤くて、でも、黒いかみの毛だ。

「こんにちは」

「あ、こんにちはぁ」

 この人はお化けさんじゃないみたい。びっくりしてると、手まねきされる。

「お父さん達が話してる事、気になるんだろう? ここから、聞こえるよ」

 なんで分かったんだろう。でも、聞こえるのは気になる。近づいてみると、壁のすき間から声が聞こえた。ちょっと変わってるけど、父さんとコテツさんの声だ。

「透明人間なんて、いる訳ないだろう」

「でも、分からないよ。僕達が気づかないだけで、実はいるのかもしれない。良くあるじゃないか」

「小説の題材で?」

「ああ」

「……信じて良いんだか、悪いんだか」

「信じてくれよ。ほら、事実は小説よりも奇なり、って言うだろう? という事は、小説の内容が有り得るかもしれないじゃないか」

「……虎徹さんは、人間が入った椅子が存在する、と信じれるのか?」

「江戸川乱歩の人間椅子だね。うん、勿論。だって、ほら、椅子って大きいじゃないか」

「子どもかよ、あんた」

「童心は大切だろう?」

「そうかもしれんが……ああ、また話が逸れた」

 父さんが不まんそうに言う声が聞こえた。

 赤い目の人は楽しそうに笑ってるけど、なんだかこわい笑顔だった。見てたら、ズゥって、せなかをなぞられた感じがする。

「兎に角、透明人間なんていない。これの犯人は実体を持った人間だ」

「そんな非日常有り得ない」

「透明人間も非日常だろうが。それに、あんたも俺も充分非日常だろう。普通の連中と比べたら」

「確かにそうだけど……じゃあ、なにか予想できたのかい?」

「ああ……この殺し方は、あの字だろう。だが、あいつらは、いや、あいつは、もう足を洗った筈だ」

「そうだね。今は平和に暮らしてる、と先日葉書がきた。彼が嘘をつくとは思えない。だとすれば……」

「……真似?」

「ああ」

「じゃあ、こっちの連中じゃねぇかよ」

「……ああ」

「……良いのか、ご当主様よ」

「ああ。もし犯人が彼らなら、僕達を裏切った事になる。つまり、既にこちら側の人間じゃない可能性がある。分かり次第、やる」

「……すっかり冷酷になりやがって」

「そりゃあ、人は変わるもの」

「そうかい」

 父さんが立ち上がった音がした。少しして、ここの部屋のふすまが開いて、父さんが来る。

「一人でなにやってるんだ」

「たたみの目を数えてた」

「一丁前に嘘つきやがって」

 そう言う父さんの口調は、全然怒ってなかった。


「今日ね、あそこの部屋でね、赤い目の人に会ったよ」

「赤い目? もしかして、黒い髪をした?」

「うん」

「……そうか」

 父さんは、あの人と会ったこと知ってたのかなぁ。でも、最後の返事の前に、すっごく驚いた顔してたから、たぶん知らなかったんだと思う。もしかしたら、父さんの友だちなのかも。それなら、悪いことしちゃったなぁ。だって、友だちがいるのに会えないのは、悲しいもの。

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