劇場都市と嘘つき演者

__自分は、者ではなく物なのか

4PV ハート1つ

副題 その感情の名称は何か


SFに近いファンタジー。最低一度は崩壊した世界で、彼は何を見るのか。


@@@@@@


 劇場都市、という看板を下げた街は、薄暗く陰鬱であった。冷たい風が彼の頬を滑る。

「こんな所に、人が住めるというのか」

 声は白い息となり、空に昇っていく。

 街の中は寂れていて、しかし、明かりのついた家の数は多かった。雪を踏みしめながら彼が歩いていると、道の隅に今にも死に絶えそうな少女がいた。こんな寒い日だというのに、薄着だ。

「……おい。何しているんだ」

 恐る恐る少女は顔を上げ、

「お腹減った」

 と掠れた声で言う。普通の人なら、無視して通り過ぎてしまうだろう。だが、彼は非情になれない人間であった。懐から干し肉を出すと、少女の目の前に置く。ついでに、自分の着ていた上着も。

「……良いの?」

「どうせ、用が終わったら使わないんだ。やるよ」

「……ありがとう」

 夢中で幸せそうに干し肉を食べ始める少女を通り過ぎ、彼はこの街の中心、円形劇場へと足を進めた。


 この世界は、少なくとも一度は滅んでいる。おそらくその前に何度も滅んでいるが、正確な記録が残っていないので不確かだ。

 滅亡後、人類は持っていた技術を尽くして様々な都市国家を創り出した。劇場都市もその一つである。寒い寒い北の大地にある、唯一の。

 彼は、そんな都市を殺す為にやって来た。いうならば、侵略者である。


 円形劇場に人はいなかった。迷路のように複雑な建物内を歩き回った末、彼は観客席にたどり着いた。上等な椅子だが、誰もいない。いや、いた。一番前の席と、ステージの上に。

「やぁ、来ると思ったよ」

 椅子に座っている女性はそう言うと彼に手招きをした。ステージ上の銀髪青年は微動だにせず、ただ、両手をダランと垂らして、目の前のチェンバロを睨みつけている。

「…………」

「来なさい」

「…………」

「ほら」

「…………」

「ライアー」

 ナイフが飛んだ。続いて、彼の姿が消える。

 女性は焦りを見せる事なく、届かなかったナイフを拾い、ステージに目を向けた。そして、何事か呟く。青年の腕が、チェンバロが、機械的に動き出す。

 それは、絶望を誘う歌だった。梁の上から落ちそうになり、彼は慌ててしがみつく。

 短調で弾かれる、単調な音。ずっと同じリズムが流れ続ける。故に得られる、圧倒的な絶望感。それは、青年の心であった。青年の武器であった。

「さて。ライアー。君が今どこにいるかは分からないが、話させてもらうよ」

 女性は椅子に座ると、足を組む。

「君が抜けてから、私達の組織は停滞をしているのは、存じているだろう。それどころか、最近は君の活躍の所為で、徐々に弱体化していっている。このままでは、一年も保たないだろうね……ま、こんな事言ったって、君は戻って来ないだろうけど」

 顎を撫で「そうだね」と言葉を紡ぎ出す。

「君には、確か、大切な人がいるだろう。煉瓦街の、若当主君、だったか。確か、名前は」

 ナイフが飛ぶ。今度は、吸い込まれるように女性の口の中に突き刺さった。赤い血が垂れていく。

 しかし。女性は平然と生きていた。ナイフを引き抜き、彼の方を見る。

「はは、そうか。あいつらは呪われていたね。家族以外に本名を呼ばれると、死んでしまうのだったか」

「…………」

「それ程までに大切なんだね。君が感情を持てて、私は嬉しいよ。ところで」

 女性はナイフを投げ返す。

 歌はそこで終わったらしく、三秒程の沈黙の後、新たな五線譜が踊り出した。絶望感が彼をまた襲う。

「その感情は、何という物だい? 憎悪? 悲哀? 友愛? それとも」

「…………」

「恋慕?」

「…………」

「一言くらい、何か言ってくれよ。ほら、私は育ての親だろう?」

 彼は知っていた。ここで話せば、今までの努力が全て水泡に帰してしまう事を。だから、梁から猫にように降り立ち、足音を立てずに彼は女性に近づいて行った。利き手に細い毒針を隠して。

「……良い子だね」

 近づいた彼を細い両腕で抱きしめ、女性は彼の黒髪を撫でる。髪はステージの光を反射して、藍色に輝いていた。指に絡めてもすぐに離れていくそれは、彼の心情を表しているようである。

「やっぱり、私は天才なんだ。一度躾ければ、話さずとも、会えば従順になるのだもの」

「…………」

「君は、私の最高傑作なんだ」

「…………」

「君みたいな物を作るのは大変なんだ。もう、一生、絶対、逃げないでくれよ」

 ああ、自分は。彼はそう思い、眉を下げる。

 女性の胴に手を回し、長い彼女の髪に顔を埋め、彼は躊躇いなく毒針を刺した。数秒の間すらなく、女性の身から力が抜けた。

 死体を無造作に床に落とし、手を止めた奏者へ彼は目を向ける。相変わらずチェンバロを睨んでいたが、どこか悲しそうな雰囲気がした。

「あなたは、感情が、あるのですか」

「……ない。これは、演技だ」

 出口へ向かう彼に見向きもせず、青年は言った。

「この都市に相応しい演者ですね。あなたは」

 扉が閉められたと同時に、チェンバロがまた歌い出す。しかし、絶望を、ではない。どこまでも人らしい悲しみを、心を慰めるレクイエムを、弦楽器は歌っていた。


 屋上に辿り着き、彼はナイフを構えた。目の前にはこの都市の心臓とも言える、巨大な水晶時計がある。

「…………物、か」

 無表情でそう呟き、彼は歯車の間にナイフを突き立てる。耳障りな音がして、時計はその役割を閉じられてしまった。

 来た道を戻りながら、彼は言い聞かせるように言う。

「『自分が生きたいように生きると良い。君は、もう自由なのだから。』」

 それは、誰に宛てた言葉だろうか。死にかけていたあの少女に、か。死んでしまった育て親に、か。生き続けるチェンバロ奏者に、か。生き急ぐ自分に、か。それとも。今もどこかで幸せに生きる、若い当主に宛てた物だろうか。

 それは、嘘つきで演技好きな彼にしか分からない。

 薄暗い世界で、朝が始まり出した。

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