代理人のスパイ

__特徴らしい特徴のない特徴的な最強系の男、ここに

5PV

副題 特徴らしい特徴のない特徴的な題名


どうせみんな最強系主人公が大好きなんでしょう?


@@@@@@


 テミスコーポレーションといえば、知らぬ者はいないだろう。機械人形の生産、輸出をしている大企業だ。しかし、その会社の裏の顔、ディバシティについて知っている者は少ないだろう。

 対能力者戦闘組織ディバシティ。警察のような組織、という説明が一番近いそこは、犯罪を犯した能力者達を確実に捕まえる為に組織された。故に、その目的を果たせる者ならば犯罪者であろうとヘッドハンティングする、と言われていた。まぁ、それが事実か否かは本編には関係がない。今回は読者諸兄のご想像にお任せしよう。

 そんなテミスコーポレーションの、高い高いビルの一番上のフロア。そこに、彼のオフィスはある。彼の机の向かいには、これといって特徴のない男が立っている。

「と、いう事で、前金だ」

「わぁ、沢山ですね。これで誰かを叩いたら良い音が出そうですし、実験台になりませんか?」

「死にたくないから断る」

 札束を指で捲り。特徴のない笑みを無表情に変え、特徴のない声で特徴のない口調と言葉を発する。

「一枚足りません」

「もう一回数えろ」

「既には数えました。一枚足りません」

「……もう一回、だ」

「では、あなたが数えてください」

 特徴のない台詞は彼の心に重くのしかかる。特徴のない黒い目は、彼の心臓を貫くように見つめ続ける。

 負けたのは、彼の方だった。ため息と共に引き出しから一枚の紙幣を出す。

「横領ですか。ワルですね」

 ニコニコとテンプレ通りの人の良い笑みを浮かべると、男は一礼をする。

「では、エージェント・エージェントは、今日もいつも通り仕事を終えて来ますね」

「のたれ死んでしまえ」

 罵りを無視して、男__エージェントは部屋を出た。


 荒廃した道路を大型トラックが走り抜ける。とうに動かなくなっている筈の年代物だが、所有者が大切にしているからだろう。そこらの最新の物には劣るものの、しっかりと走れていた。

 所有者、もとい運転手は、火のついた煙草を助手席のエージェントに向ける。

「で、ミスター。上司に喧嘩売ったのか?」

「売ってませんよ。前金をちゃんと受け取っただけです」

「だけ、ねぇ。おめぇさんの叩くってのは、洒落になんねぇんだよなぁ」

 嘲笑うような笑い方だが、長い付き合いのエージェントは、それが普通に笑っているだけなのをよく知っていた。

 煙草を口元に持っていき、一息吸い、運転手は話を変える。

「この依頼、危ない匂いがするね」

「またですか、ハイランダー?」

「ああ。だが、俺の勘はかなり当たるだろ?」

「ええ。信用していますよ」

「……それでも、行くのか?」

「はい。報酬が高額でしたから」

「……兄貴か」

「はい。いけませんか?」

 運転手は首を横に振る。

 短くなった煙草を灰皿に押しつけ、ブレーキを踏む。

 着いた所は病院だ。既にその活動を何十年も前に辞めており、自然に溶け込んでいるその廃墟に、エージェントの目的はいる筈である。

「気をつけろよ」

「はい」

 礼を言って車を降り、エージェントは廃病院へ足を踏み入れる。背後で車が去る音がした。

 蔦で覆われた入り口は、相手が誰だろうと歓迎しない。しかし、かすかに足跡が残っており、無粋な侵入者がいる事を物語っていた。

 待合室にある館内地図を一瞬見て、迷う事なく一階の奥、第一手術室へ進む。真夜中のように暗い中を、何の頼りもなくエージェントは真っ直ぐに歩き続けた。

 第一手術室の扉を蹴り開けるが、誰もいない。対して確認もせず、彼は次の階層にある第二手術室を目指した。途中、休憩室やレントゲン室の前を通るが、そちらには見向きもしなかった。

 第二手術室にも、続く第三手術室にも何もなかった。そして最後、三階の第四手術室の扉を蹴り破ると、手術台に誰かが座っていた。赤毛が美しい男性だ。黒いスーツとシルクハットを着こなし、片目には眼帯をつけている。男性はエージェントに気づくと、優しげな笑みを浮かべた。

「こんにちは。いえ、こんばんはでしょう、おはようございます」

 歌うような言葉に、一瞬エージェントは戸惑う。

「よろしければ、お名前を。あなたの大事なお名前を。わたくしに教えてくださいな」

「ご冗談は程々に。このバッジに見覚えがない、だなんて、おっしゃいませんよね?」

 特徴のない脅迫。エージェントは胸元のバッジを外すと、相手に投げ渡す。それは、テミスコーポレーションの、知る人にはディバシティの、と分かるバッジだった。

 男性はそれを一瞥すらせずに床に落とす。そして、左腕をエージェントに向けた。

「あなたはだぁれ? わたしはだぁれ? あのこはこのこ? そのこはどのこ? くろいひつじがきみをよぶ。ひがんのむこうへきみをよぶ」

 それは、歌だった。

 エージェントは脳内を漁る。今回のターゲット__アイズ、と名乗る男は、人形を常に持ち歩く能力者である。その歌は、彼の影を動かし、聞いた相手に死を与える。

「……馬鹿馬鹿しい」

 左足を下げ、構えを取る。

「さぁ、さぁ、さぁ。わたしとともに。われわれとともに」

 黒い影がエージェントの足元に這い寄る。彼が一歩を踏み出すと、底無し沼のような、足元の安定しない感覚がした。が、彼は平然と走っていく。それが普通でない事は、術者の顔からして明らかだった。

「ああ、われらがははよ__」

 続きが語られる前に、エージェントの拳が腹にのめり込む。壁に打ち付けられ、アイズは呻き声を漏らした。

「大人しく捕まりなさい。あなたには、先月の連続殺人の容疑があります」

「……殺人? 殺人!? はは、面白い、面白いジョークですね!」

 フラリと立ち上がり、アイズは胸に両手を当てた。心臓を握るかのような手の動きで、服に皺が寄っていく。

 エージェントは黒い瞳でジッとその動作を見ていたが、やがて、ため息を吐き出す。

「大人しく投降してください。死にたくはないでしょう?」

「無論。しかし私は望みます。あの方による新たな世を。結論。故に私は抵抗します。あの方に敵対する者共に」

「そうですか」

 エージェントは特徴のない声で返答する。

 アイズが低い声で歌い出す。まるで世界を呪うかのように。目の前の男など、眼中にないように。

「くろい、くろい、くろいかげ。わたしはあなた、あなたはだぁれ。うたいましょう、おどりましょう。きっとせかいはきたないのだもの。なげきましょう、さけびましょう。ほぉらせかいをあらいましょう」

 部屋を覆う暗闇が動き出した。しばらくして数体の人型が生まれ、クルクルと回り出す。エージェントの記憶は、それがかつては踊られたダンスだと言っている。音楽はないが、彼らは楽しそうに踊っている。感情なんて、ないだろうが。

「くだらない子ども騙しですね」

 そう言ってエージェントが進み出すと、途端に彼らは動きを止めた。そして、もう一歩を踏み出すと、その身が長い刀身へと変じた。足元だった刃先はエージェントを向き、彼を中心に大きな円を描いている。

「これで足止めのつもりでしょうか」

「うでをとめるな、ゆうしゃたち。くつうを、くつうを、つらぬいてしまえ。あなたたちは、しなないのだから」

 使い手のいない剣はゆっくりと動き出す。回りながら近づき______ついに、一本目がエージェントの肩を貫いた。それに続き、二本、三本と体に刺さっていく。しかし、剣は急所には刺さらない。腰に、足に、腕に、と、苦痛を与えていく。

「そのみをちであらえ。よごれをよごれでおとしてしまえ」

 口の端から血が流れ出る。それでも、エージェントは背を伸ばし、真っ直ぐに立っていた。

 最後の一歩を踏み、エージェントはアイズの前に立つ。

「あなたにわたしはたおせないわ。だってあなたはよわいもの。あなたはわたしにころされる。だってあなたは__」

「すいません。それは無理なお話ですね」

 右手でアイズの首を掴み、左手で剣を一本抜く。そして、無造作に剣は投げられ、部屋の隅に突き刺さった。明かりがあれば、そこに人形があり、青い血が流れ出ている事が分かるだろう。

 エージェントは満面の笑みを浮かべると、手に力を込めた。

 顔を歪め、アイズが最後に認識できたのは、台詞の続きと特徴のない笑顔だけだ。

「私を殺すのは、実兄ですから」


 町外れにあるアパートに入り、エージェントは笑顔を浮かべる。それは相変わらず特徴がないが、幸せそうである。

「ただいま、兄さん。先に風呂に入るね」

「ああ、お帰りマ……待て待て待て待て待て」

 風呂場に逃げようとする弟を取り押さえ、兄は呆れたように舌を鳴らす。

「その怪我が何か、説明を貰おうか」

「……兄さんからの愛で悶えていまして」

「面白くない冗談だな。事実を言え」

 テンプレート通りの悪人ヅラで兄は脅しにかかる。が、元来背が低く、顔も怖いというより優しい彼がそんな事をしても、誰も怖がりはしないだろう。勿論、エージェントは笑顔で対応していた。

「っ……じ、事実を言わないと、お前のベッドにゴキブリを入れてやるからな!」

「わぁ、虫を触れるようになったんだね、兄さん! 嬉しいなぁ」

「な、なんだよ! 虫くらい、虫くらい…………クソッ! こうなったら、今日のおれの夕飯に毒を入れるからな!」

「オーケィ分かった兄さん。事実を話すからそれだけはやめてくれ」

 スーツを脱ぎながらエージェントは今日の出来事を話した。進むにつれ、どんどん兄の顔は引き攣っていく。

「……そうか。つまり、勇気と無謀を履き間違えたのか」

 不満げに言葉を続けようとしたが、兄はため息を吐いてそれを飲み込む。

「とりあえず、体拭いてすぐに来い。痕が残ると、あれだから」

「兄さんは弟の事を女性か何かと勘違いしてないかい?」

「黙れ! 兎に角、早く来い!」

 血だらけの衣服を持って、兄は消えていく。その背を見ながら、エージェントは特徴らしい特徴のない特徴的な笑みを浮かべる。


 ディバシティのエージェントスパイには、癖のある者が多い。エージェント代理人もその一人だ。だが、今はその話をする時ではない。今はただ、ゆっくりと彼を休ませてやろうではないか。変人であろうと、温かい料理と優しい家族は、この世で指折りの宝物なのだから。

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