終焉逃避行

__世界滅亡は確定している

4PV

副題 ノット パニック


アステカ神話によると、世界は四度崩壊していて、今は五回目の世界なんだそうです。


@@@@@@


 今日、世界は滅びる。

 これは、もう既に確定してしまった事象だ。現に、空には何かよく分からない大きな黒い塊__強いて言うならブラックホール、が浮いている。これは、この星をまぁるく囲んでいるらしく、宇宙に逃げる事は不可能、と言われている。三日程前に、ヨーロッパの金持ちだかが宇宙船を飛ばしたが、あの塊に近づいた瞬間通信が切れて、今もそのままらしい。


 世界はパニック状態なっていた。勿論、テレビは動かないし、お店も開かない。アメリカとかの店員の機械化が進んだ所ではいつも通り動いているらしいが、こんな田舎では何も動いていない。人の少ない分パニックが起きてないし、少し異質な日常があった。

 ネットの匿名掲示板では、どこぞの都市で無差別殺人が起きたとか、某国の首相が殺されたとかの物騒なニュースばかり飛び交っている。稀に、死ぬ前に食べたい物だとか、フラれる事覚悟で告白してくるとか、物騒ではないが暗い内容が流れてくる。


 彼女は携帯端末を切って、自転車を漕ぎ出した。向かうのは山。今の時代では珍しい、草木の生い茂る緑の世界。

 獣道の手前で自転車を降り、一歩、一歩と歩いていく。

 蝉は平和を、木々はコーラスを歌い、見えない鳥達が拍手を送る。いつも通りの世界が、そこにはあった。


 しばらく歩いて、汗が全身を支配し出した時、ログハウスが見えて来た。ツタに絡まれ、コケが生え、怪しい魔女ですら住んでなさそうな荒れ具合だが、中からは物音がしている。

 彼女は扉を開け、中を覗きこんだ。

「ああ、こんにちは」

「こんにちは、スノゥさん、アズさん」

「ああ……お前か。呑気だな」

 机に向かっていた女性は顔を上げ、彼女に向き直る。長い白髪は珍しく束ねられているが、服はダラシなく、いつもと同じであった。

「世界が滅びる、と言われているのに、よく来たな。家族と過ごさないのか?」

「はい。だって、昨日死んじゃいましたし」

「スノゥ、茶を出してやれ…………死んだ、か。冷静だな」

 スノゥはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと立ち上がって、近くにあった水筒を手に取る。そこには、水源から取ってきた澄んだ水が入っている。それをヤカンに移し、コンロの火をつけ、ティーパックを一つ入れた。水が徐々に色ついていく。

 彼女はカバンの中から座布団を取り出し、比較的綺麗な所に腰を下す。そして、思い出したように立ち上がると、その場でクルリと回った。

「アズさん。これ、セーラー服ですよ」

「……それを見せる為に、わざわざ来たのか?」

「はい。だって、見たいって言ってたじゃないですか」

「写真で十分だったが……まぁ、良いか。少し貸せ」

 丈の長いワンピースを投げ渡し、アズは脱ぐよう指示を出す。

「安心しろ。アレは子どもにしか欲情しない」

「馬鹿な事言わないでください。ちゃんと普通の女性にも欲情しま……いえ。失敬。何でもないです。見てないので安心してください」

 顔を赤らめ、スノゥは窓の外に目線を移す。

 上着を脱ぎ、スカートが床に落ちる。ワンピースの袖に手を通していると、アズはセーラー服に針を刺した。

「ボロボロだな」

「ありがとうございます」

「礼は良いよ。どうせ、世界は続くんだから……生きるとしたら、こんな服はみすぼらしい。死ぬとしたら、最期くらい美しい方が良いだろう?」

 静かな空気が三人を覆う。

 紅茶は湯呑みに入り、それぞれの目の前に置かれる。しかし、誰も手をつけない。

 パチン、と糸を切る音がする。しかし、誰も声を発しない。

 窓のサッシの上でスズメが声をかける。しかし、誰も答えない。


 いつの間にか、太陽は天頂に達していた。

 アズはセーラー服を置くと、満足そうに笑う。

「これで良いだろう。それと、お前。生きたいのならここにいろ。外だと死ぬかもしれないからな」

「ありがとうございます……でも、なぁ」

「なんだ。お前も死にたがりか?」

「いや、そういう訳じゃあ…………魔法とかがあるってのは、アズさん達と一緒にいて分かったけど、それでも」

「自分は弱いから生きても意味はない。今死ぬべきだろうが、死ぬのは怖い、か」

 驚く彼女を見て、アズはクツクツと喉の奥で笑う。

「死にたくないなら、私と共に来れば良い。だが、お前は弱くないぞ? 周りの人間も、十分に弱いからな」

「先生。俺は弱くないですよ?」

「スノゥ。お前は人間じゃあないだろう? 話を聞け」

 紅茶をあおり、アズは言葉を紡ぐ。

 それは、絶望に浸り、諦めているような、しかし、輝かしい、明るい未来が見えているような、不思議な声音だった。見た目にそぐわない、全てを悟った老人のような声音だった。

「お前には、まだ時間がある。好きな人と結婚して、子どもを産んで、幸せに生きる権利がある。それが無理でも、他の数多の権利がある。お前は、未来のある若者だ。絶望の海に沈み、現実逃避するには、まだ早い」

「でも……」

「試しに、生きてみると良い。生きていれば、勝手に幸せがやって来る。死人に引き摺られて、全てを諦めるのは、愚か者のする事だ」

 湯呑みを置き、アズは腕を組む。

「全く。子どもを一人残して死ぬとは、親としてどうかと思うな」

「……製作物を自分の子どもと言いながら、劣悪な環境に置いて行った人の言う言葉ですか?」

「それに関しては反省している」

「本当に?」

「本当だ。そんな目で見ないでくれ」

 テンポの良い会話は、普段通り。

 まるで、世界が滅びるなんて、嘘のような空間だった。


 しかし、それは既に確定している。

 そろそろ昼飯にしよう、と誰かが言った時、地震が起きた。棚から物が落ち、外から鳥の阿鼻叫喚が聞こえ、ザワリザワリと木が震える音がする。

 そして、黒塊が大地を覆った。

 世界はあまりにも呆気なく、終わりを迎えた。



























 スタスタと歩きながら、アズは呟いた。

「なぁ、スノゥ。崩壊前の、あの娘の事は覚えているか?」

「ええ、はい」

「あいつ、幸せに死んだらしいぞ」

「そうですか」

「……感情の起伏が浅い奴め。もう少し喜ばんか」

「無理です。こう設定したのは、あなたじゃあないですか」

「それは、お前が兵器として利用されると思って__」

「言い訳は結構。ほら、歩きますよ」

 立ち止まった師を急かし、スノゥはわざとらしくため息を吐く。それは虚空に溶けていって、静かに消える。


 太陽は相変わらず、永久を旅する二人を見下ろしていた。


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