磔刑 扼殺
__やはり、おそらくこれは恋愛ではないのでしょう。ええ。
1PV
副題 黒い羊が終わりを告げる
バレンタインですね。要するに、幸せな話を書けば良いのでしょう?
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メリーバッドエンド(めりーばっどえんど)
広く物語において使われる表現形式。物語を解釈する観点(パースペクティブ / perspective)次第で意味が変化する結末のこと。
例えば、ある観点(登場人物・受け手など)から解釈すると不幸・悲劇的な結末だが、別の観点から解釈すると、幸福・喜劇的な結末であること。
『ピクシブ百科事典』より
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足元から燃える匂いがする。焼けるのか、と、他人事のように思った。十字架にかけられているのは、わたしなのに。
仕方がない事だ。いくら大本営の家の娘といえど、全てがどうにかなる訳ではない。その、どうにもならない事を、わたしはしたのだ。
思えば、全てが必然であった。敵組織だろうと、わたしが懇願すれば大体助かる。それが分かってから、わたしは毎度父に頼んだ。父が人を殺すのを見たくなかった訳ではない。人が死ぬ断末魔を聞きたくなかった訳ではない。ただ、父のせいでわたしが被害を被りたくなかったからだ。要するに、自己保身なのだ。
それが効かなくなってきて。これで最後にしよう、これで最後に__と続けていた時。わたしは彼に出会った。
彼は本当に死の間際だった。首を垂れ、後は剣を振り下ろすだけだった。それがあまりにも嫌になって。「誕生日のプレゼント」と称して、わたしは彼を自分の使用人として貰った。
最初の彼は、敵意しかなかった。そりゃあそうだろう。なんせ、自分を殺そうとした男の娘が、何の気紛れか命を助けたのだから。
「なぜ、あなたは私を殺してくれないんですか? 人を殺すしか才のない私を、なぜ生かすのですか?」
「お前には素敵な才能があるじゃあないか。歌を歌ってくれないか?」
「……嫌ですよ、こんな声」
彼は疲れたような笑みでそう言って、それでも、わたしの為に歌ってくれた。
__どうして歌ってくれたのだろうか。その疑問の答えは、もう既に消えてしまった。
彼は、わたしを逃がす為に盾となって死んだ。その身に多くの傷をつけ、髪の毛一本すら残さずに死んだ。後から聞いた話では、彼の足元で爆弾が使われたらしい。そりゃあ、何も残らない筈だ。
最後に聞いた言葉は「また出会えるから、安心して」だった。なのに、なのに!
わたしを信頼して、わたしを愛してくれたのに、なぜ、わたしと共に生きてくれなかったのだろうか。ああ、彼は大馬鹿者だ。馬鹿で馬鹿で、比較しようがない。
死の間際だというのに、わたしは何を考えているのだろうか。信頼して、愛していた者へ、何を思っているのだろうか。
いや、これは愛と呼んではいけない。強いて言うなら狂愛と言うべきだ。
わたしは彼をつくろうとした。ホムンクルスとして、ではない。人間として、つくろうとした。人体錬成は禁忌だ。だから、見つかって捕まっても、不満は抱かなかった。悲しいなぁ、と少し思っただけだ。
足先が痛くなってきた頃。聞き慣れた声が聞こえた。
「馬鹿じゃあないですか、お嬢」
声は近づいて来る。
長い銀髪を揺らして、死神はやって来た。一昔前のスーツを着て、黒い目をわたしに向けている。
「死体が一欠片でもあれば、ネクロマンシーなりなんなりで希望はあったでしょう。しかし、無からつくる? そんなの、子どもでも無理だって分かりますよ?」
声が出なかった。出ても、涙が混じっていて聞けた物じゃあない。
死神は笑って、わたしの手を掴んだ。縄できつく縛られていた筈なのに、スルリと抜け、彼の腕に抱きかかえられた。
「無駄死に、と言うのですよ。これ」
「……」
「何が愛していた、ですか。死ぬくらいなら、ずっと愛してくださいよ。それが無理なら他の人を愛してくださいよ」
「……ああ」
「それに、この死に方はよくありません。相手を苦しませる死に方は、死ぬ人に対して敬意がない。それはよろしくないです」
「だが、わたしは」
苦しまないといけない。そう言おうとして、口を塞がれた。彼の大きな手は相変わらず骨のようで、細くて、不健康だった。
「知りませんよ、そんな事。あなたは魔女じゃあないでしょう? なら、この死に方は相応しくない」
彼の手がわたしの首へ移る。
「では。地獄で会いましょう」
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焦げた臭いを漁ると、件の娘が出て来た。原型を留めぬ黒炭となっているが、骨はまだ残っている。
「……おお。これは面白いな」
思わず感嘆の声が漏れる。何事だ、と寄って来た男__確か、娘の父親だったか__にその部分を見せると、男も似たような声を漏らした。しかし、そこに関心の情はなく、あるのは恐怖のみである。
何と奇妙な焼死体……いや、これはその死に方ではない。
口の端から笑いが漏れる。
「扼殺、か。誰に締められたのだろうな。この娘は。
……君も気をつけると良い。
踵を返し、場を後にする。
雨模様の中、絶望が足元を漂っていた。
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