死後追憶

__ なぜ__私は、こんなにも不幸なんですか?

2PV ハート2つ

副題 神は信ずる者を救うのか。信じない者も救うのか。


バレンタインが爆発する話を書いていた筈なのに、いつしか私は女々しい死人について書いていた。

バレンタイン爆発はいつか書きます。バレンタインまでに書きます。


とりあえず、冥界ではギリシア神話のバデス様とペルセポネちゃんのラヴラヴカップルが一番好きです。次点でカローンさん。


@@@@@@


 冷たい風が頬を滑る。荒れた荒野が私の行く手を阻む。

 ここは、どこだろうか。そう思って、思い出す。私は____死んだのだ。最愛の人を守る為に。救う為に。その結果、彼女は悲しんでいるだろうが、きっとそのうち、私以上に良い人を見つけ、結婚し、子どもを生み、幸せに生きるだろう。もしそうならずとも、彼女なら、きっと素晴らしい一生を送ってくれるだろう。

 荒野に足を踏み入れる。ザリ、ザリ、と砂を踏む音が、私がまだ生きていると錯覚させる。

「死んでも体重はあるのですね」

 幽霊に足はないらしいが、祟り出なかったら足はあるのか。つまり、幽霊達は自分の足を捨てている、という事なのだろうか。一人であるからか、変な思考に陥ってしまう。これはいけない、と思い、私は歌う事にした。


 __ああ、我が主よ。私に赦しを下さい。私は数多の悪で汚れてしまいました。私を、貴方の元まで行かせてください。私は貴方の為に、いつまでも尽くしましょう。私は貴方の為に、どこまでも行きましょう。


 誰が作った歌だったか。なんという題名だったか。それらは忘れてしまったが、私は歌い続けた。何度も何度も繰り返し、喉が枯れ果て、声が出なくなっても歌い続けた。そういえば、生前、彼女に会う前もこんな事をしていた。孤独を、恐怖を紛らわす為、無駄に声を潰していた。それを見て、彼らは笑っていた。

 ああ、まるでナイチンゲール。籠の中の鳥。機械の鳥によって捨てられ、それでも舞い戻ってきた鉄の心の彼女とは、私は全然違うけれども。


 __ああ、我が主よ。私に赦しを下さい。私は数多の悪で汚れてしまいました。私を、貴方の元まで行かせてください。私は貴方の為に、いつまでも尽くしましょう。私は貴方の為に、どこまでも行きましょう。


 私は神なんて信じてない。もしいるのなら、あまりにも酷い奴だからだ。心優しい彼女を孤独にさせ、それをなくす為に私という鳥と会わせたくせに、結局私を殺してしまったからだ。それなら__いない方が良い。

「それは、責任転嫁、と言うのではないだろうか?」

 ふと、声が聞こえた。顔を上げると、いつの間にか荒野は終わり、暗い暗い世界と、流れの速い川が流れていた。川の上には一艘の小舟と、一人の老人が立っている。いや、若い男かもしれない。よく分からない人だった。

「君は、自分で死を選んだのだろう?」

「……だが。あの状況に追いやったのは神です。私か彼女が死ぬしか、道はなかった。だから私は殺されたのです!」

 咳が出る。掠れた声で叫んでも何も変わらないというのに。

 男は肩を震わせて笑うと、私の手を引いて舟に乗せた。ゆっくりと動き出す。

「なぜ、彼女を生かしたのかね?」

「生きてほしかったから。だが!」

「目の前で死んでおいて、か? 馬鹿らしいな。そんな記憶を消せるのは、この水しかないというのに」

 櫂を動かしながら男は川の水に視線を移す。

「しかし、まぁ。その娘が死んだら、君が迎えに行くだろうが」

「迎え……?」

「ああ。おや? 誰もいなかった、と?」

「……ああ。荒野しか、なかっ、た」

 背筋がゾクリとする。

 知っている。私は、死んだら、自分を愛してくれた故人が迎えに来る事を知っている。そして、自分を生んだ親が死んでいる事を知っている。自分を育ててくれた人が死んでいるのも知っている。

 __ああ、誰も。彼らは誰も、私を愛してくれなかったのか。落胆よりも、呆れよりも、怒りよりも深い絶望が、私を襲った。

「すまない」

 男がポツリと言葉を漏らした。

「だが、まぁ……君。生きている者が、君を愛しているだろう」

「そうとは限りませんよ。それに、今はそうでも、明日は? 来月は? 来年は? 死ぬ前には?____きっと私は、記憶の片隅の、小さな小さな、たった一行の短文なんです」

 いつしか、涙が溢れていた。止めどなく溢れていた。

「ああ、やっぱり神なんていないんだ。いるのなら、なぜ__私は、こんなにも不幸なんですか?」

 男は黙って前を見た後、泣きじゃくる私の頭に手を置いた。それは無骨で、細く、まるで死神のような手だった。

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