死にたがりの遺書

キャッチコピー無し

2PV ハート2つ

副題 科学で証明できぬものがこの世に存在するか否か


幻想的な生物は、信ずる者の前に現れるのではないだろうか。ならば、熱心な信者の死に際に神が現れるのも、納得がいくという物だ。


@@@@@@


 死ぬ直前に天使を見た。いや、悪魔だったのかもしれない。しかし、私にはそれが天使に見えたのだから、悪魔だろうが死神だろうか、皆が口を揃えて言う全知全能の主だとしても、私は彼を天使と言おうと思う。

 天使は、柵の向こうからこちらへやって来ると、フゥと息を吐いた。白い煙が黙々と昇っていく。

「おめェさん、死にてェのか?」

「ええ。狂っているでしょう?」

「だな」

 見た目に反し、やけにフランクな口調だった。ぶ厚いコートの襟をたて、帽子を深く被っている。声は低く、風に揺れる燻んだ赤毛は短い。肌も黄色っぽく、無知な私には天使としか思えない__そんな存在が、私の隣で煙草を蒸していた。

「そんなに若けェのに、何でだ?」

「若さと自殺と、関係があるのですか?」

「あるだろうよ。少なくとも、俺は今まで年寄りの自殺たァ殆ど聞いた事ねェ……人間は寿命が短いくせして、死にたがる奴が多い。なぜ、そんなに死にたがる?」

「だって、生きていたって面白くないでしょう?」

 彼は肩をすくめ、短くなった煙草を指で揉み消す。それは海に投げ捨てられ、瞬く間に消えて行ってしまった。

「面白くない、ねェ」

 少しの沈黙の後、彼はそう言って大声で笑った。

「俺ァ云百年か生きてきたが、そこまで追い詰められた事ァねェぜ。世界は広いんだ。どっか遠くに逃げりゃァ良い」

「でも、この星が人工衛星で見れる世界ですよ? どこ行ったって、監視されてるんですよ?」

「つまり、おめェさんはこの世界じゃあ何も隠し事はできねェ、って思ってんのか?」

 頷くと、彼は呆れたようにわざとらしいため息を吐き、大きく首を横に振る。

「んなら、俺が生きてんのが可笑しいってもんよ。もしかするとおめェさん、何事も科学で証明できる、と思ってる奴かい?」

「そうですよ」

「賢者の石も、ホムンクルスも、魔女やら人狼やらも……全部いねェって思ってんのかい?」

「はい」

「そうかい……んなくせに、宇宙人は信じてるってか?」

「はい。それが、何か?」

 肩を震わせる彼は、その帽子を取ると私に顔を近づけた。

「ざっけんじゃねェよ。この世の神秘が全て解明できた、と? 夢も希望も全部捨てた、と? 面白れェ事言えるじゃあねェか……教えてやろう。最も、すぐに無駄になるだろうがな」

 彼は帽子を被り直すと、ニヤリと口角を吊り上げた。鋭い犬歯がチラリと覗く。

「魔法も、亜人も、神も存在するぜ。見えなくなったのは、人間が俺らを信じなくなったからだ____信ずる者の前に、信ずる神は現れるからな」

 帽子の影で光るその瞳は青く、青く、どこまでも深い青色だった。

 どこかで聞いた事がある。吸血鬼は赤毛で、青い目をしている、と。


 気づいた時には、天使は消えていた。私は彼の事を少し考えてから、海崖から海へ、その身を投げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る