第21話 急ごしらえのスーパーヒーロー
あと約五分で戦闘開始の号令がかかる。ロベルトは、両手持ちの銃を抱えて研究所の玄関横の壁の裏に隠れていた。周りには、同じようにして外の様子を伺っている仲間が十人いる。これは革命軍全体の約四分の一だ。さらに四分の一の仲間は、人質を見張っている。そして、あとの残りは、
『……ロベルトさん』
「ああ、戦闘が始まったら頃合を見て合図を送るから、静かに、見つからないように逃げてくれ。その後のことは、各自の判断で頼む」
建物の裏にある大きめの窓から、戦闘の隙をついて逃げる。ロベルトたち居残り組も、危うくなったら大量の閃光弾を投げて逃げ出す算段だ。当然、この国にはいられなくなるだろう。だが、ここで死ぬよりはマシだ。いつか戻ってきて、また革命軍を作ることもできる。
「……とか、考えてんでしょうね」
研究所の斜向かいの廃墟。その二階で、ガラスのない窓から外を見下ろしながらドラッヘは呟いた。
『研究所の建物の裏側、一階の窓に、複数の人影を確認。革命軍の残党だと思われます』
あらかじめ裏側に回り込ませておいた、一般兵のスナイパーからの無線だ。
「そう。じゃあ撃ち殺しちゃって。一人残らず」
『了解』
直後、無線を通じて銃を操作する微かな金属音が聞こえた。……が、いつまで経ってもその先の銃声が鳴らない。
『な……っ、おま』
スナイパーの妙に焦った声を最後に、無線から聞こえる音はザー、というノイズだけになってしまった。
「……?」
ズダンッというかなり大きめの音が外から聞こえ、ドラッヘは窓の外を見た。研究所の入口の前に、場違いな人影が佇んでいた。建物の上から飛び降りてきたとでもいうのか? その人は右腕に抱えていた大きな荷物を無造作に地面に放り出した。目を凝らして見てみると、それは、迷彩服を着た軍人だった。もしかして、先程指示を送ったスナイパーなのか。人影は両肩と背中に、何か無骨な武器を装備しているらしい。そのシルエットはやや歪んでいた。また、フードを被っているせいで顔はほぼ見えない。
『エインヘリヤル、ドラッヘに話がある。出てこい』
その声は拡声器を通したように不自然に大きく、また機械音声のような響きを持っていた。
そいつが突然ガラス戸の向こうに現れたのは、戦闘開始予定時刻まで一分を切った時だった。
ロベルトは思わず息を潜めるのも忘れ、その妙な乱入者を観察した。身長は、ロベルトと同じくらい。テオより少し低い。やや細いが、体格からして間違いなく男だ。紺色の袖なしパーカーを着ており、フードを被っているせいで髪型などは全く見えない。何より目に付くのが、彼の特殊な武装だ。背中には、デザインも何もあったもんじゃないバッテリーのような金属製の箱を背負い、その右側面には片手持ちだが大きめの銃が吊るされていた。種類は……よく分からない。改造品か何かだろうか。また、左手にはバカでかい盾を持っている。ほぼ円形で、半径一メートルほど。表面はぬるっとした金属質の輝きを放っている。また、それらの武装からは、様々な太さのコードが数本、彼の肩口につながっていた。パーカーの下がどうなっているのかは、分からない。しかし、まるでエインヘリヤルだな。だが、エインヘリヤルならあんな格好はしない。そもそもあいつは何のためにここにいる?
「……!」
謎の男が、肩ごしに振り返った。ロベルトは手の中の銃を握り直しつつ、観察を続けた。彼は仮面を被っていた。マスカレイドなどとは違う、異国風の面だ。狐を模している。男は空いている右手で、小さくジェスチャーをしてみせた。しっしっと追い払うような仕草。……隠れてろってわけか。なんだか癪だが、確かにそれ以外に手はないだろう。建物内の仲間も戸惑っているようだが、とりあえず目配せして軽く頷いておいた。
こいつは、味方だと思っていいのか?
ヴェスペとリーゼが中央研究所のある首都郊外に来た時には、もうそこは大勢の人で埋まっていた。研究所まではまだ一キロ程度距離があるはずだが、警備員が野次馬を散らそうと怒鳴る声が聞こえる。皆、ヒーローの活躍を、いや、爆炎の一つでもいいから見たいのだ。
「ど、どうしよう」
二人してわたわたしていると、すぐ見上げたところのビルの街頭テレビが、その大きな画面に現場の様子を映し出した。撮影ヘリからの映像であるらしく、少しずつ視点が動いている。人々は大画面に目を向けた。
『さあ、中継もつながり、戦闘開始の合図まであと一分を切るところでありますが……あら?』
アナウンサーの女性は、思わずといった様子で疑問を口にした。
『研究所の入口付近に、もうすでに何者かが立っています! ですが……、ドラッヘはまだ姿を現していません』
ズームで映し出されたのは、紺のフードをかぶった男性。背中と両腕に、無骨な装備をくくりつけている。顔はよく見えないが……、
「ねえ、リーゼ。もしかして」
リーゼはゆっくりと頷いてみせた。
「うん。そうだよね。……リーゼはここで待ってて」
ヴェスペはサングラスをかけ直すと、決然と人ごみに入っていった。先程とは違い、人々は街頭テレビに注目しているので、そう難しくはない。
ドラッヘは、戦闘開始予定時刻になったのを確認してから、建物の窓から飛び降りた。ちょうど、謎の男の前方十メートルほどの場所に着地する。続いて、同じ建物から兵士たちが駆け出してきてドラッヘの後ろに整列した。
「エインヘリヤル、ドラッヘだな」
謎の男は平然と言った。その声は女性の声と男性の声が重なったような電子音だった。フードの下の狐面は東洋のものだと思われる。なんともちぐはぐな格好だ。
「ええ、そうよ。あんた、何者?」
「名乗る名前は持ち合わせていない」
フードの男は淡々と言った。面のせいで表情は読めないが、きっと涼しい顔をしているんだろう。やりにくい相手だ、とドラッヘは思った。
「あっそ。じゃあ、質問を変えるわ。あんた、なんだってこんなところにいるの? ここは戦場で、ダサいコスプレイヤーが気軽に来ていいところじゃないわよ」
「コスプレをしに来たわけではない」
馬鹿にしてやったというのに、相変わらずの無感動な声。ドラッヘは苛立ち紛れにブーツのつま先をアスファルトに叩きつけた。
「私は、これからここで行われる戦いをやめさせるために来た」
「へえ、じゃあ死んで」
男はまだ口を開きかけていたが、ドラッヘは聞かずに手のひらのレーザー照射器を向けた。直後、極限まで細く絞った熱線が飛んだ。
ドラッヘが手を下ろす時には、男は体内の急激な温度の上昇により、原型を留めずに爆散しているはずだった。が、それを確かめる前に、ドラッヘの斜め後ろに控えていた一般兵が二人、唐突に倒れた。
「なっ?」
「人の話は最後まで聞け、と教わらなかったのか?」
少しも調子を変えることのない、不気味で冷たい電子音。
「あんた、なんで生きて……」
狼狽したドラッヘの問いかけに、男は左手の大きな盾を持ち上げてみせた。
「対爆、耐熱性能を上げた盾だ。レーザーの一つや二つ、防ぎきるだけの防御力はある。それと、正当防衛としてこちらからも攻撃をした。だが、俺の足元に転がっている者も含めて、三人は気絶しているだけだ。安心するといい」
随分と偉そうなことを言うではないか。まるで、本気を出せばお前たちなど自分ひとりで十分倒せるとでも言いたそうだ。事実、何を隠し持っているか知れない。ドラッヘは自らを奮い立たせるために笑みを浮かべた。
「なら、実弾で戦えばいいだけでしょ! 撃って!」
後ろの一般兵たちに命令して、一斉掃射させる。この際、気絶しているスナイパーのことなどどうでもいい。運がよければ助かるだろう。
しかし、案の定といえばそうだが、爆炎が晴れてみると男はやはりそこに立っていた。ただ、先ほどよりも少し前に出ている。意識のない兵士を守るように。そして、ドラッヘの後ろの一般兵がまた二人倒れた。
「へえ、今度はどんなからくり?」
面白がるようなドラッヘの言葉には答えず、フードの男はやや不明瞭な声で言った。
「なぜ、撃った?」
「なぜ、って、あんたは敵じゃない」
「こちらの足元にはそちらの味方がいた。俺が咄嗟に前に出なければ、間違いなく流れ弾が当たっていただろう」
わずかなりとも、彼を動揺させることができたらしい。ドラッヘは俄かに調子づき、声のトーンを上げた。
「馬鹿ね。何のために一般兵を連れてきたと思っているの? 戦いを有利に進めるためよ。足でまといになるんなら、切り捨てるのは当然じゃない」
男は右手の奇妙な銃を持ち上げ、構えを取った。
「やっと、正当防衛なんかじゃなく戦う気になった?」
「……どうやら、それ以外に選択肢はなさそうだ」
ドラッヘは笑みを深め、背中の飛行機に似た翼を展開した。戦いなら、得意分野だ。負ける気はしない。
ヴェスペはスレンダーな体を活かして人ごみの中を進んでいった。じきに、警棒を持って周囲の野次馬に怒鳴る警備員の目の前まで来た。
「君、ここから先は一般人は行っちゃいけないんだよ。見れば分かるだろ」
なるべく目立たないように身を屈めて警備員たちの間を通り抜けようとしたが、やはり見つかってしまった。
「ほら、家に帰ってテレビででも見てなさい」
ところがヴェスペには、はいそうですかと頷くことのできない理由があるのだ。なんとしてでも通りたい。要は、彼らの注意を自分からそらせばいいのだろう。ヴェスペは大きく息を吸い込んで、
「あーーーっ!」
距離はあるが大分はっきり見える街頭テレビを指さした。案の定、その場の野次馬を含んだ警備員たちは、画面に映し出されているであろう戦いに一斉に目を向けた。ありがたい、とヴェスペは心の中で呟き、警備員の隙間を走り抜けた。
「あ、おい、一般人が一人作戦区域に走っていったぞ!?」
「しまった!」
喚いたってもう遅い。エインヘリヤルの脚力は、そうそう普通の人間が追いつける速さではないのだ。
謎の男、もといシュティーアは、面の裏で嫌な汗をかいていた。当然といえば当然だが、説得には失敗してしまった。ここからは、のんびり話をしている余裕などなくなる。そして、シュティーアは奥の手などというものは用意していない。使えるものは、スタンガンに似た効果のあるエネルギー弾を発する特殊な銃、それと対爆性能、耐熱性能強化の上に電磁波で金属の弾丸をそらす機能を付けた大盾、これだけだ。ついでに言うと、銃と盾の機能に大量の電力を消費するため、どれだけ慎重に使ったとしても敵全員を戦闘不能に追い込むことは難しい。
だが、ここまで来たらやるしかない。シュティーアが改めて武器を構えると、ドラッヘも翼のブースターをふかし始めた。おそらく、こちらに突進するためだろう。
と、その時、視界の端に人影が映った。初めは、革命軍の者が飛び出してきたのかと思った。だが、その人影はどうやら後ろではなく、横合いからこちらへまっすぐに駆けてきているようだ。それに、なんだか見慣れた背格好をしていて……もしかして?
『おい、ドラッヘ。待……』
彼女は一般人であろうその人影に気づいていないのか、もしくはどうでもいいと思っているのか、減速する気配はない。仕方ない。シュティーアはこちらへ飛び込むように駆けてくる人影……少女を抱え込むようにして、盾で庇った。オレンジ色の熱線は盾の表面で弾かれて、数十メートル先のビルに当たって壁を焼き焦がした。シュティーアはひとまずほっとした。一歩間違えば二人共死んでいたところだ。だが、十中八九すぐに次の攻撃が来るだろう。右手で少女の腕を掴んだまま、集中する。
「……」
だが、予想に反してドラッヘは数メートル前方で立ち止まった。虚をつかれたような顔で少女を眺め、そして指さした。
「あんた、ヴェス……」
「わーっ、わーっ」
少女はシュティーアの手を振り払うと、ドラッヘの言葉をかき消すように大声を上げた。……まあ、大体分かってはいた。シュティーアは仮面の裏に指を差し入れて拡声機能をオフにし、少女に声をかけた。
『おい、なぜこんなところにいる?』
振り返った少女のサングラスの向こうには、瞳の鮮やかな緑が透けて見える。これで変装しているつもりなのだろうが、知り合いならば簡単にヴェスペだと分かってしまうだろう。ヴェスペはぎっとこちらを睨みつけた。
「それはこっちの台詞だよ、シュテ……」
今度はシュティーアが、彼女の口を塞ぐ番だった。せっかく面を付けて、その上フードで髪の色を隠してまでここに来ているのに、あっさりバラされては堪らない。
「いつまで内緒話してるつもりなの?」
不機嫌なドラッヘの声に、シュティーアは我に返って武器を構え直した。
「やあね、不意打ちなんてしないわよ。その子にも当たっちゃうし」
見ず知らずの一般人だったら迷いなく殺していたくせに。シュティーアは内心で溜息をついた。
「そこの、あなた。さっさと逃げなさい。武装してないのは見れば分かるし、今なら偶然戦闘に巻き込まれた一般人の扱いで済むわよ」
ヴェスペはふんと鼻を鳴らし、前に進み出た。シュティーアは制止しようとしたが、肩を掴もうとした右手を払いのけられてしまった。
「馬鹿にしないでほしいね。あたしがここに来たのは偶然じゃないし、逃げるつもりもないよ。戦いを続けたいなら続ければ?」
ドラッヘは困ったような笑顔で首を傾げてみせた。ただし、目が笑っていない。
「残念ながら、軍の規則で非武装の一般人は傷つけちゃいけないってことになってるのよねー」
「なら、回れ右して帰ったらどう? うん。あたし、そっちの方がいいと思うな」
ヴェスペも負けじとにっこり笑ってみせる。
「なぜ、自分とは全く関わりのない戦いに首をつっこもうとするの?」
「別に、革命軍に思い入れがあるわけじゃないけど、あたしは人が死ぬのがあまり好きじゃないの。それで、ネット見てたらニュースでこの任務のことを知ったから、止めたいと思ったの。それだけ」
二人は、先に目をそらしたほうが負けだとでもいうように睨みあった。
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