第5話 作戦

 作戦その一。

「国境を越えるチャンスは、やっぱり戦闘任務の時だと思うの」

 というヴェスペの言葉のもと、二日間待った後の出撃要請。

「いい、リーゼ。あたしが合図したら、その場を離れるの。あくまでもさりげなくね。まあ、あんまりしつこく詮索してくるようだったら走って逃げてもいいけど。そしたら合流するから、西の国に行きましょ。乗り物はないから徒歩だけど、どうにかなるでしょ」

 そんな大雑把過ぎる作戦を立て、ブリーフィングルームに向かう。

「たのもー!」

 勢いあまった変な掛け声と共に入室すると、やはりシュティーアは先に着いていた。

「ああ、来たか。早速今日の任務だが……ん?」

 書類から顔を上げ、おずおずと入ってきたリーゼをみとめる。ヴェスペはそこで気づいた。あ、そうだった。リーゼはまだ治ってないことになってるんだった。

「ヴェスペ。何故リーゼの脚が動いている?」

 そして、治してくれたトーマスのことは、言ってはいけないんだった。

「え、えーっと、その……。そう、自然に! 自然に治ったの! なんか、ちょっと接触悪かっただけらしくって、しばらく置いといたら治っちゃったの!」

「……」

 視線が痛い……ような気がする。

「本当だってば!」

 負けじと高い位置にある白いゴーグルを睨み返した。二人が無言で睨み合っている間、リーゼはカメラアイを細かく動かしておろおろしていた。

「……」

 しばらくして、信じることにしたのか根負けしたのか、シュティーアは軽く顔を伏せて睨み合いを中止した。

「言っておくが、どちらにしろ今日の任務にはリーゼは連れて行かない」

「えっ! なんで!?」

「まず、上層部から研究所に連絡する際のトラブルだが、改造人間部隊の名簿に、リーゼの名前がなかった」

 ヴェスペは驚いて、後ろに立つリーゼに振り返る。

「でも、リーゼは今ここに居るじゃん。矛盾してない?」

「その矛盾が何故起きているのかを、今調べているんだ」

 反論できないことと、予定が狂ったことへの悔しさで、ヴェスペはむむ、と唸り声を上げた。

「じゃあ、いつ復帰できるの?」

「今のところ、まったく分からないとしか言えないな。場合によっては、研究所に送還することになるかもしれない」

 分からない、というのはいい。だが、後半の意味がうまく飲み込めなかった。

「……つまり?」

「リーゼが第五部隊を抜ける可能性もある」

「……」

 一、二、三。たっぷり間を置いて、ヴェスペは嘘っ、と叫んだ。

「そんなの駄目! リーゼはあたしの後輩なんだから!」

 ひし、とリーゼに抱きつくが、シュティーアは相変わらずの無機質な顔で見下ろしていた。彼は、リーゼがいなくなってもなんとも思わないのだろうか。

「お前がどう思おうと関係はない。決定権は上層部と研究所にある」


 作戦その二……は、まだ思いつかない。

「時間がないっていうのに……」

 あれから三日、出撃命令もないのでリーゼとともに基地の抜け穴を探るべく地図とにらめっこしてみたりした。正規の出口を使って任務外で武装したまま基地の外に出るには、部隊長が発行する許可証が必要なのだ。しかし、依然として打開策は浮かばない。昨晩も、リーゼを自室に呼んで話し合っていた。まあ、大体ヴェスペが一人で話していたようなものなのだが。

 今朝起きて、リーゼに声をかけてみたが返事はなく、おそらく寝ているのだろう、無理に起こすのは良くない、ということで、書き置きを残してエインヘリヤルの食堂に来たわけだ。

 目の前のテーブルには湯気を立てる朝食。ミネストローネと四角い食パンのトースト、あとはスクランブルエッグと焼き目のついたベーコンだ。いつもなら美味しそうに見えるはずなのだが、今はなんだかあまり食欲がわかない。わずかなりとも心配事があると、ご飯が美味しく食べられない。そのことを、ヴェスペは痛感していた。そもそも、彼女は今まで回避不可能な問題に直面したことがあまりない。今の食欲不振は、経験不足によるところも大きいのかもしれない。

「隣、いい?」

 珍しく落ち込みながらもスプーンを手に取ると、斜め後ろから声がかかった。振り返ると、そこにいたのは『赤いバラ』の一人、ドラッヘだった。

「いいですけど……」

 断る理由もなし。ドラッヘはありがと、と言って軽く微笑んだ。薄く引いた口紅が一層際立って見える。

「あと、あたしには敬語は使わなくていいわ。もっと気楽に話したいもの」

「うん。わかった」

 ますます笑みを深めるドラッヘ。なぜなのかはよくわからないが、ヴェスペは彼女に気に入られているらしい。だからといって、こちらもそうとは限らないが。

「ところで、あなたの上司の、シュティーアといったかしら。彼、ちょっとおかしいわ」

「ふーん」

 リーゼはもう起きただろうか。あ、もしかすると彼はこの食堂の場所を知らないかもしれない。そうすると、あの書き置きは全く意味を成さないことになってしまう。迷子になっていたりしたらどうしよう。

「だって、あの時一人であたしが倒した数の二倍くらいは倒してたわ。あれだけの戦力で名前が売れてないなんて、きっととんでもなく素行が悪いとかよ。あんな真面目そうな顔しておいて。あなたも気をつけたほうがいいわ」

「そっかー」

 はっきり言って、全然興味ない。シュティーアが出世しなかろうが、実は危険人物であろうが、どうでもいい。今最も優先すべきはリーゼの問題なのだ。ただ、シュティーアの素行が悪いというのは、違う気がするな、と思った。

 会話が途絶える。ヴェスペは別にそれでよかったが、ドラッヘはなんとなく焦った様子を見せた。

「あ! そうだわ。あなた、志願してエインヘリヤルになったんでしょ? どうして軍に入ろうと思ったの?」

 行儀悪くスプーンを口にくわえて、軽く考える。まあ、深く考えるまでもなく答えは出ていた。

「楽しそうだったから、かなあ」

 すると、ドラッヘは顔を輝かせた。

「奇遇ね、あたしもよ!」

 会話の糸口を見つけたことが嬉しいらしく、やや早口で話しだす。

「やっぱり、戦いって楽しいわよね。スカッとするし。それでいて人の役にも立ってるって、素晴らしいと思わない?」

 彼女はそこで一旦言葉を切り、わざとらしく眉をひそめた。

「でもね、あたし、少し不満なことがあるの」

 一応、何が? と聞いてみると、ドラッヘは勿体ぶってトーストを一口かじった。

「それはね、敵がロボットしかいないことよ。これってとってもつまらないわ。だって、機械は怯えたり、痛がったりしないんだもの。ヒーローの活躍には、みっともなく取り乱す悪役の存在が必要不可欠だっていうのに」」

「それ、楽しい?」

「もちろんよ! 相手の圧倒的優位に立って、好きなようにできるって、この上なく楽しいことよ」

「ふーん……」

 食堂の入口を横目で見るが、リーゼはまだ来ない。


 目の前には搬入口を思しき鋼鉄の扉。ボディから伸びた細いアームには基地内の地図。見れば、今居るところはどうやら地図には描かれていない場所のようだ。

 リーゼは体を右に傾けた。


「あれー?」

 ヴェスペは自室の電子キーを開けて扉を開けた。しかし、朝はそこにいたリーゼの姿は見られなかった。

「行き違いになったかな……」

 むう、とあごに手を当てた矢先、後ろから肩を叩かれた。その金属製のアームの持ち主は、ちょうど今話題にした彼だった。

「リーゼ! どこ行ってたの」

 リーゼはアームを食堂とは反対方向に向け、ちょいちょいとヴェスペの服の裾を引っ張った。

「ん、こっちに何かあるの?」

 手を引かれるまま歩くこと十分ほど。地図にない場所に着いた。周囲に人影はなく、目の前には出口。

「や、やったじゃん! これで基地から抜け出すのは大丈夫だね!」

 少し背伸びして、円柱のボディの上面を撫ででやる。

「問題は、どうやってバレずにあたしの『羽根』を武器倉庫から持ってくるかなんだけど……。まあ、とりあえず部屋に戻ろっか」

 リーゼはガックンと頷いた。


***

 いよいよ、明日が作戦決行の日だ。あれから、カイは私立軍に入った。アイリは心配したが、もとより危ないことをしているのは彼女の方なのだ。それに、大好きなアイリ姉ちゃんを一人にするわけにはいかない。現に今彼女は、目の前で思いつめたような顔をしている。口の前で組み合わせた手は、小刻みに震えていた。

「大丈夫だよ。アイリ姉ちゃん」

 カイはアイリの隣に立って、その細い肩に手を置いた。

「あんなに頑張ったじゃん。人を集めて、武器も揃えて。みんな最後までついてきてくれるよ。なんにも心配する事なんてない」

 アイリはゆっくりと振り返った。カイは、その強張った頬に触って、和らげてあげたかったが、なぜだかできなかった。差し伸べかけた手のひらをぎゅっと握る。

「そうかな……」

「うん。そうだよ。それに」

 何を犠牲にしても、アイリ姉ちゃんは俺が守るから。


***

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