第7話

 家に帰るなり、わたしは風呂を沸かし始めた。なにか自分じゃ対処できないことがあるとする習慣のようなもので、ただぼんやりと湯船に浸かっては心の悪いものを洗い流すのだ。

 ちゃぷん。肩までしっかりと浸かり、ゆっくりと口元のあたりまで潜ってみる。

 ああ、里子。

 思い出すほどに虚しくなり、わたしは家に誰もいないのをいいことに大声を上げて泣いた。わんわん泣いて、しゃくりあげて、どうしてあの時わたしはあんなことをしてしまったのかと悔いても悔やみきれない懺悔をした。

 いつまで経っても涙は枯れない。

 もうあの子はわたしとは友達ですらいてくれないのだろうか。一緒にお弁当を食べることも。ただ、あの中庭で他愛ない会話をすることも。

 秘密の楽園を追われたわたしたちは、どこへ向かえばいいというの?

 泣いて、泣いて、泣き疲れて、ようやく涙は枯れてくれた。


 風呂からあがっても気分は晴れなかった。ただどよんとした黒い思いをそのままに、髪を乾かすのも忘れて部屋のクッションにへたり込んだ。

 これからどうしよう。

 明日学校へ行くのもためらわれる。わたしも里子もクラスで話すことは元々なかったけれど、顔くらい合わせることにはなるのだ。

 仮病でも使おうか。ああ、頭を使いすぎて知恵熱が出そうだ。どの道明日の朝になれば学校に行きたくなさすぎてお腹のひとつでも痛くなるに決まってる。もうそれでいい。これ以上傷の上塗りはしたくない。

 もう寝よう。せめて夢のなかでは幸せでいられるよう。

 濡れそぼった髪をそのままに、夕食も摂らずに床についた。時刻はまだ午後七時をちょっと過ぎたところだった。


 ピロンポロン。

 スマホの軽快な着信音で目が覚めた。暗い部屋でそこだけ明るい画面の時計を確認すると、ちょうど深夜一時を回ったところだ。

 こんな時間に……、

 メールの送信者の名前にわたしは息を呑んだ。

 山崎里子。

 間違いなく彼女だ。震える指でタップする。しかしなかなか画面を直視できない。怖い。そこになにが書かれているのか、いまそれを受け止められるほどの勇気がなかった。

 何度かホーム画面を開いては消し、開いては消しを繰り返して三十分ほどは経った。

 ――よし。

 意を決してその場に座り直す。ゆっくりとした動作でメールの受信箱を開き、里子の名前を改めて確認する。


『こんな時間にごめんね。起こしちゃったかな。いろいろなこと、伝えたくてメールしました。』

 もうそれだけで胸が詰まって先が読めなくなる。枯れたはずの涙が再び溢れそうになるのを必死にこらえながら、わたしは続きに目をやった。

『あの日、教室で梓に伝えたことは本当です。冗談なんかじゃない、ただただ恥ずかしくてごまかしたかったの。でも渡り廊下で梓にキスされた時、どうしていいかわからなかった。

あんなに感情的なキスが嫌だったのか、それとも……それはいまでも考えてる。わたしもね、まだ頭の中ごちゃごちゃなんだ。ただでさえクラスでは馴染めないわたしたちが、こんなことになっていいのかって。友達のままでもいいんじゃないかって。

自分で気持ちを言っておきながら変なんだけど、なかったことにできないかなって。梓のことはもちろんいまでも好きだよ。でもそれが友情なのか愛情なのかはわからなくなってる。だから、もう少し、時間をください。』


 頭が混乱してどうにかなりそうだった。


 やっぱり、わたしのあのときのキスはするべきではなかったのだ。それが里子をこんなにも悩ませているのだ。

 里子がおかしいんじゃない、悪いのは全部わたしなのだ。

 ああ神様。どうしてわたしたちは恋できないのでしょうか。どうして、同じ性を与え給うたのですか。

 もしわたしが男なら。もし里子が男なら。いまよりもっと素直に、普通に恋できていたかもしれないというのに。

 もう、寝られそうもなかった。カーテンの向こうでは外が白んできて、新しい朝を告げる光が差し込もうとしていた。

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