セミが死んでる

赤魂緋鯉

セミが死んでる

 明かな人数合わせで呼ばれた合コンでのこと。


「――なんだよなぁ」

「さすがー」

「知らなかったー」

「すごーい」

「そうなんですかー」



 やる気満々の1人以外の、私を含めた4人はみんな、男子の話に適当な相づちを打って流している中、


「セミが死んでる」


 窓から外を見ていた、黒髪をボブカットにしている、隣の子が突然そうつぶやいた。


 その視線を追ってみると、にじり口みたいな形の坪庭が見える窓の枠、その真ん中辺りにひっくり返ったセミが落ちていた。


 うん。脚を閉じてるし、確かに死んでる。アリもたかってるし。


 彼女のことは、大学の構内で良く見かけるけど、いつもベンチの下とか、木の根元とかをじっと見ている事ぐらいしか私は知らない。


 他の人はというと、男子を含めて全員が、なんと言って良いか分からない、といった顔で固まっていた。


 それはまあ、いきなりそんなことを言われれば、誰だって対応に困るよね。


 彼女はそんな微妙な空気の中、いきなりすっくと立ち上がり、店の窓に書いてある自分の勘定を置いて出ていってしまった。


「あのー。あの子は一体……?」

「あーあー、ええっと……」


 暇そうだから、と彼女をひっぱって来た、右端に座ってるツインテの子が、汗だくになりながら弁解しようとしている。


「とりあえず、また今度にしようか?」


 なんか変な感じになっちゃったし、と男子の1人が言って、そもそも乗り気じゃ無かった女子達が、適当な事を言って賛同したので、特に何事も無くお開きになった。


 ちなみに、1人だけやる気だったツインテの子は、最初から狙ってたらしい男子を誘って、2人で歩いてるの見たし、まあその子は目的を果たせたと思う。


 ……そういえばあの子、どこ行ったんだろ。


 そんな事より、私の興味はあの不思議な感じの子に向けられていた。


 一体、何が彼女を動かしたんだろう、と思いつつ、夕暮れの中を家に帰るために歩き出すと、


 あっ、いた。


 店の裏手の細い路地に面した、店の植え込みに頭を突っ込んでいる、例の子を発見した。


「えっと。何か捜し物、ですか?」


 通報とかされたらこの子も面倒だろうし、あえて知り合いのフリをして話しかける。


「……」


 すると、彼女は植え込みからガサッ、と頭を引っこ抜いて、頭に葉っぱを付けた状態で私を見上げてくる。


「……だれ?」

「あーえっと……、日本語の授業で一緒の笹木ささきです」

「ん。髪がわらの人だ」

「わ、藁……?」

「髪、色一緒だから。あ、私は大城おおき。あと、敬語要らない」

「な、なるほど……?」


 どうやら、なんか変な覚え方をされているらしい……。


 ちなみに、私の髪は染めてる訳じゃ無くて、私のお父さんがハーフで金髪なのが遺伝したものだ。


「で、その……、一体何を……?」

「アリ見てた」

「アリ?」


 大城さんが指さしている先を見ると、さっきセミにたかっていた、やけに大きなアリが行列を作っていた。


「クロオオアリ。この辺じゃ珍しい。多分あじさいを巣にしてる」


 行列の先を見てみると、確かに、道の突き当たりの川辺に植わってる、花が目立ちにくくなったあじさいの方向から来ていた。


「え、あじさいに住むの? アリが?」

「そう。多分、真ん中に良い感じの穴が空いてるから巣を作る」


 話を聞いてもらえてうれしいのか、そのために進化した植物まである事とか、無表情なジト目で分かりづらいけど、大城さんは何となく嬉しそうな顔で、10分ぐらい説明してくれた。


 その内容はものすごく詳しくて、半分ぐらいしか理解出来なかった。

 だけど、幸せそうに話す姿を見ているのが楽しいから、あじさいの植わっている川沿いを歩きながら、最後まで聴いていた。


「虫のこと、詳しいんだね」

「うん。大好きだから」


 彼女は思い切り話せたからか、満足げな顔で笑ってそう言ったけど、


「虫は何も訊いてこないし、言ってこない。こっちが何かしない限り、何もしてこないのが好き」


 そう続けたその笑顔は、なんだか寂しそうに見えた。


 彼女が言うには、小さい頃から虫が好きだったけど、男の子には女のくせに変なの、女の子には虫を好きなんて気持ち悪い、と言われて、仲間はずれにされていたらしい。


 私には、彼女がさっきあんな顔をした理由が良く分かる。


「そこにいるものとして見てくれる存在って、良いよね」


 小さな頃から私は、この生まれつきの金髪についていろんな人にしつこく訊かれるのから始まり、学校の先生に呼び出されて、不良呼ばわりされて説教されたり、生意気、とか言われて女子にかばんをトイレに捨てられたりして、私も仲間はずれにされていた。


「やだね。人間って」

「そうだね」


 それを聞いた彼女は、深々とため息を吐いて、少し皮肉交じりに笑った。


 普段から表情が乏しくて、ドライな人かと思って大城さんたけど、それは相手が居なかっただけで、本当は愉快な人なんだな……。


 もっと大城さんと話したい、と思って、


「ねえ大城さん。暇とお金があるなら、どっか一緒にご飯に行かない?」


 私は、お腹がいてることも口実にしてそう訊ねた。


「虫の事とか言うかもしれないけど、いいか?」


 多分昔、それで何かあったのか、大城さんは少し不安そうにそう訊ねてきたけど、そういうのは気にしないから、と私が返す。


 彼女はそうか、と言って安心した様子で、じゃあどこ行く? 笹木に任せる、と言ってきた。


「うーん、そうだね……」


 私は少し考えた後、時々1人で行く、おしゃれな居酒屋の名前を言った。


「そこにしよう。で、何が売りなんだ。そこは」

「確か、海鮮料理だったと思う」

「おお。いいな。海老えびは特に好きだ」

「あ、ねえねえ、海老って、中が美味しいと分かってなかったら、食べないと思わない?」

「冷静に見ると、確かに結構グロい」


 私たちはそんな雑談をしながら、私たちはその店にたどり着いた。


 だけど、料理がくるのを待ってる間、フンコロガシの話で盛り上がったせいで、他のお客さんを引かせて、店員さんにやんわりと注意されてしまった。


「いやー。美味しかった」

「でしょ?」

「お礼に、今度私の行きつけにいかないか?」

「いいねえ。じゃ、連絡つくように番号交換しよ」

「うん」


 約束してお互いの連絡先を交換してから、私は電車で、大城さんはバスで、それぞれ家路についた。


「って、あれ? 大城さん?」

「おー、笹木。同じアパートだったのか」


 家に着くと、反対側の道から大城さんがやって来て、まさかの彼女とお隣さんだった事が判明した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セミが死んでる 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ