第18話
道場で物音がしたのに気づき須藤は振りむいた。そして道場に向かってまっすぐ歩き出す。
須藤の全身は血だらけだったが、その血は既に乾いていた。どうやら傷口は既に塞がれて治っているようだ。
文太郎の家の庭にはそこそこ大きい池がある。須藤は道場に向かっている途中、その池に何か丸い物を無造作に捨てた。
ボトンという音とともにそれが沈むと、すぐプカっと浮かび上がった。
浮かんできた物、それは恐怖に歪んだ顔をした
須藤は道場の扉の前に立つと扉を蹴っ飛ばして壊しすと中に入る。するとそこに男が一人気絶して座り込んでいた。
その男を、須藤は襟を掴み持ち上げて顔を確認する。しかし、その人物が文太郎ではないとわかると男の頭を握りつぶした。
グニャっという音とともに辺り一面に血が吹き出す。
そして須藤は自分が入ってきた反対側にも扉があることに気づくと扉を蹴り壊し道場を出て再度、文太郎を探し始めた。
文太郎と恭子は道場から出ると、裏庭に出た。
恭子は
「よかったわ。こっちにも出入り口があって」
「あそこの出入り口は道場の内側から閂をして閉めるタイプの扉で外側に鍵はついてなんだ。だから開きっぱなしで逃げるしかない。きっと須藤かさっきの迷彩服の男、どっちかがすぐに追いかけてくるよ。早く逃げよう! …………そうだ! 奴らの車はどこだ? 拝借しよう」
「……もしかしたら、表玄関の方かもしれないわね」
「よし、行ってみよう! こっちだ」
文太郎と恭子が表玄関まで移動すると、ワゴン車が2台停まっていた。
文太郎は車のキーをポケットから取り出しキーのスイッチを押すと一台のワゴン車のハザードが点滅してドアの鍵が開く音が聞こえた。
「これだな。よし、恭子、乗って」
文太郎と恭子が車の扉を開け、中に入り込むと、道場の方で大きな破壊音が聞こえた。
「な、なんだ? 今の音……」
「もしかして、圭一かもしれないわね」
再度、道場の方で大きな破壊音が聞こえた。
「なんか……ヤバイ、早く行こう!」
文太郎は車のエンジンをかけて出発した。
「とりあえず、どこに逃げればいいんだ?」
文太郎は車を走らせていると、あちこちでゾンビが人を襲っていた。その光景を見ながら恭子は答えた。
「もう、この町はゾンビに乗っ取られてる、おしまいだわ! 文太郎くん! お父さんが入院してる病院に行って! さっき、文太郎くんが気絶している時にあの男達に携帯を取られて壊されちゃったの、文太郎くんのもよ。きっとお父さん、私と連絡取れないから心配しているはずよ! お父さんを乗せてこの町から脱出しましょう!」
「わかった。 行こう!」
文太郎は向かってくるゾンビをハンドルを切って避けると、アクセルを踏んだ。
奪ったワゴン車の席は運転席と助手席だけで後部座席は取り外してあった。そして後部座席の代わりにいろんな大きさのケースが置いてある、それに恭子が気づいた。
「文太郎くん、この後ろにあるカバン何かしら? わかる?」
「それはガンケースだよ。ライフルとかハンドガンとか、拳銃が収納されてるカバンだよ」
「そうなの?」
「うん、イーサン先生とグアムで射撃をしたことあるんだけど、イーサン先生がそのケースと同じものを使ってたんだ。」
「文太郎くん、拳銃とか使えるの?」
「まあ、少しならね」
「よかったわ、これで生き延びる可能性が高くなったわね」
「ああ、必ず生きてこの町から出よう!」
「うん!」
「ところで、文太郎くん、さっきはありがとうね」
恭子が文太郎にお礼を言う。
「ん、何の事?」
「あの迷彩服を着た男に、お腹を蹴られた時、凄い怒ってくれたじゃん! ほんと嬉しかったよ」
「い、いや、まあ、当然だよ」
文太郎も少し照れた様子で顔を赤らめながら答えた。
「ん? 当然、 なんで?やっぱり彼女だから?」
恭子が嬉しそうな顔で文太郎を見ながら言うと、文太郎の顔はさらに赤くなった。
「い、いや、俺らはまだ、そ、そんな関係じゃないよ。と、友達なら当然って事!うん!そう、そう言う事!」
文太郎は恥ずかしさでしどろもどろになった。恭子はさらに嬉しそうな顔で文太郎に詰め寄った。
「まだって事はいずれ彼女にしてくれるの?」
「ま、まあ、い、いずれはそうなるかもしれないって言うかなんと言うか……」
文太郎は口をまごまごさせながら言うと、突然、恭子は笑い出した。
「なんだよ〜、恭子ぉ。俺のことからかってんのかよぉ〜」
文太郎はふくれっ面で恭子を見たが、そのうち文太郎も笑い出した。
「はははは」
文太郎は、恭子と一緒にいるのはやっぱり楽しいと改めて思い始めた。
(元々、恭子と俺は仲のいい友達だったんだ。相性はいいはず、だから友達から恋人同士になるってのもありなのかもね)
文太郎はそんな事を考えながら恭子と一緒に笑いあった。
二人は幸せな気持ちに包まれて、一時この悲惨な状況を忘れることができた。
「病院まであと十分ぐらいだよ」
「無事着きそうね。良かったわ」
文太郎は幸せ絶頂の顔で運転していた。そして軽快にハンドルを切って曲がると目の前に突然、人が飛び出してきた。文太郎は慌ててブレーキを踏む。
「うわー、なんだ!」
文太郎は悲鳴にも似た叫び声を上げた。最初、ゾンビが飛びだしてきたのかと思った。だが違かった、その人物が言葉を話したからだ。
「た、助けてくれ! 俺もその車に乗せてくれ!」
文太郎は目の前の男に見覚えがあった。
「んん? 確かあんた。同じ学校の……。そうだ! 池澤だ!恭子、あれはボクシング部の池澤だよ!」
文太郎は恭子に向かって話しかけた。しかし、恭子は何も言わず、困った顔で前を見ていた。
「あれ? お前……恭子……恭子か!俺だよ!」
池澤は助手席の恭子に気づいて叫んだ。だが、恭子は池澤を無視してそっぽを向いていた。池澤はフロントガラスを何度もバンバン叩きながら恭子の名を呼ぶ。
「恭子!恭子!」
必死に恭子の名を呼ぶ池澤を見ていた文太郎は何か嫌な予感を感じながら、ゆっくり恭子の方を向き、恐る恐る聞いた。
「……恭子、池澤と友達……とかだったの?」
恭子は左手を頭に当て気まずそうな顔で言った。
「う〜〜〜ん、元カレ!」
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