第8話

 文太郎はハッとして唸り声が聞こえた方角を見た。文太郎の家の庭には電灯があって光を灯しているが、大きなケヤキがいくつかあるため、それが影を作り家の庭が薄暗くしている。

 

 そのためさっきはよく見えなかったのだが、目を凝らすとケヤキの後ろを化け物がウロウロしているのが見えた。ゾンビは鍵が掛かってない切戸から入って来ていた。


「ヤ、ヤバイ、静枝さん、あそこに化け物がいる。道場の中に入って」

 

 文太郎と静枝はゆっくり道場の扉を開け、道場の中に入り扉を閉めた。

 

 その時、静かに扉を閉めた筈だったが「バタン」と大きな音が鳴ってしまった。


「静枝さん、ヤバイ、今の音で化け物がこっちに気づいたかも、道場の奥に行こう。道場の中は暗いから化け物でも見えない筈だ」


「だ、大丈夫なの?怖いわ」


「シッ!声を出さないで」


 しばらくすると扉を開ける音が聞こえた、先ほど庭でウロついていたゾンビが入って来たのが扉を開けた時の月明かりでわかった。

 

 そして、自然と扉が閉まると道場内は真っ暗になる。


(化け物に人間としての知能はどの程度あるのだろう?謎だが……とりあえず人を素手で殴ったり首を締めたり、扉を開けたりってのはできるようだ)

 

 文太郎はゾンビを観察し逃げるチャンスを伺っていた。


「ごめんね、文太郎ちゃん。ごめんね」

 

 先ほどから静枝さんが小声でずっと文太郎に謝っている。

 正直、静かにしてほしいと文太郎は思っていたが、静枝は完全にパニックを起こしている。その様子を見て文太郎は焦った。


(静枝さん、黙っててくれ、このままじゃ化け物に気づかれる)


 道場の壁掛けには日本刀が数振り、他にも槍や手裏剣などが文太郎と静枝の近くにある。文太郎はなんとかして日本刀でゾンビを切ろうと考えていた。

 

 だが、真っ暗で刀の正確の位置がわからないのと道場は板張りで少しでも動くとギシッという音が鳴ってしまう為、動けずにいた。

 化け物は唸り声を上げながらギシギシ音を立てて板張りの道場内を歩き回っていた。


(音と唸り声から判断すると化け物は、まだ遠くにいるな。でも、この道場はそんなに広いわけじゃないから、いずれ自分たちの存在に気づくか…それに切戸は開きっぱなしだから化け物が大勢入って来たらもう逃げられないぞ…… ああ、切戸、早く閉めなきゃ、ちくしょう……あそこは早く閉めるにはこの化け物をさっさと殺すしかない)


 文太郎は床の音がしないよう慎重に歩く、そしてだんだん夜目がきいてきたので壁に掛けてある日本刀が朧げに見えてきた。


(あった! あそこだ)


 文太郎はゆっくり慎重に刀を取ろうとする。


(も、もう少しだ……)


 そして文太郎が刀に手をかけた瞬間、突然、道場の扉が開く。


「文太郎くん、刀あった?」


 声の主は恭子だった、いつまでも戻らない文太郎を心配して道場に入って来たのだ。

 恭子は出入り口の近くにある電気のスイッチを手探りで探して押すと道場の電気がパッとついた。


 あまりの突然の出来事に文太郎は金縛りにあったように動けなかった。

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