第1話

 伊達文太郎 だてぶんたろうの足は恐怖で震えていた。


 伊達文太郎は高校3年生の18歳で大して長く生きているとは言えないが、だか、今まで生きてきた中で最大の苦難を迎えている。


 文太郎は先ほどから心の中で足の震えよ止まれと何度も呪文のように唱えているが一向に収まる気配はない。


 なぜ、文太郎はこれほどまでに恐ろしい思いをしているのか。

 それは文太郎の目の前にいる男が原因だ。

 男はとても恐ろしい形相で文太郎を睨んでいる。


 男の顔は不動明王のように恐ろしく迫力がある顔をしていた。


 そして体格もすごい。身長は180センチ、体重は90キロはある。筋骨隆々だ。

 身長165センチで体重65キロの文太郎と並ぶと大人と子供ぐらいの差がある。


 この男の名前は須藤圭一すどうけいいち 。須藤は文太郎と同じ18歳だが、とても18歳には見えない。髪型はパンチパーマで顔に険があり、また貫禄もある。


 須藤圭一はこの街の不良を仕切ってる、昭和時代で言えば番長のような存在だ。この街で須藤に逆らえる人間はいない。

 須藤の武勇伝はたくさんある。

 100人近くいる暴走族を一人で全員倒したとか、暴力団の事務所に一人で乗り込んで全滅させたとか、漫画みたいな噂話だが、その噂が本当だと思えるような迫力が須藤にはある。


 須藤圭一は凄みのある声で文太郎にこう言い放った。

「てめー、覚悟はできてんだろうなぁ」

 そして今にも文太郎に殴りかからんばかりの勢いで文太郎との間を詰めている。


 文太郎は恐怖で立ちすくんでいた。そして覚悟を決めていた。

(ああ、これから俺はあの須藤にボコボコにされるんだ……)


 そして須藤圭一の2メートルほど後ろに文太郎と同じように女の子が怯えて立っているが、今回、このような状況になったのは、この女の子と文太郎の関係が理由だ。


 その女の子は身長は文太郎と同じぐらい、髪型はショートカットで髪の色は金髪、服装は上下ネズミ色のスエットを着ていて、いかにもヤンキーといった風貌だが、よく見ると、顔は人形のように小さく肌は色白で、目鼻立ちははっきりしているハーフのような顔立ちが印象的な、とても美しい容姿をしていた。

 女の子の名前は吉田恭子よしだきょうこ


 文太郎と恭子は同じ高校の同級生だ。

 席は近くだったが文太郎と恭子は最初ほとんど話をしなかった。

 文太郎はあまり社交的な性格ではない上に女性と話すと緊張してしまうタイプだ。

 だが、文太郎はなんとか恭子と話をしてみたいと思っていた。なぜなら文太郎は恭子と高校3年生のクラス替えで、同じクラスになった恭子に一目惚れをしたからだ。

 高校3年生になったばかりの恭子は今のようなヤンキースタイルではなく、髪も黒髪だし性格も大人しい感じだった。

 その大人しさが自分と似ていると感じた文太郎は、自分と性格が合うかも?と考えていた。

 しかし、実際は恭子とは緊張してほどんど話をしないまま、高校もあと半年で卒業となってしまった。

 文太郎は何度か恭子と付き合うことを夢見ていたが、付き合うどころか挨拶程度の会話しかできなかった。

 次第に文太郎は恭子と付き合うことを諦めていった。


(何となく性格が合いそうだからって恭子と付き合えるかなぁなんて思ってけど、よく考えてみたら俺みたいな平凡を絵に描いたような人間が恭子みたいな美人と付きあえるわけないよな)


 しかし、そうは思いながらも、たまに恭子と目が合ったりすると、実は恭子は自分のことが好きで、恭子も自分と話をしたいけど緊張して話しかけられないのでは? などと変な妄想をして淡い期待を持っていた。

 だが、そんな期待が脆くも崩れ落ちる会話を聞いてしまう。


 朝、沈んだ顔で恭子が登校してきた。文太郎は恭子の沈んだ顔を見ておやっ?と思ったが話しかけることができなかった。

 どうしたのか気になっているうちに、恭子に話しかける女の子がいた。


「恭子どうしたの?なんか今日元気ないけど……」

 話しかけてきたのは恭子の1番の友達の優子だ。


 恭子はしばらく沈黙した後に小さな声で話し始める。

「うん……ちょっと彼氏と喧嘩しちゃって……」


 文太郎に衝撃が走った。が、平静を装い恭子と優子の会話が聞こえてないかのように振る舞う。


 優子が心配そうな顔をして恭子に聞いた。

「そうなんだ、仲直りできそう?」


 恭子は小さく首を横に振る。

「わかんない……もうダメかも……」


 文太郎は恭子と優子の会話に全神経を傾け体をピクリとも動かさずにいた。

 それが逆に不自然な雰囲気を醸し出してしまい、恭子と優子が不審な顔で文太郎を見た。

 文太郎は真正面を向いていて、後ろにいる二人がこちらを見ていることはわからなかったが、何となく視線を感じた文太郎はやばいと思い自然に振る舞うつもりで携帯を取り出して弄っているフリをした。

 が、恭子と優子はさあっとその場から離れてどこかに行ってしまった。


 文太郎は会話を聞いているのがバレたと思い恥ずかしくなったが、それ以上に先ほどの恭子と優子の会話に動揺していた。


(きょ恭子に彼氏がいたのか……)


 あまりにもショックな出来事だった。彼氏というワードが一日中文太郎の頭の中を駆け巡った。その日の授業内容は全く覚えていない。

 文太郎の胸は痛んでいた。こんなことが起きるなんて……

最初の一週間は飯もろくに喉を通らないほどだった。そして、何度も聞き間違いかも?と現実逃避したりしていた。

(いや、現実をちゃんと受け入れろ。変に現実逃避するな……)

と自分を戒めていたり、また、やっぱり聞き間違いかも?などと現実逃避と自分への戒めを毎日繰り返していた。

 諦めていたつもりだったが、やはりどこかで恭子と付き合えると期待していた自分がいた事に文太郎は気が付いた。

 そして、もう駄目だ。俺の人生終わりだ……などと絶望的な心境に陥っていた。


 しかし、1ヶ月もすると心の傷も癒えてきた。文太郎はだんだんと恭子に対しての興味を無くしていた。

自分でも不思議だった。

 あれだけ好きだった恭子に興味が薄れてくるなんて、それどころかほとんど口も聞いたことのない恭子を何で好きになったのだろう?と不思議にさえ思うようになってきた。

 ましてや、もしかしたら恭子は自分のことを好きかも?などと妄想まで抱いていた自分が恥ずかしくなってきていた。


 文太郎は失恋の痛手から立ち直ろうとしていた。


 それから2ヶ月が過ぎたある日のこと、文太郎は学校の昼休み教室で携帯ゲームをやっていた。普段、文太郎は昼休み時間は図書室にいることが多い。

 実は文太郎には友達がいない。だから昼休み同級生たちが友達同士ではしゃいでるのを見るのが辛かった。

 そのため、あまり教室にはいたくなく昼休みを図書室で過ごしている事が多かった。

 だがそんなある日、たまたまテレビで携帯ゲームのCMをみた文太郎はなんか面白そうだなと軽い気持ちでそのゲームをインストールして始めてみたらとてもハマってしまった。

 以来、昼休み図書室まで行く時間も勿体無いと思うまでそのゲームにハマってしまい、食事を済ますとすぐ携帯を取り出し教室でゲームをするようになっていた。携帯にイヤホンをさしゲームを始めると周りの声が全く気にならない。


 そして文太郎が携帯ゲームにハマって数週間後の放課後、文太郎が帰ろうと教室から出ようとした時、一人の女性が文太郎に話しかけてきた。


「伊達くん」


 自分のことを呼び止める女性などいないのでびっくりして振り返る。

だが、振り向いた瞬間もっと驚いた。

 何と、自分を呼び止めたのは恭子だった。しかし、一瞬だが誰だかわからなかった。

 自分が好きだった頃の恭子と外見がかなり違っていたからだ。いつの頃からか恭子は髪を金髪にしていた。

 当初、恭子が髪を金髪にして登校した時はクラス全員が驚いた、おそよ恭子のキャラではなかったからだ。


 どうやら恭子は彼氏と別れたらしい。

 そしてその後、違う男性と付き合い始めたようで、どうやらその男の影響で外見が大分変わってしまったみたいだ。

 学校以外で恭子を見かけた人は、髪だけではなく化粧もかなり濃くして歩いていたと言っていた。 

 そのせいか当時かなり恭子のことは噂されていて、友達のいない文太郎ですら多少の噂を耳にしていた。 

 どうやら恭子はタチの悪い不良と付き合い出したらしいと。

 そしてそれを知った文太郎はますます恭子への関心を無くしていった。

 自分が思っていた人とは違っていた。勝手に大人しく自分に似た性格だと決めつけて好きだっただけだったんだなと…

 しかし、一時期はすごい好きだった恭子にいきなり呼び止められた文太郎は慌てた。


「ん、なに?」

 文太郎は平静を装いながら返事をした。


「伊達くん、いつも昼休みに携帯ゲームしてるじゃん。あれって黒猫アクションだよね。

チラッと後ろから見せてもらったけどすごい上手いじゃん。私もあのゲーム好きなんだ!でも、なかなかピジマ島の3−3がクリア出来なくて……伊達くん結構進んでるじゃん?ピジマ島の4−2まで行ってるよね?」


「うん。確かに3−3はクリア難しいね。俺も苦労したよ」


「やっぱりそうなんだ。明日攻略法教えて!」


「いいよ」


「ありがとう!じゃあ」


「うん、じゃあ」


恭子が足早に去って行く。


(まさか、恭子が黒猫アクションを好きだとは……)


 文太郎がハマっている黒猫アクションは女性にはあまり人気のないゲームだったので恭子がこのゲームを好きだったのは意外に思った。

 これも今付き合ってる男の影響だろうか?しかし外見はヤンキーぽくなっても性格がキツくなるなんて感じではなかったので何となく安心したなぁ、などと考えながらも文太郎はすぐに関心を無くして教室を出た。


 そして次の日、文太郎が昼休みに携帯ゲームをやっていると目の前に恭子が立っていた。

文太郎はイヤホンを外し、「あっ!攻略法?」と聞くと


「うん。教えて」

と恭子が返事をした。


 文太郎が恭子にゲームの攻略をあれこれと教えているとふと奇妙な雰囲気に気が付いた。

さっきまで周りで騒いでいた同級生たちが少し静かになっていたからだ。

 いつも文太郎はイヤホンしてゲームをしているのであまり周りの声は聞こえないので最初は気づかなかった。

 しかし、イヤホンをしていたとしても多少は周りの声が聞こえる。それが今、イヤホンを外している状態で周りの声がほとんど聞こえないのだ。

 そして、周りを見回してみると同級生たちがチラチラと文太郎と恭子を見ている。

 まあ、自分みたいなクラスで目立たない人間が恭子みたいな美人と話しているのが不思議に思っているのだろう。

 文太郎はそんな風にあまり深くは考えなかった。


 それから毎日、昼休みは恭子とゲームをするようになっていた。

 最初は緊張していた文太郎だが次第に恭子との会話もスムーズになり、いつの頃からか昼休みだけでは話し足りないので放課後、近くのカフェでゲームの話で盛り上がったりするようにまでになった。

 そうなってくると流石に文太郎は


(こんなところ恭子の彼氏に見つかったらヤバくないかな……)


 と心配しはじめた。


(まあ、そんなに頻繁ではないし、どこかに遊びに行ったとかはないので大丈夫だろう)


 もう、文太郎には恭子と付き合いたいという願望はない。ただ、今まで友達があまりできなかったので同じ趣味で話せる友達ができたのが嬉しかった。

 おそらく恭子もそんな気持ちで自分と接しているのだろう。最近気づいたが、このところ恭子は自分以外の同級生と話をしていない。

 1番の友達の優子とも一言も喋っていない、理由はわからないが恭子は友達を失ってしまったのだろう。

 そこで寂しくなった恭子はたまたま同じように友達がいない文太郎に話かけてきたのかもしれない、おそらく何かがある。

 恭子が自分と昼休みに話をしていたとき、周りの同級生が自分と恭子を見ていたのはその何かが原因だろう。

 最初、恭子みたいな美人が自分みたいな陰キャに話しかけてきたのが物珍しくて自分たちをチラチラ見ていたのかと思ったどうやらそうではないというのを薄々感じてはいた。

 それは皆が恭子を見る目が何か恐ろしい物を見るかのように怯えていたからだ。しかし文太郎はあまりそのことを考えずにいた、せっかくできた友達を失うのが怖かったからだ。

 だが、心の奥底には何やら嫌な予感が燻っていた。その予感を振り払うように文太郎は、大したことじゃないだろうと思うようにしていた。


 しかし、その嫌な予感はすぐに的中することとなった。


 ある日の土曜日、文太郎は一人家でくつろいでいた。

 そろそろ高校も卒業だが文太郎は大学へは進学せず就職することを選んだ。就職先は十月にはすでに決まっていたのでもう勉強もしなくていいやと思い家でゴロゴロしていた。

 そして、夜の7時ぐらいになると文太郎の携帯から着信音が聞こえた。文太郎はびっくりした。文太郎の携帯に電話が掛かってくることなどほぼない。

 文太郎の両親は母親の方は病気で亡くなっていて、父親は仕事で海外に在住している。そして父親から電話が掛かってくることなどほとんどない。

 また、文太郎に友達は恭子しかいない。恭子には携帯の電話番号は教えてある、だから恭子から電話が掛かってきたと思った文太郎はびっくりした。

 一応、電話番号を教えたけどまさか恭子から電話が掛かってくるとは!

 そして携帯の画面を見ると確かに恭子からの電話だった。だいぶ、親しげに話せるようになったが電話での会話となるとまだ違う雰囲気になるので文太郎は緊張した。


(なぜ、恭子は俺に電話してきたのだろうか?まさか、告白とか……まさか!)

 などと考えている間にも着信音は鳴り響いていた。


 そして意を決して携帯の画面に表示された通話のボタンをクリックする。

 一体どんな用事だろう?と思いながら恐る恐る声を出す。


「もしもし?」


 すると、とても恭子とは似ても似つかない野太く恐ろしい声が聞こえてきた。


「お前が伊達というボケか。てめーよくも俺の女に手を出してくれたな。覚悟しとけよ」


 文太郎は一瞬で顔から血の気が引いたのがわかった。


「ケジメつけっから今からアマゾンってゲームセンターの駐車場に来い」


 文太郎はあまりゲームセンターには行った事がないがアマゾンなら知っている。そしてそのゲームセンターは不良の溜まり場になっている事も知っていた。


 やっぱり恭子の彼氏はやばいやつだったんだ……

 文太郎は声が震えるのを必死に抑えながら聞いた


「もしかして、吉田さんの彼氏?」


 文太郎は危うく恭子と下の名前を言いそうになった。文太郎と恭子は下の名前で呼び合うほど仲良くなっていた。


「てめー、俺のことバカにしてんのか? 俺が誰だかわかってんだろ」


「吉田さんの彼氏ですよね?」


「あ?そうじゃねーよ。俺の名前だよ」


「いえ……名前は知りませんが……」


「ケッ 誰の女かわからずにちょっかいを出したのかよ。俺の名前は須藤圭一ってんだ。俺の名前知ってるな?」


「なっ……」


 文太郎は絶句した。須藤圭一……当然知っている。


「俺の女だって知らずに手を出したのか。まあ、だからって許すわけにはいかねーけどな。オメーの家は知ってるからよー、もう逃げられねーぞ。今すぐゲームセンターの駐車場だ。待ってんぞ」


 そういうと電話が切れた。


 まずい事になった。まさか恭子の彼氏が須藤だったとは……

 なんでそんな男と付き合ってんだよ…

 心の中で思わず文太郎は恭子に対して恨み節を吐いてしまう。


(まずい、駐車場に行ったら殺される。警察に電話するか……)

(だけど、まだなんの被害にもあってない。今電話しても相手にしてもらえないかもしれないし。それにずっとつけ狙われて結局はボコボコにされるかも……。須藤は警察を恐れていない……)

(そうか、わかった。なぜ気づかなかったんだろう。なんで同級生達が恭子に対して恐怖心に満ちた目で見ていたのか……須藤の彼女なんて誰も怖くて近づけるわけない。下手なことしたら須藤に殺されるよ。)

(くそ!俺だけか知らなかったのは!)


 文太郎は友達がいない自分を呪った。友達がいなければそういった噂を耳にすることはできない。


(行くしかない。行ってちゃんと謝罪すれば今なら許してくるかも……クソッ、どうすればいいんだ……

いや……てか、俺は恭子は何もやましいことはしてないぞ!ただ、ゲームの話で盛り上がってただけだ!それなのになんでこんな目に会わなくちゃならないんだ!)

(でも、話せばわかってくれかも?いや、でも、あの感じだとダメも……多分、恭子と仲良くしているだけでも駄目なのかもしれない……。でも、ちゃんと話せばわかってもらえるんだろうか?無理だ! 相手はあの須藤だぞ)

(何かいい解決方法がないか……くそ!どうすればいいんだ!)


 文太郎はしばらくじっと考え込んでいた。しかし、何もいい案が思い浮かばない。そしてこうしている間にもどんどんと時間は過ぎて行く。

 頭がパニックになりながらも文太郎は覚悟を決めゲームセンターの駐車場に向かうのだった。

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