第2話
「てめー、覚悟はできてんだろうなぁ」
鬼のような顔で須藤は文太郎を睨んでいる。
文太郎は恐怖で震えながらも自分が高校1年生の時に起きたある事件について思い出していた。
須藤は、元は文太郎と同じ高校の学生で空手部だった。
彼は幼い頃から町道場で空手をやっていたが子供の頃からとても強く、高校1年ですでに空手部のエースだった。
しかし、それを面白くないと思っていた空手部の先輩達は須藤に教育的指導と評してリンチした事があり、その時に受けた傷が原因で須藤は空手の全国大会に出場できなかったという事件があった。
学校の教師たちは誰が須藤に怪我を負わせたのか調査を行なったが、目撃者が誰もいなかった事と、須藤が自分を襲った人物の顔を見ていないと証言したため、犯人不明のまま調査は終了してしまった。
そして、須藤が襲われた事件から数週間たったある日、またも事件が起こる。
須藤を襲った空手部の部員一人一人が何者かに襲われ始め他のだ。襲われた部員は顔面血だらけで、中には肋骨が何本か折れている部員もいた。
しかし、今回の事件の犯人は襲われた部員の証言ですぐにわかった。犯人はもちろん須藤だ。
須藤は怪我が治り次第、自分に怪我を負わせた空手部員に復讐を開始したのだ。それ以来、須藤は学校に出でこず行方もわからなかった。
そして、須藤の復讐が始まって数日後の昼休み時間、校庭がひどく騒がしい時があった。
その時、文太郎は図書室にいたが、その騒がしさに興味をもち、校庭に出てみた。
そこには、人集りができていてその中心でどうやら誰かが喧嘩しているようだっただが、人が多くてよく見えない。
文太郎は仕方なく3Fにある自分の教室に戻り窓から校庭を覗いてみた。
自分と同じことを考えている同級生の何人か窓をのぞいていたが、文太郎はなんとか見る事ができた。
そして人集りの中心には当時の空手部部長の和田と須藤がいた。
どうやらこの二人が喧嘩しているらしい。
空手部部長の和田は須藤に負けず劣らず体が大きい。勝負は白熱しているように見えた。
和田が右のハイキックを出すと須藤は左腕を曲げた状態で顔面の前に出しガードする。だが、なかなかの威力で流石の須藤もブロックだけが精一杯だった。
そして、すぐさま和田は脇腹にミドルキックを炸裂させた。
その威力に須藤は顔を歪ませたがダメージはすぐに回復したようで、どんどん前に出てくる。
その迫力に和田は押され後ろに下がる。
しかし、後ろに下がりながらもなんとか攻撃するが下がりながら攻撃しているため体重が乗らず威力がほとんどない。須藤は和田の攻撃を捌きながら前に出てくる。
何発か和田の攻撃が被弾したが構わず進む須藤。
そしていきなりノーモーションで和田にローキックをお見舞した。
須藤のローキックは相当な威力だったらしく、和田の顔は苦痛で歪んだ。
和田は何とか須藤と距離と取ろうとするがローキックのダメージがあるため思うように足が動かなかった。
これをチャンスとみた須藤は一気に和田に詰め寄った。
そしてもう一度ローキックを放ちヒットすると和田の膝がガクンと崩れる。
次に、須藤はハイキックを顔面に食らわせた。
和田は糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
勝負あった。
須藤の勝ちだった。和田は気絶してしまった。
それを見て歓声をあげている学生もいる。
まるでプロの格闘技の試合を見ているようだ。文太郎はあまりの須藤の強さに顔が青ざめた
(驚いた。こんな、学校の校庭で喧嘩する人間なんているのか。度胸ありすぎる……でも、こんな騒ぎを起こして退学になるぞ……)
そうだ、こんな大騒ぎになっているなら教師にもバレているはずだ。
文太郎は思った。
しかし、先ほどから教師がどこからも現れない。
文太郎は一体どういう事だろう?と思っていた矢先、制服をきた警察官が何名か学校の校庭に入ってきた。
どうやら教師が警察を呼んだようだ。
ここまでくると流石に学校の教師では手に負えないと判断したらしい。
しばらく警察官と話をしている須藤だったが、パトカーに連行されていった。
またそのすぐ後に救急車が来て和田を運んでいた。
文太郎はなぜ空手部主将の和田と須藤が喧嘩しているのかわからなかったが、のちに学生たちが色々話をしているのを聞いて真実を知った。
須藤は空手部員にリンチされ、その復讐をしていたこと。また、そのリンチの首謀者が空手部部長の和田であったこと……
結局、須藤はこの傷害事件をきっかけに退学になったようだ。
その後、須藤はすっかりやさぐれてしまい、いろんな場所で喧嘩や傷害事件を起こして何度も警察の世話になっているらしい。
当時、文太郎は、同じ歳の人間が平気でこんな事件を起こすなんて信じられなかった。
自分とは全く次元の違う世界で生きている。そう思い心底恐ろしいと思っていた。
その心底恐ろしいと感じていた人間が自分の目の前に立ち、そして憎悪の目を向けている。
その事実が信じられず文太郎はその場から動けずにいた。
文太郎は誤解を解こうと何か言おうとしたがあまりの恐怖で言葉が出なかった。
(駄目だ……もう駄目だ……諦めるしかない……)
文太郎は絶体絶命の危機に瀕している事を自覚した。
須藤は怒り狂っていた。そしてそのことを自分でも不思議に思っていた。
(まさか女の事で俺がこんなにイラつくとは……)
須藤は女性に夢中になるタイプではない。彼は女といるより喧嘩していた方が楽しいという人間だ。
彼は子供の頃から喧嘩ばかりしていた。そして喧嘩が楽しかった。彼は生まれながらにして凶暴な性格なのだ。
そして須藤にとって喧嘩は勝つことが何よりも重要だった。だから空手部員数人にリンチにあったとはいえ負けたことが非常に腹立たしかった。その後、復讐を果たしたが、結果、学校が退学になることとなったが関係なかった。須藤は復讐を果たしたことに満足していた。
須藤は自分の生きる道はこれしかないと思うようになり、学校を退学になった後、家出をし繁華街に出没し誰彼構わず喧嘩して回った。
当初、周りは敵だらけだった。
しかし、何度も喧嘩して勝って行くたびに手下がどんどん増えていった。そして須藤が18歳になった時
いつの間にかこの街で彼に逆らうものはいなくなっていた。
須藤はそんな状況に退屈し始めた。
(俺は喧嘩をして勝ちたいんだ。誰も俺に逆らわない街に用はない……)
須藤は町を出る気でいた。
そんなある日、須藤は不良のたまり場である、アマゾンという名のゲームセンターにいた。
しかし、須藤は退屈していたので帰ろうとしていた。
「おい、俺は帰るぞ。」
「はい、それじゃあ、今、車を出します」
手下の一人が言うと。
「いやいい、俺一人が帰る。お前らはここにいろ」
「はい」
手下たちは須藤の言葉に素直に従った。
そして須藤が駐車場に向かうと、途中、須藤と肩がぶつかった男がいた。
須藤はめんどくさかったので何も言わず通り過ぎようとした。
しかし、ぶつかった男がいきなり声をかけてきた。
「おいっテメー。人にぶつかっておいて挨拶なしかよ。あっ?」
須藤は驚いて振り返った。この街で自分にそんな口を聞く奴がいるとは思わなかったからだ。
振り向くと男の他にもう一人女がいた。男の方が最初は自分と気づかずに大層な口を聞いていると思った。
だが、次の言葉を聞いた時、そうではないというのがわかった。
「お前、須藤だな」
「ほー、俺を知ってて喧嘩売ってんのか?お前誰だ?」
「忘れたのか?ボクシング部の池澤だよ。」
「池澤?あー、居たなぁ、確かお前も1年でボクシング部のレギュラー取った、期待の星ってやつだったなぁそんな奴が俺とやろーってのか?」
「ああ」
池澤が頷く。
須藤は池澤のことを思い出した。須藤が高校時代、自分とよく比較されていた。
実際かなり強いと思っていた。
あれから2年たった、きっともっと強くなってるだろう、須藤は久々の喧嘩に心踊った。
(それにしても女の前でカッコつけたくて俺に喧嘩売るなんてバカな奴だ……)
そう思いながら須藤はチラッと女の方を見た。
須藤ですらハッとするほどの美人だった。
しかし、須藤はすぐに関心を無くし池澤の方を見てこういった。
「いいのか?女の前で喧嘩に負けて恥かいても」
「そうはならねーから心配すんなよ。」
と池澤はニヤニヤしながら答える。
「ちょっとあぶねーから離れてな。」
池澤に言われて女はその場から少し離れる。女の顔は少し怯えていた。
両者しばらく睨み合った状態のままだったが、先に仕掛けたのは池澤の方だった。
いきなり右のフックを須藤の脇腹にヒットさせた。
しかし、大したダメージもなく須藤はすぐさま左のミドルを放つが池澤はスッテプバックして須藤のミドルを避ける。
そしてすぐ前に出て須藤の顔面にワンツーを当てた。
顔面への攻撃は流石の須藤にもダメージがあり、須藤の意識が一瞬、落ちそうになった。
が、すぐに立て直した。
須藤は右の正拳突きを出した。目にも留まらぬ速さだったが、池澤は上体を右に振り須藤の正拳突きを避ける。
須藤は続けざまに左の正拳突きを出すが、池澤は左に上体を振りそれも避ける。
須藤は感心した。流石に俺とわかってて喧嘩を売るほどだ。
(俺の正拳突きをかわせる奴がいるとは……流石ボクサー、なかなかの動体視力だ……)
池澤は左ジャブを何発か打ち続ける。須藤はそのジャブを避けるが何発か被弾する、須藤はそのジャブを嫌がるように顔を背ける。
その瞬間を見過ごさなかった池澤は右のストレートが須藤の腹に当たる、すると須藤はよろめきながら後ろに下がる。
(いける、勝てる!)
池澤は勝利を確信した!
(そろそろ終わらせる!)
池澤はジャブを繰り返し出しながら前に出ると右のストレートを今度は須藤の顔面に放つ。
するとその瞬間池澤の顔が苦痛で歪んだ。
池澤の右ストレートが須藤の顔面に届く前に、須藤の右のローキックが池澤の左の太ももにヒットしたのだった。
池澤は足を引きずりながら後ろに下がる。
その一発で形勢が逆転した、それぐらい重くて威力のあるローキックだった。
しかもカウンターで決まった。
今度は左のローキックが池澤の右の太ももに当たる。
完全に動けなくなった池澤の首を須藤は両腕で掴み膝蹴りを池澤の腹に数発お見舞いすると池澤は完全に戦意を無くした。
そこから最後に須藤は右の正拳突きを池澤の顔面に食らわすと池澤の体はそのままストンと落ち気を失った。
勝負あった。
(なかなか強かったな。こんな奴がまだこの町にいるとは……)
須藤は満足していた。そして帰ろうとして、ふとさっきの女を見ると、先ほどの怯えたような目は消えていて、女はまっすぐ須藤を見ていた。
須藤はその女に奇妙さを感じた。おそらく池澤とは恋人関係だろう。だが、倒れた池澤を心配する様子もなくじっと須藤を見ていた。
須藤もその女の顔を見た。何か声をかけようとしたがやめて自分の車に乗り込んだ。
そしてそのままゲームセンターの駐車場を出る。しかし、須藤はその女の事が気になっていた。バックミラーを見るとまだ、女は須藤の方を向いていた。
それから次の日、須藤はいつもの通りにゲームセンターにいた。そしてそこで見覚えのある顔を見つけた。池澤の女だった。
須藤は驚いた。
初めは似た女かと思っていた。見間違いだと……彼氏がボコられた場所にしかも次の日にくるなんて……
しかし、確かに池澤の女だった。
池澤の女は、それから毎日のようにアマゾンに来ていた。その女の事が気になった須藤も毎日アマゾンにくるようになった。手下たちは不思議がっていた。
須藤は自分から女に話しかけたりはしない。
どちらかというと女の方から声をかけてくる事が多い。
そしてそのほとんどの女が須藤の女というステータス欲しさで近づいて来ていた。
須藤は女なんてそんなもんだと割り切っていた。だからあまり女に夢中になることなどなかった。
しかし、そんな須藤だが池澤の女が気になって仕方なかった。
そして、とうとう我慢できず、須藤は女に話しかけた。
女の名前は吉田恭子といった。
歳は自分と同じ18歳で自分が退学になった高校に通っているとのことだった。
そして、恭子から池澤とは別れたことを聞いた。
それからも、吉田恭子はアマゾンに毎日くるようになった。
そしていつからか、須藤と恭子は付き合うようになっていった。
須藤は不思議な感じがしていた。
まさか、目の前で彼氏を倒したのに男女の中になるとは……
しかし、須藤はそのうちそんなことはどうでもいいと思い始めた。
日に日に須藤は恭子に夢中になっていった。
そんなある日、手下から恭子と男がカフェで楽しそうな姿を目撃したとの話を聞いた。
須藤は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けたが手下の手前、平静を装った。
「恭子を呼んでこい」
須藤は手下に命じた。
その後、須藤は恭子からその男の話を聞いた。
恭子が言うにはただの友達だという。好きなゲームについて色々教えてもらっているだけだと……
須藤は黙って恭子の話を聞いていた。恭子に焦っている様子はない。
恐らく本当にただの友達なのだろう……
しかし、恭子に夢中になっていた須藤は男友達の存在も許す気にはなれなかった。
そして、須藤は恭子からその男の電話番号と住所を聞いた。恭子は素直に教えた。
「わりーな、恭子。けじめはつけさせてもらうぜ」
須藤は嫉妬で怒り狂っているが、冷静を装ってそう言った。
そして須藤は電話を掛け、その男を呼び出したのだった。
須藤は文太郎を電話で呼び出し嫉妬の怒りをぶつけようとしていた。
と同時に、恭子と仲良くなる男がどんな男か気になっていた。
そんなに長く付き合っている訳ではないが、恭子がどんな男が好きかわかっていた。
不思議だが、恭子は強い男を好む。暴力に強い男を。
さらに不思議な事だが、強い男も恭子に惹かれてしまう。そんな魅力が恭子にはある。
そして何より一番重要な事だが、恭子はより強い男を好む。
だから、池澤は恭子の前で俺に喧嘩を仕掛けて来たのだろう。自分が一番強いと恭子の前で証明したかったのだ。だが、結果は須藤の勝ちだった。
そして恭子は池澤よりも強い俺と付き合い始めたのだ。
そういう恭子の性格がわかっているから須藤は気になっていた。もしかしたらこの街に俺より強い男がいるのかも?と……
しかし、呼び出した男はどう見ても強くは見えない。須藤は思った。
(思い過ごしだったか……)
怒り狂っていた須藤だったが、次第に冷静になって来た。
須藤は今までいろんなタイプの人間と喧嘩して来た。文太郎のように一見ひ弱だが実は強いと言う男とも戦ってきた。
だから油断はしていなかったが、だが須藤はガタガタと震えている文太郎を見て流石にこいつは強くないと思った。
しかし、このままこの男を帰す気にはならなかった。一度点いた嫉妬の炎はなかなか消えなかった。
(一発、ぶん殴らせてもらうぞ。)
「人の女に手を出したらどうなるか…わかってんな?」
「まあ、今日の所は一発ぶん殴るだけで許してやるよ。歯食いしばんな」
そう言って須藤は文太郎に向かって正拳突きを繰り出した。
――――――――――
文太郎は須藤が近づいてくるたびに逃げたい衝動に駆られていた。
そして心の中で不満を漏らす。
(別に俺は恭子と浮気したわけじゃない……ただ、ゲームの話で盛り上がってただけなのに……なんで殴られなきゃいけないんだ!理不尽すぎるぞ!)
しかし、何を言っても無駄な雰囲気を文太郎は感じていた。
(おそらく男友達の存在も許せないんだろう……)
(どうせここで逃げてもいつかやられる。だったらここで終わらせた方がいい)
文太郎は諦めて殴られる覚悟を決め、腹と首にグッと力を入れた。
(さあ!こい!)
と気合いを入れると須藤の突きが文太郎の顔面めがけて飛んで来た。
だがその瞬間、文太郎のある昔の記憶が蘇った。
その記憶とは全身刺青をした大柄な外国人男性が須藤のように文太郎目掛けて正拳突きを出している記憶だった。
(――イーサン先生)
文太郎はその名を心の中で呼んだ。
そして、須藤の正拳突きが文太郎の顔面を捉える寸前、なんと文太郎はその突きをかわしたのだった。
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