第31話 狼煙を上げて

生きているような動きを見せる奇妙な剣に、骨と肉の怪物、そして軍服を羽織るもの達。

チカチカと点滅する照明はいかに地下鉄がボロボロになっているかを表しているかのようだった。


「一旦奴から距離を取りましょう、そして怪我人と隊長以外の方々は即刻避難してください。これからは更に苛烈になりますよ」


暗に約立たずだと告げられたもの達は、恥ずかしそうに俯いて告げる。


「不甲斐ない…大隊長、中隊長…そして狂花さん、あとは頼みました!小隊長と民間人は任せてください。一人も死なせません」


一番に立ち直ってやるべきことを確認した矢鮫が告げる。

萩離はニヤリと笑って。


「任せろ」


それだけを言うと、行けとハンドサイン。

それに素直に従って矢鮫たちは出口へと向かった。

足音の残響が木霊する。


「さて、これからどうする?」

「槍で縫い付けられてはいますけど、これはこのまま外れないのでしょうか」

「いえ、槍の拘束は外すでしょうね。確実に…ですから」


言いながら狂花は手にした剣を振るう。

その剣は相当重量があるようで、とても重そうな振り方をする。

すると、節と節の間が伸び、まるで太い鞭のようにしなる。

鎖のようなジャラジャラとした音をたてながら、怪物へと向かっていく。

鞭童飛翔剣べんどうひしょうけん】。

剣のように撃ち合ったり、鞭のようにしなったりができる万能な武器である。

柄にあるトリガーで形状が固定できる。

それが凄まじい速度と質量でぶつかり、怪物の脚が悲鳴をあげる。


「こうやって少しでも時間を稼ぎます」

「だが、時間を稼いでその後はどうする?」

「確か、この先に止まったままの列車がありましたよね?あれに乗りましょう。逃走手段としてもなかなかに便利ですよ」

「こ、攻撃ぃ?」

「奴の再生限界を稼ぐには丁度良いでしょう」


そう言ってスタスタと歩いていく狂花。

困惑する二人も後に続く。


「だが、どうやって動かす?残念ながら俺たちは大型免許は持ってないぞ」

「大隊長、列車は大型免許には入っていないのではありませんか?」

「……冗談のつもりだったのだが……」

「…え?!」

「俺はそんなに堅物に見えるか?」

「い、いえ、こんな状況でも冗談を言える姿に感服致しましたわ。私は、その…まだ怖いですので。それにやられた怒りもありますわ」

「そうか…俺の冗談はそんな緊張もとき解せないのだな」

「列車は…操作したことはありませんが、別に対して車と変わらないでしょう。それに操作を誤ったところでそうそう脱線もしないですし被害だってそんなでないですよ?」

「…え?!」

「脱線して被害を被るのは私たちの三人ですが」

「それが?」


キョトンとした顔をする狂花に対して二人は顔を思いっきり顰める。

さささっと寄り集まって相談を始める。


「(愛香中隊長…あの方、中々のクレイジーではないか?)」

「(中々の、ではなく危ない方に振り切っていると思いますわ。なんというかツッコミ待ちのような感がしないでもないですが。線が一本違えばテロリストですよ)」

「(列車だけに、か?…うおっほん、しかし腕は立つときた…正直、時継様に引けを取らないと思うが、どうだ?)」

「(難しいですわね…私では隔絶しすぎていてもうよく分かりませんわ)」

「(あの力が民間人を守るために振るわれることを願うばかりだな)」

「(そうですわね)」


二人が自分のことを警戒していることすら露知らず、狂花は閉まった魔導列車のドアをこじ開ける。

普段は魔法で列車を頑丈に強化し、ちょっとやそっとではドアも開かないなど外部からの様々な干渉を受け付けないはずなのだが、今は中の電源が切られているのかそれが発動することは無かった。

ただ電源が切れているということは本来自動で開くはずのドアを人力──しかも一人──で開けている事にほかならない。

二人の警戒度がまた1つ上がったことを狂花は知らない。


「入りましょう」

「ここから何処を目指す?」

「とりあえず、進行方向に沿ってここから離れましょう。人がいないような場所で戦闘をするのが望ましいですが……最悪走行しながら戦いましょう」

「愛香中隊長、運転は任せた」

「は、え、え!?」

「任せました。では……私は上に行きます」


有無を言わさず、狂花は窓を開けて、

萩離も大盾を座席へ横たえ魔法での迎撃に専念するように準備を整える。

あとはやけくそ気味の愛香が運転室に向かうだけであった。















「『召喚サモン:【青ざめた騎士Pale rider】: 【仰せの通りにお嬢様Marionette order】: 【笑えない者Lame man】:【滑稽な空の玉座の王Funny war road】:【灰の騎士Knight of ashes】』。さぁ行きなんし!」

「クッソ!アンデッド召喚だと?!あぁもう、ウザってぇンだよ!」


緋色の髪が荒ぶる。

それは美しい光景であったが、後に続く者を見た瞬間にゾッとするであろう。

荒ぶる灼熱の髪の乙女を追いかけるのは四体の〈不死者アンデッド〉。

一体と一組の半分は花魁と去鳴を守るかのように傍に待機している。


「纏え─『属性付与エレメントエンチャント:春雷:ヤベリーン』」


去鳴が呟けば、不浄の者達が身に纏うのは紫電。

不死者たちが持つ武器が更に勢いを持つ。

一体目は首から上のない騎士で、二つの頭を持つ馬の上に坐すランスを持つ紫色の鎧。

鎧には青い血管のようなものが走っている。

鎧の隙間からは瘴気のようなものが出ていて、腐臭すら漂ってきそうである。

その者の名は【青ざめた騎士Pale rider】。

非実体幽鬼アストラル形態になることが出来るアンデッドである。

二体目はシルクハットに燕尾服という格好をした長身の男のような実体。

しかし、顔は笑っているような仮面で隠されている。

声だけはケタケタといつも笑い声を上げている【笑えない者Lame man】。

三人目というか三組目は鮮血に濡れたドレスに手には糸が伸びる指ぬきグローブを嵌めた黄色い髪の少女と、継ぎ接ぎだらけで糸が繋がった190センチくらいの大男。

大男は手に自身の身長に匹敵するほどの大鉈を持ち、皮膚が剥がれた唇には裂けるような笑みが浮かんでいる。

少女も少女で、可笑しそうに男を操っている。

その者達はの名は【仰せの通りにお嬢様Marionette order】。

四体目は浮遊する五つの【非実体幽鬼Astral】形態に囲まれた王冠を被った実体。

顔はグズグズに腐り果てていて、腐臭がする。

五つある目玉は昆虫のような複眼で忙しなく動いている。

その王の名は【滑稽な空の玉座の王Funny war road】。

そして最後は漆黒に金の龍を這わせたようなフルプレートを纏い、赫いオーラを纏わせたフランベルジュを右手に、190はあろうかという煤にまみれた幅広のバスターソードを背負った騎士風の〈不死者アンデッド〉。

灰の騎士Knight of ashes

右足に付いている足枷が途中から切られていて、それがガチャガチャと音を立てる。

その【仰せの通りにお嬢様Marionette order】の少女の方と騎士を除く四体が拳銃の狙いを定める伙神へと向かっていく。


「クソ、拳銃じゃあ歯が立たねぇか!」


拳銃を投げ捨て、詠唱破棄して武装を召喚する。


来やがれ招来!【悪夢の切り裂き魔の戦鎌ナイトメア・リッパー】」


赤より赫い魔法陣が地面に描かれると、黒塗りの柄が現れた。

引き抜くと、黒鉄の四方に枝分かれした鎌が現れた。

刃の反対側には分銅が繋がれていた。

悪夢の切り裂き魔の戦鎌ナイトメア・リッパー】を突きつけ、言い放つ。


「そのウザってぇ召喚魔法を言う口を身体ごとふん縛って転がしてやる!」

「まぁ怖いでありんすね。『召喚サモン死地へ誘う──Hell taker──〉』」

「『解除ディペクト』!」


描かれていた消し紫色の召喚門は伙神が放った魔法によって霧散する。


(やべぇな。コイツらに猿轡噛ませるには根本的にマナの回復速度が足りねぇ。絶対量も多くないしな。あと武器を召喚できたとして、あと一、二本…それまでにアンデッドの群れと魔導師二人を相手にできるか…?クソ、メガネからもっと武器を調達しとくんだったぜ)


本来彼女の役割は逢凛という実質の無限リソースを駆使した突貫戦法である。

状況に合わせて武装を替えて戦うオールラウンダー万能型

当然だが、〈機攻士ドラグナー〉である伙神の魔力保有量はそれほど多くない。

つまり、逢凛が居ない今、普段の戦法は使えないということだ。

普段通りではない戦い方で容易に勝てるなどと伙神は思っていない。

だが、そんな内心の焦りは1ミリも出さない。

それを露出させればそこを重点的に攻められるから。


「来いよ、〈不死者アンデッド〉。〈槍の穂先スピアヘッド大隊〉の一番槍の実力を見せてやるよ」

「おいらんちの姉さんには手出しさせないでありんす!皆さん、行きなんし!」


去鳴が命令を下すが、〈不死者アンデッド〉たちは動く気配がない。

本来〈不死者アンデッド〉というのは生者の敵である。

その中で生者への冒涜を辞めた〈吸血種ヴァンパイア〉以外は依然として敵である。

街道で見かけたら殲滅することを推奨されているし、あちらもお構いなく襲ってくる。

そんなもの達を従えることが出来るのが召喚魔法であるが、〈不死者アンデッド〉を召喚するにあたっては一つデメリットがある。

それは召喚者が命令をしないと動かないと言うことである。

去鳴は残念ながらその対象に含まれていない。

だから花魁によって召喚された〈不死者アンデッド〉たちが去鳴の命令に応えることは無い。

そもそもそこまで知能が高くないか、本能のままに任せれば標的以外の生者へ突撃しかねない。

これが〈不死者アンデッド〉以外の召喚魔法ならばある程度の融通が効く。

しかし、〈不死者アンデッド〉以外の召喚魔法を行使するには友誼を交わすことが必要であったり、何か契約を持ちかけられることもあるし、その個体が死んだら何も残らない。

対して〈不死者アンデッド〉は調伏さえしてしまえば召喚紋をマナで描くことで何時でも呼び出せるし、死んでも全く問題ない。

死ぬと言うよりは浄化や消滅であるが。


(とりあえず、あの去鳴ってガキを止めないとな。人質なんて取る側じゃねぇが…何かの手違いで殺すよかマシか。それとも花魁って奴を止められれば勝手に投降するか…)


伙神からして、正体が分からない〈不死者アンデッド〉五体だけ──正確に言えば六体──でも厄介なのにそこに比較的全ての装備に通りやすい電撃なんてものを付与されてはたまったものではない。

戦鎌から伸びる分銅を振るって〈不死者アンデッド〉を吹き飛ばす。

他の〈不死者アンデッド〉は分からないが萎びた皮だけの【滑稽な空の玉座の王Funny war road】は【骸骨Skeleton】と同じく殴打系の攻撃に弱いだろうと踏み、畳み掛ける。

逆に〈不死者アンデッド〉には痛みや出血は大した問題ではない──血は勢い良く流れ出ないし、痛覚なんてない──ので戦鎌での斬撃はあまり意味をなさない。

それでも【悪夢の切り裂き魔の戦鎌ナイトメア・リッパー】を召喚したのはいつも手に握っていたからだ。


「──シッ!」


真正面からぶつかり合った〈滑稽な空の玉座の王ファニー・ウォーロード〉と伙神は、大きく振りかぶった戦鎌を器用に避けながら舞踏する。

滑稽な空の玉座の王Funny war road】を追随する五つのエレメントの塊は眩く発光し、それぞれの属性魔法を発動する。

戦鎌は【滑稽な空の玉座の王Funny war road】の胴体スレスレを横切って一回転し、今度は反対側に繋がった分銅が襲いかかる。

実は戦鎌よりも鎖で繋がった分銅の方が長い。

だから先程【滑稽な空の玉座の王Funny war road】のスレスレを通過して行くほどの距離に居れば分銅の方は当たるという寸法だ。

どのような達人でもこのような間合いずらしは回避が難しい。

それに──恐らくは──〈魔法の紡ぎ手マジックキャスター〉タイプの〈不死者アンデッド〉に回避は難しいだろう。

そう伙神は踏んでいた。

しかし、その場にいるのは何も【滑稽な空の玉座の王Funny war road】だけではない。

笑えない者Lame man】が聞くに絶えない雑音を発しながら人を殺すためだけに伸ばしたような爪で分銅と戦鎌を繋ぐ鎖を断ち切る。

慣性により、分銅は回転しながら飛んでいく。


「あ、くそ!避けろ!」


伙神が悲鳴をあげる。

そして、分銅は伙神を注視していた花魁の頭上へ。

目をめいっぱい見開いて驚く花魁。

このまま直撃すればまず命は無いだろう。

回避も魔法も時間的に絶望的だ。

しかし伙神は殺そうと思って飛ばしていない。

花魁の方に飛んで行ったのは偶然中の偶然なのだ。


「Ahhhhhhhaaaaaoooooo」


獣のような雄叫びをあげて、宙に躍り出たのは〈灰の騎士Knight of ashes〉。

手に持ったフランベルジュで分銅をまるでバターかのように切り裂く。


「んな!」


それは有り得ない事であった。


(〈不死者アンデッド〉が命令もなしに人を庇った?)


あまりの事態に混乱する伙神。


「あら、わっちは何とか難を逃れんしたか。立派な騎士様でありんすこと。惚れてしまいそうでありんす」


はんなりと【灰の騎士Knight of ashes】に微笑む。

しかし相手は〈不死者アンデッド〉。

もちろん喋れないので反応はない。


(なんだアイツ。【灰の騎士Knight of ashes】とか言ってたが…アイツは〈不死者アンデッド〉じゃないのか?それとも特殊な〈不死者アンデッド〉なのか…?クソ、分かんねぇ!)


悩んでいる間にも敵は動く。

滑稽な空の玉座の王Funny war road】の周りの〈非実体幽鬼Astral〉たちがそれぞれのエレメントに合った攻撃魔法を放ってくる。

笑えない者Lame man】は鉤爪を伙神目掛けて振るう。

仰せの通りにお嬢様Marionette order】の男の方も大鉈を振り下ろし、【青ざめた騎士Pale rider】は十分に加速した状態で突きを放つ。

人外の規格外の攻撃を魔導師の端くれとは言え英雄の領域に片脚を突っ込んだ程度では到底捌ききれない。


「グッ!」


鋭い爪が、大鉈が、槍の穂先が肩や足を掠め、血が流れでる。

花魁は悲しそうな顔をして声をかける。


「降参しておくんなまし。これ以上人を傷付けることは望みんせん。わっちはただ、間夫の方を助けに来なんしただけでありんす」

「そうかよ。豚箱でなら、感動的な再会ができるかも知らねぇぜ?素敵なドレス囚人服で着飾れてよぉ」

「捕まるつもりはありんせん」

「そぉかよ。なら引っ捕らえるだけだ!」


またしても〈不死者アンデッド〉と軍人が矛を交える。



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