第30話 終止符を穿つ

人馬一体の斬術は瞬く間に二足歩行の鮫の怪物を両断する。

切断面は鮮やかで、くっつけたら再び結合しそうな程綺麗であった。

切られた上半身が地面に落ち、残った下半身から新たな頭が生える。

そして、上半身がゲル状に成り、新たな上半身へと合流を果たすが。


「☆☆&₪ ♧♦★&♡$:-…$^!??」


傷口もとい新たな下半身があるべき場所へと上手く再生できないようだ。

バタバタとのた打ち回るが、意味は無い。


「再生出来ないでしょう?この剣は、竜皇大陸に伝わる伝説〈アルデール戦記〉に出てくる英雄〈リ・エイ〉が使っていた【不死者殺しの剣】ですからね」


近くに降り立ったのは金属でできた馬に牽引された戦車に乗ったきた狂花であった。

戦車といってもタンクと呼ばれる金属で出来た砲身の付いた箱ではなくて、古代ローマや古代中国で使われた兵車である。

降り立つと同時に鮫の怪物に手に持ったギザギザとした棍棒を平にしたような両刃の剣を突き立てる。

そうすると鮫のような怪物は断末魔を上げ、今度こそ完全に溶けて消える。

先程のように再生する気配はない。

もう一振で残りの二体の頭を潰し、消した狂花は付近の者たちに避難を告げる。


「皆さん、避難してください。この辺りの怪物は一掃してきたので多少安全ですが…奴がここまでやって来ないとは限りません。あと力不足です。一刻も早くここから避難して、出来れば近くの人に避難を呼びかけながら区画外まで逃げてください」

「でも、〈槍の穂先スピアヘッド大隊〉が怪物を倒してくれるし、ここにいた方が彼らの避難を受けれて安全では?」

「いえ、彼らにそんな余裕は無いでしょう。それにここに居ると先程のように狙われますよ。護衛と負傷者の輸送はこの【クルセイド】に任せてください。怪我人を考慮しなければ時速300キロまで出ますよ」


紹介されたことを理解しているのか雄々しくいななく二匹の金属の馬。

されど難色を示す人物もいて。


「しかし、この中に馬術を訓練した者など…」

「大丈夫です。人語も理解できますし、この子達は目的地へ一直線ですよ」

「でも、負傷者を運んでいたら戦闘は誰がやるんだ?俺たちか?」

「いえ、この子たちは走りながら応戦できます」


馬が口を開けると、ジャキッと音がしてミサイルだの火器だのが姿を現した。


「鮫のような再生する者たちへの効果は薄いですが…正直足止めさえ出来れば正規の魔導師到着まで皆さんに指一本触れさせないと思います。もし、不安ならこれを使ってください。頭をこれで潰せば再生は止まります」


先程オレンジと赤のハーフ髪の少年に【不死者殺しの剣】を与え、行けと言う。

これだけのものを見せられ、もはや文句や反発をする者は居なかった。

何人かが戦車の荷台に乗り、馬は階段を難なく登って行った。

牽引される荷台も浮遊し、後に続く。


「【鐘楼の鋼兵】──民間人を護りながら正規の魔導師が来るまで区画外まで逃げてください。また脅威がいるならできるだけ離れたところで引きつけること」


全員が階段を登るのを確認すると、鋼の兵隊を作り出し、民間人を安全に送り届ける命令を降す。

全部で12にものぼる鋼の兵たちは無言ながらもやる気をだして追いかけて行った。


(さて、【不死者殺しの剣】が無くなりましたが…いえアレがあっても奴を殺し切るのは難しいですかね)


不死者殺しの剣は対象の頭部に突き立てることで対象の再生限界を無視して死に至らしめる事ができるというものだ。

これは戦の時代不死者として名高い『吸血種』が頭部を完全に破壊されれば死ぬ事から不死者殺しの儀式としての概念化されたと言う。

しかし、頭部に突き立てると言ってもあの怪物はそうそう頭を落とすことなどできないし、落としたとしても頭が完全に独立するか、最悪二体に分裂する可能性すらある。

となると【不死者殺しの剣】の効果は薄い。


「それにしても、あの人たちだけでは厳しいですね」


狂花は怪物の元へ急ぐ。










愛香に血飛沫が降り注ぐ。

それは先程愛香を突き飛ばし、庇った逢凛の物だった。

腰と肩を深く噛まれているのか、身動ぎすらも出来ない。


「ぐぁぁ…!!!」

「おまえ!今助けるから待ってなさい!」


愛香は新たに貰った斬馬刀で怪物へと斬りかかる。

と同時に尻尾に叩き潰されていたかに思われていた萩離であったが、その実なんとか潰されないように踏ん張っており、尻尾を跳ね除けて顔へと肉薄する。

怪物の背中の中程の辺りから触手が八本ずつ二人を迎撃せんと生えてきた。

愛香は最速でやって来た一本をロープ代わりに己の身を預け、他の触手を切り捨てていく。

萩離は大盾をものともせず、パリィや足場として活用し、背中に着地し、顎を目指す。

しかし、背中は敵の領域内テリトリー

何本もの触手が至るところから萩離を襲う。

時にしなる鞭のように、時に硬い剣のように。

しかし、萩離もそれは想定していたのか叩き潰し、押し潰し、一本一本をかなりの速度で処理していく。

堅実ながらも速度を出したその芸当は練度の高さと修練に費やした時間を伺い知れる。


「うおおおおぉ!!」


逢凛まで残り3メートル。

盾捌きも苛烈さを増し、更に加速──停滞した。

理由は足元。


「──ッ!」


足に絡みつくのは【タワーシールド】を死角に這い寄ってきた一本の触手。

簡単には解けないようにガッチリと掴んで離さない。


「大隊長!」


下で生き残っていた矢鮫が声をあげる。

理由は警戒。

いや、警告か。

触手で動きを止め、【タワーシールド】ごと吹き飛ばそうと最高速の何倍も太い触手が迫って来ている。


「甘い!」


刹那だけ魔力を込め、刹那だけ衝撃をゼロにする。

そうすることでインパクトの衝撃を消し、相手を仰け反らせる。

このタイミングを誤れば一瞬でお陀仏だ。

しかし、それは積み重ねてきた経験が裏切らない。

そう、その触手は。

太い触手に対して真正面に構えていた萩離の体は横に流される。


(クソ、やられた。【鉄峡】の弱点を突かれた…コイツそこまでの知恵があるのか!)


鉄峡はまず【タワーシールド】であり、構えている間は周りが良く見えない。

そして何より、魔力を込めている間は衝撃を完全に消すなどという強い特性を持っている。

効果は強ければ強いほど代償も高いものであるから、消費するマナも相当である。

そしてお世辞にも萩離のマナ保有量は優れているとは言えない。

だからこそのインパクトの瞬間だけ起動させ、マナを節約するのだ。

それを突かれた。

迫ってくるのは迫力のある太くて大きい触手という状況で意識を全てそちらに向け、盾で見えにくい位置から少し遅れさせ二撃目を確実に入れる。

獣らしからぬいやらしい手口であった。

吹き飛ばされた萩離は触手を斬っていた愛香と衝突する。

そのまま壁へと激突。


「大隊長!中隊長!クソ、小隊長今助けます!」


矢も盾もたまらず矢鮫が飛び出す。

ポケットから青色の筒を取り出す。

それを口で咥え、口で閃光弾のピンを抜き、投げつける。

その間に隊長二人も体制を整える。

突撃の準備を。


「逢凛!武器を!」

「あがァァァァァァァァ!!!」


血を吐くかのような愛香の叫びに呼応して血を吐きながらも【三又の槍】と3メートル級の【オレンジ色の弾頭】を取り出した逢凛。

逢凛の右手に収まっていた槍はそのまま手放された。

それと同時にダッシュをする愛香。

触手が何かさせる前に仕留めようと迫る。

その触手をガードしたのは萩離。

愛香の前に出て、屈むように一枚の盾で触手を押さえ付け、もう一枚を上に掲げる。

愛香が【鉄峡】の一枚の上に乗ると、跳ね上げられる。

丁度、三又の槍を取りながら、怪物の目玉を狙える位置に。

愛香は跳ね上げられながら、水色の流麗な【三又の槍】を手に取って触手を空中で回転して躱し、怪物の目玉目掛けて槍を突き出す。


「今!」

「うァァァァァァァァァァァァ!!!」


目玉に刺すと同時に逢凛が左手の弾頭を腔内に向けて放つ。

地下鉄に紅蓮の華が咲く。


「Agaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


怪物の悲鳴を聴きながら、愛香は爆風をものともせず、空中で逢凛をキャッチする。

そのままバランスを取れずにキリモミ回転し、地下鉄のレールの上をゴロゴロと転がる。


「ぐッ…。あ、逢凛無事なの!」


愛香が抱いている人物を見ると、右肩を大きく欠損し、両脚を食いちぎられ、息も絶え絶えな逢凛がいた。


(考えろ萩離…この状況での最善手を!戦闘できるものは少なく、おそらくそのままでは太刀打ちできない)


ドス黒い血は絶えず傷口から流れ出し、直ぐにでも治療と止血を必要としていた。

萩離も詳しく見るため、傍にしゃがみこむ。


「小隊長!」


生き残っていたものたちが応急処置の道具で出血を止める。

傷口に塗られた緑色のぬらぬらした液体は血を即座に止め、傷口を癒着し、首に刺された注射は意識を即座に刈り取る。

これで応急の処置は完了だ。

しかし、安静にしていなければまた傷口から出血するだろう。

その姿を見て、萩離は決心する。

他の全員を逃がす決心を。


「お前ら魔力はスッカラカンだろ?なら持ってるもん全部置いて【ファランクス】の範囲外に出ろ。それまでの時間は俺が稼いでみせる」

「そんな、隊長を置いてなんて行けません!」

「だが、ここに居ても無駄死にするだけだ!それに逢凛小隊長を治療させなければいけない。この感じなら伙神伍長も戦闘中だろうし、間に合わない。多くを生かすには、どうしても最小の犠牲殿が必要なんだ!」

「そんな!そんな…」

「…萩離大隊長、今までありがとうございましたわ」

「愛香中隊長!」

「聞き分けなさい!…これは隊長命令よ。私と、大隊長の」

「そんな…こんなことのための階級だなんて!そんなの!…そんなの…ッ!」

「誰だって、いつかこうなるの。隊長ってのは選択を迫られるわ。辛い、辛い決断の時がくる。その時何を守るべきか、切り捨てるべきか。それをわかる人が、決断をできる人が隊長なのよ」

「そんな事のために俺は…この隊に入ったんじゃない!…誰かの犠牲で生き残るためにこの隊に入ったんじゃ…」

「ダメよ。私たちの気持ちよりも、隊長の誇りを優先。上のものは下のものを庇うのが仕事で、上のものを立てるのが部下の仕事よ。…おわかりなさい」

「……ッ!大隊長は…それで、良いんですか!?」

「俺たちは救われるよりも、救うことを選んだからな。一番に人を救う姿を見せなきゃいけないのは…俺だ。怖くないって言えば嘘になる。というか戦闘が始まる前から…いや『逢魔が時』の時も、いつだって怖かったさ。死ぬのは怖いし、いつだって敵に怯えてた。ダサいな。でも、役立たずで死ぬよりずっといい。きっと栴檀せんだん大隊長もこんな気持ちだったんだろうだから…最期くらい、カッコつけさせてくれよ」

「では大隊長…御達者で」

「あぁ。格隊長の引き継ぎは…そのまま繰上げだな」


覚悟を決めて萩離は立ち上がる。

両手には【鉄峡】とひと握りの勇気があった。

死に対峙するにはこれが丁度いい。

地獄には一銭たりとも持っては行けないのだから。

ヒゴゥという音がして、何かが飛んでくる。

【ファランクス】が作り出していた赤い障壁が豪快な音を立てて割れる。

そのまま音速で飛来した槍は怪物を地面へと縫いつける。


「どうにか、間に合いましたね」


声は微かな希望を載せて、やってきた。

皆が目を見開く。


「そんな、民間人と一緒に避難してくださいなってあれ程」

「それに関してはすみません。民間人の皆さんは安全に避難させました。これ以上の人死を私は許容出来ない」


狂花は携えた死の道具で暴れに暴れた暴虐の権化に引導を渡さんとやってきた。

死の象徴はムカデのような節目のある金属の剣だった。

大きな骨のような虫の節のような剣身は生きているかのように伸び縮みしている。


「倒して、生きて帰りましょう。みんなで」

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