第28話 際限ない恐怖の定義域

際限ない恐怖を体現した存在。

それが今、狂花の目の前に居る。

骨と肉が絡みつき、冒涜的な肉体を作り上げながら。

それは骸で出来た竜であった。


「なんという…」


狂花も絶句して二の句を継げない。

異様な光景は確かに現実に根付き、もはやそこらにありふれた腐臭が現実だということを伝えてくる。

骸竜は醜く、偉大で、どこか畏れを抱かせるその巨軀で地面を踏み鳴らして醜悪な道を作る。

巨体が走る度に血や脂、瓦礫などが飛び散る。

それを気にもとめずに竜は疾走する。


「AGaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


人語すら話さなくなった獣に追われながら狂花は地下鉄を走る。

振り向きざまに開口する顎に手榴弾を投げ込むが、お得意の超速再生ですぐに元に戻されてしまう。


(あの程度で『際限のない』再生や強化は有り得ない。とするとあと二日もしない内に力尽きるのでしょうが…放置はできませんね。周辺の区画まで甚大な被害がもたらされるでしょう。という事は、勝利の条件は再生させ、再生の限界まで到達させることでしょうね。とする並の刃物や銃器では歯が立ちませんか。ここはあれらを解禁しましょう)


狂花の全身が光り輝いたかと思うと、そこには煌びやかな意匠が施された鎧を纏った狂花が居た。

白くそして煌びやかな鎧を纏って竜と対峙するその姿は叙事詩や御伽噺に出てくる騎士のようであった。

魔を備えた言葉が放たれる。


「【選定の剣:起源エクスカリバー・オリジン】」


強烈な風が辺りに吹き付け、瞬間、豪快な音を立てて地面に突き刺さったのは豪華な柄と輝かんばかりの剣身を持つ両刃の剣であった。

剣身には黄金で打ち出された二匹の蛇の姿があってまるで生きているかのようだった。

白銀とも黄金ともつかぬ輝き方をするそれはアヴァロンに住む妖精によって鍛えられた世界でも最高峰の剣。

それは石の上に突き刺さっていたとも湖の乙女から渡されたとも言い伝えられる。

突き刺さっているだけで異様な存在感を放つそれを狂花は両手で握り、一気に引き抜く。

石から引き抜かれる時、剣身から炎が迸り、怪物を怯ませる。

愈々いよいよ、叙事詩のような物語の中に出てくるような絵が完成し始める。

場所が地下鉄というのが妙に可笑しい。

しかし〈吟遊詩人バード〉が街から街へ過去から未来へと語り継ぎそうなその勇志は見る誰も彼もの胸を熱くするだろう。

剣と鎧と人の身一つで人をゆうに超える化け物と戦う。

騎士にとっては誉だが、狂花にとっては全くの誤算だった。


「これで終わらせます」


台から引き抜き、上に掲げると、エクスカリバーの輝きが増し、周りを白く染めあげる。

は本能で感じとったのであろう。

これを受ければ自分は死ぬと。

理性なき本能で悟ったその凶兆に。

逃れ得ぬ死の予兆にそれでもなお立ち向かう獣の影が一つ。

──輝きが最大に増して──唸る喉奥から黒閃が──振り下ろす動作に応じて──脅威の対象に向けて放たれ──輝きが大地を割るように──うねる黒い津波が狂花を──敵を呑み込もうとして──呑み込む前に閃光が──思いとどまり、急に消失する──衝突する寸前掻き消え、鞘ごと選定の剣と狂花を吹っ飛ばす。



















(ここで振り下ろすのはまずい!)


ここで力を解放してしまったら持っているだけで傷を負うことは無い鞘をつけている自分はともかくアシュもアリスも子供たちも守りたいもの全て消し炭にしてしまう。

その躊躇が攻撃の明暗を分けた。

剣で体を庇おうとも、衝撃が狂花を吹き飛ばし、地下鉄を魔導列車よりも早く移動する。

止まろうにも宙に浮かんでいるため踏ん張りもクソもない。

飛んで、飛んで、吹き飛んで、味気ない灰色と黒の風景が途端に白い光に照らされ、顕になる。

吹き飛びながらも狂花が目にしたのは地下鉄駅のホームだった。

帰宅ラッシュでは無いが、少なくない数の学生や学生と比べると疎らな社会人がコチラを惚けた目で見ている。

停車している魔導列車に乗ろうとしているもの、降りたものが大半だろう。

そしてそんなことを考えている一秒の間に柱に激突。

二、三本柱を貫通してゴロゴロと転がり、漸く止まる。

鎧含め武装は既に役目を終え、光の粒となって消えた。


「おい、人が飛んできたぞ」

「魔導師…か?」

「これ、駅員呼んだようがいいんじゃないか」

「人が死んだって?」

「なになに、何が起こったの?」


何が起きたか分からないという混乱と誰かが助けを呼んだだろうという期待、誰かが事態を解決してくれるという慢心がなかなか人を行動に移さない。

言葉を発するだけで何もしようとはしない。

アンテナ思考の人間たち社会性動物の悪癖である。

と言ってもこんなに突然に日常が壊されるなどと思わないだろう。

それにそんなことを常に考えていろと求めることもまた酷だろう。

なぜならそんな思考に至るような出来事も体験しているはずもない。

何故なら理由は至極単純。

そんな非日常が日常だなんて、人々を養う国家として下の下であるからだ。

そんな国などありはしないだろう。


(少なくとも、このには)


竜皇大陸とはこの国を含む〈竜皇〉の庇護下にある大陸である。

魔竜という地上最強格の生物の中でも頭一つ抜きん出ている魔竜〈グラガンナ・コラプス・バハムート〉により、何千年も前から守護されてきた国々がある大陸というのが正しいか。

中でもこの国は〈聖女〉やその国の民などと〈竜皇〉が協力して元々あった国を合併して出来た国である。

元々一柱の〈竜〉によって治められていた関係で大陸内でも諍いなど数える程であり、国は滅多に滅亡せず、経済的にも発展していたのだが、〈聖女〉と〈騎士〉と〈公爵〉が住んでいた国は更に技術力があった。

電車やインターネット、魔法や魔術、様々な学問。

それがこの大陸中に伝わり、さらに発展した。

国が発展すれば産業構造が変わり、産業構造が変われば資本が生まれ、経済が動く。

今や元々なかったに等しい戦争は経済に場所を移したのだ。

この大陸の日常というのは産業活動に勤しむ事である。


「はいはい、皆さん下がってください。ほら、下がって。魔導隊〈機攻士ドラグナー〉です。落ち着いてください」


アサルトライフルのようなものを持ち、特殊部隊のような装備をした男だった。

ヘルメット越しの顔は怪訝な表情を隠せていない。


「こちら矢鮫、四区、〈益荒雄ますらお駅〉の地下鉄にて問題発生。至急集合されたし。オーバー」


耳に手を当て、通信機に向かって話しかける男は二、三言話すと狂花の方に寄ってきた。


「大丈夫ですか?一体何がありました?」

「この先で、怪物と出会いまして。交戦したのですがなかなか決め手に欠け、ここぞと言う時に油断してしまいまして。怪物に吹き飛ばされました」

「怪物?怪物ってのは恐ろしい化け物ってこと…ですか?」

「ええ。元々は人だったのですがひょんなことから質量保存の法則を無視…していましたね、人型の時でも。まぁ…ありえないほど強くなったんです。ゾンビでしたが今や怪物でしょう」

「はぁ!?なんじゃそりゃ」


砕けた口調になったがこれがこの人の素なのだろう。

あまり真面目になるのは良くないと思ったのか取り繕うのが面倒になったのかは知らないが、身振り手振りが多くなってることを鑑みると取り繕えなくなった線が濃厚である。

化けの皮が剥がれたのだろう。

しかし狂花は悪い気はしない。


「ええ。タチの悪い怪物です。レーザービームも効き目が薄いそんな肉体を持っています。今は骨と剥き出しの筋肉で出来た竜の形をしています。倒す方法としては肉体の強度を超えるような攻撃を奴の超速再生が飽和するまでし続けるしかありません」

「は?竜?レーザービーム?なんじゃそりゃ。なんで地下鉄に竜がいるんだよ。そしてなんでレーザービーム撃てるんだ?」


頭から煙を上げそうなほど混乱しつつも整理したようだが、余計に混沌とした現状が浮き彫りになる。

そんな頭の中ではとても冷静な対応はできない。

しかし、クールダウンを待つような時間があろう筈もない。

だからこそ狂花は更に緊急性の高い情報を送り込むことによってすぐさま行動をさせようとした。


「すぐ人を非難させてください。このままだと死人が出ます」

「レーザービームとか、地下鉄に竜とか一体どうなってんだ…」


嘆きながらも行動しているあたり優秀なのだろう。

魔法なんていうものが一般的な世界だからだろうか。

きっとそんな世界でなかったのなら鼻で笑い飛ばされたに違いない。

もはや、遅いのだが。


「なんか揺れてね?地震か?」

「デカイな」

「ここ、崩れないよね?」

「流石に大丈夫だろ。いざとなったら魔法があるし」

「地震…?なんか初期微動とか主要動とかそんな感じじゃないような…」

「おい、なんだあれ」

「怪物か?」

「変身能力かなんかかな?それとも映画の撮影?」

「竜…?」

「おい、こっち向かってきてないか?」

「なんかヤバいんじゃない?」

「逃げよう」

「やばいやばいやばい!」


人が、入口へと流れ始める。

最初は小川のようなせせらぎであったがそれは徐々に流れを強め、ついに決壊する。


「ヤバいって!早く行けよ!」

「押すなバカ!あぁクソ!邪魔だ!」

「いや、押さない、でっ、て」

「神様…!」

「蹲ってんじゃねぇ!シャンとして走れ!」

「クソ!クソ!クソ!」

「皆さん、落ち着いて!大丈夫ですから」

「どこをどう見て大丈夫って言えんだよ!」

「うわぁぁぁ!!」

「お母さん?!どこぉ!?」


流れ着いた先は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

気がついたのは駅にいる極一部の人間だ。

勘のいいもの、観察力に優れているもの、優れた人間を見かけたもの。

そんな中の違和感を感じるのは一部の人間だ。

しかし気が付くのが一部でもその者の纏う雰囲気が周りに伝播し、恐怖が巻き起こる。

正しく、それは人の濁流であった。

入口へと引き返し、人が人に押され、踏み潰され、殴り合いが起きるほどの。

怪物を背に、自分達で自らの首を絞める行為だと気づく者は少数。

怪物に殺される前に多数のひとが人に踏み潰され息絶えるかのように思われたその時。


「──皆さん落ち着いて!」


その声が響いたのはそんな濁流が外に流れ出ようとした時であった。

入口からゾロゾロと入ってくるのは銃器などで武装した集団。


「魔導隊〈機攻士ドラグナー〉第八大隊〈槍の穂先スピアヘッド〉現着しました。御安心ください。化け物はこちらで食い止めますので。落ち着いて避難してください」

「ス、〈槍の穂先スピアヘッド〉大隊…と言やぁ、あの『逢魔が時』の英雄部隊じゃないか!」

「おお!あの魔術特区での!確か、悪鬼三千体に対したった三十人で魔導隊の救援まで時間を稼いだという…かの伝説の部隊!」

「ええ。我々には物の怪共を市民から退けた実績があります。だからどうか落ち着いてください。手出しはさせませんので」

「「「おぉ!」」」

「まず避難はお年寄りや怪我をした者、戦う力がないものからお願いします」


混沌としていた列が徐々に秩序立っていく。

それはやはり英雄がいるからなのだろう。

狂花の元に、正確に言えば狂花の隣にいるもう一人の方に高そうな軍服を羽織り、煙管キセルを吹かした切れ長の目の長身の女性と腰に火器を沢山下げ、軍服の上に外套を羽織ったメガネの男性が近寄ってきた。

肩や軍服に付いている襟章や肩章などからして中隊長と小隊長である。

先程入口で喋っていた男とその隊長二人以外は全て狂花の傍にいる男のような格好をしている。

小隊長が声をかける。


「矢鮫中尉、現状報告をお願いするっス」

Sir Yes Sirサー・イエス・サー!」


ビシりと最高位の敬礼を返す中尉。

しかし顔はニンマリと笑っているような気がしないでもない。

小隊長は咳払い。


「そこまで畏まらなくていいっス」

Jawohlヤヴォール! Zugführerズグヒューハー!」

「中尉、それは本当の敬礼ッスか?それとも俺をバカにしているッスか?」

「滅相もありません! Да-cダース!」

「…お巫山戯も大概にしなさいな、矢鮫。お前が巫山戯て話さないというのなら鼻の穴に煙管コレ突っ込むわよ」


いい加減に焦れったく思ったのか中隊長の女性が言う。

軍服を羽織る女は強し。

矢鮫中尉も逆らえないようだ。

ビクリとした矢鮫中尉はそれでも頑なに敬礼をして、怒られる前に現状を報告する。


Yes ma'amイエス マム!あちらの方が怪物と遭遇した、と」


矢鮫中尉は壊れた──というか吹き飛んできて壊した──柱の傍でストレッチしている狂花を指さした。

小隊長はスっと視線を逸らす。

見たくないものを見てしまったかのように。


「どんな奴っスか?」

「さて、小官はあまり要領を得ません。ただ、なんでもレーザービームが効かない竜だとか」

「…そうッスか。それは目撃者に聞く他ないッスね…あまり、聞きたくはないッスが」


堂々と職務放棄を宣言する小隊長に中隊長が食ってかかる。


「お前たち、自分の階級に対する自覚が足りないのではなくて?大隊長に言いつけて一兵卒からやり直したいのかしら?」

「「すみませんでした!」」

「まぁいいわ。…ところで伙神伍長の姿が見えないけれど…彼女は何処かしら?」

「あー…奴は…そのー、なんと言いますか…例の奴でして」

「こんな大事な時に?」

「はい…」

「おまえ、確か伙神伍長のパートナーだったわよね?何をしているの?」

「はい、スミマセンマナカチュウタイチョウサマ」


叱られながら、狂花の元へ行く三人。

怪物はすぐそこまで来ていた。






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