第25話 銀の弾丸
「さて、これからどうしましょうか」
アリスを抱き抱えて跡形も無くなったスーパーの入口で狂花は呟く。
傍らには首根っこを掴まれたアシュと振り抜いた刀を消失させるシーナがいた。
先程までスーパーの奥の方に居たのに、一瞬にして移動してきた。
転移などの魔法であろうか。
いきなり巻き込まれたアシュは驚きを隠せない。
「あ、あぁ…えぇ?」
「ごめんなさい、手加減が下手だった」
それはどちらに対する謝罪であるのか。
首根っこを掴んだことに対する謝罪なのかそれともスーパーを無くしてしまい、巻き込んでしまったことに対する謝罪なのか。
どちらでもあるようにアシュには聞こえた。
カラン、と銃が手から滑り降ちる。
ペタン、と地面に座り込んで「はぁー。死んだかと思った」としみじみ一言。
もはや恨み辛みも出てこないし、言う気力も湧いてこなかった。
「とりあえず、戻る?」
「いえ、まだ仕留めきれていませんよ」
狂花の一言とほぼ同時に積もっていた瓦礫──スーパーの成れの果て──が下から持ち上げられ、中から二人が出てくる。
髪を若干煤けさせながら。
慌てて、アシュは銃を手に取り、照準を向ける。
「うへぇ…しんどぉ…銃…はいいとして、さっきのあれはまじでヤバいって」
「もうクタクタですよぉ…アリスちゃんは取られちゃうしぃ…シーナちゃんは巨大化した『
銃など今更恐るるに足りないといった様子。
口ではしんどいしんどいと言いながらも継戦の意思を衰えさせない二人にアシュは戦慄する。
仕留められなかったにしろ先程の一撃を見て、それでもなお目的のために行動するなんて恐怖の箍が外れている。
恐怖なんてものは空中分解してないと言わんばかりに戦いに臨むその姿勢に恐怖する。
「アレでも仕留めきれないのか…」
「少し考えてみれば有り得ませんね。あの程度で彼らを仕留められたら誰も苦労はしません」
「アシュ、下がっていて。もう一ラウンドやるから」
闘志に応えるようにアシュの前に再び二人が並ぶ。
開始のゴングも何も無いが、狂花が足裏を地面に打ち付け、香澄と橘に隆起する武器の山が向かうことで戦いの火蓋は切って落とされた。
「このままじゃきっついなぁ…でもなぁ…勝てそうな人なんていないしなぁ。はぁ…鬱だ」
「ちょ、沈んでる場合じゃにゃいですってぇ。攻撃来てますからぁ…」
「確かに、はぁ〜」
溜息をつきながら腕をひと振りするとたちまち武器の山は崩れ去った。
そのまま銃の形にした手を狂花に向けて、何かを発射する。
それを袖から伸ばした刀のようなもので斬り捨てる狂花だったが、撃ち落とした際に刃が鈍になる。
そしてじわじわと刀身を昇りながら迫ってくる何かを刀ごと光の粒に変え、また新たな武器を造り出す。
造り出したのは身長ほどもある薙刀。
それで切り付けるが、橘は紙一重で躱し、再び距離をとる。
「何でその異能は槍とか剣とか造りだせんのかなぁ?便利だなぁ…ずるいよね、俺のと変えて欲しいなぁ」
「以前から思っていましたが、あなたのその異能も中々面倒くさいですよ──アシュ、アリスをお願いします。彼相手に片手間では不覚を取りかねない」
抱いていたアリスをアシュに手渡し、黒い手袋を脱ぎ捨てる。
そして、瞬く間に距離を詰めた。
──先程仕留めた敵の元に。
レドと白洸を地面から引き剥がし、橘に向かって投げつける。
重量などまるでないかのように飛んできた二人、レドは香澄に優しくキャッチされ、白洸は橘によって叩き落とされた。
露骨に二人の扱いに差が出たが、それが結果的に功を奏した。
地面に叩き落とされた白洸の体内から、刃が無数に出てくる。
もし、受け止めていたら一緒に針の筵となっていたことだろう。
ドクドクと流れ出る血が河を作る。
内臓系をメタメタにやられたのか、出血量が多い。
きっともう助からないであろう。
(あっぶね。やっぱ叩き落としといて良かった。…個人的な感情があった事が怪我の功名だったな。にしてもいつ刃を仕込んだのか…以前から仕掛けておいたとすればレドも危ないか…?いや、俺たちの戦いに介入してきたタイミング的に多分レドには仕込んでいた時間はないだろう)
針の筵と化した白洸を見て、アシュが驚く。
「ッ!せ、先生!?」
「謗りは後で受けます。今は離れていてください」
そのやり取りから橘は今後の計画を立てる。
(へぇー。器はたとえ命を狙ってくる敵であっても人殺しを忌避する傾向にあるのか。それは明確な弱点だな。だとしたらこっちの勝機はまだまだある。…もし、あの力で願われたら誰も太刀打ち出来ないからなぁ…人殺しはできないにしろ、次の日には外国で発展途上国の開発ボランティアなんてやってるかもしれない。それは俺の望む未来か?いいや、ダメだな。あの人の願いは叶えたい。力になりたい。…だったら適度にやられて死にかけのふりをしてアレを使うか。酷くプライドが傷つくけどしゃーないか)
香澄にすっと目配せして、『
読んで字のごとく、声に出さなくても以心伝心するのがこの魔法である。
『香澄、俺が適度にやられておくからその隙に器にアレを頼む』
『わかりぃました。死なないでぇくださいね?』
『お前を死なせないよ。絶対に何がなんでも』
『わてぃし、橘さんも生きてぇないと寂しいですよぉ』
『…善処します…』
橘は傍らに横たわる死体の頭に向けて何かを放った。
その何かが命中し、死体がビクッと震えると瞬く間に死体を黒いモヤが覆い隠した。
それはまるで暗闇でできた繭だ。
繭が完成すると、まるで鼓動のように繭が震え始める。
その振動は目醒めの刻が近いのだと、告げている。
誰も動けない。
橘たちも狂花たちも睨み合いを続けている30秒の間に、その繭から死体は羽化した。
血が通っていない土気色の肌。
それでどうやって歩いているのか分からないほどの膨張した筋肉。
光無い虚無の瞳。
空いた口から垂れる黒い液体。
それは正しく動く死体であった。
ゾンビ、と言い替えてもいい。
と言ってもこの世界にもそんな存在はいる。
死体という器に邪悪な魂が憑依することで生者を憎み、自らと同じ存在にするべく襲いかかる存在が広く認知されている。
死体のくせにただの一般人の死体でも、戦士の死体でも、学者の死体でも脳のリミッターが外れたような怪力を発揮するのだ。
知能はないが力はあるそんな存在である。
しかし、そんなものをここで造りだしたところでゴミのように切り捨てられて終わりである。
それで終わらないのがこれの厄介なところで──。
「ヌワハハハハ!チカラガァ、ミナギルゾォォォ!コレナラバァ!」
死体に次第に意思が宿り、生前の性格を模倣する。
意思があり、言語を話し、感情を理解し、願いを口にする。
といえども模倣は完璧ではない。
力を手に入れた自己陶酔と無敵感により、幾分かテンション高いようだ。
シーナは油断なく動きを警戒し、狂花は新しい武器を造り出した。
「目障りです」
狂花が新たに造り出したハルバードで首を刈り取らんと迫ると、ゾンビ白洸はニヤリと嗤う。
「ヌワハハ、我ガ筋肉モ我ノ活躍ヲ望ンデオル。
更に肥大化した筋肉と紫の結晶でできたハルバードとが衝突し、激しい火花を散らし、結果的にハルバードが半ばから折れた。
折られるとは思っていなかったのか無防備な狂花の鳩尾に拳が入る。
ゴリゴリと拳がメリ込み、苦痛に顔が歪む。
そしてビルを何棟も消し飛ばすような速度で飛んでいく。
「残念、そこの
「逃サンゾォォ。先程ノ痛ミ、万倍ニシテ返シテクレルワァ!」
そう言ってゾンビ白洸はひとっ飛びでビルの向こうへと消えた。
直後にあちこちで爆音がなり、ビルが倒れ始める。
たった一人の人間にできる破壊行為では無い。
倒れるビルの群れはそれだけゾンビ白洸のスペックが優れていることの証明になった。
「追撃は…あーもー言う事聞かないしこれやなんだよなぁ。処理にも困るし」
「『
「さぁ、やってみたら?」
シーナに魔法の発動を煽るような文言を口にし、挑発する橘。
何となく癪に障るような表情。
シーナは手を胸の前で組み、魔名を唱える。
「『
巨大な装飾が施された柱が、五つほど頭上から降り注ぎ、神聖なオーラを発し始める。
それはオーロラのような結界となり、中と外とを隔てる。
邪悪と断じられたものを閉じ込め、聖なる光によって浄化していく魔法。
「信仰系魔法!?くそっ!あーもーめんどくさいなぁ!──『
相手の魔法の構成に介入し、魔法というものを構成するマナの構造を壊すテクニック。
パリン、と軽い音がして柱と結界にヒビが入り、空気に解けていく。
それが神の力を借りたものだろうが、自らの力だけのものだろうが、呪いだろうが、マナでできてさえいれば全てを分解する力。
アシュは叫ぶ。
自らに降り注ぐ境遇を嘆く。
そしてその行為者への非難が始まる。
「なんで、みんな、こんな事をするんだ!社会の仕組みを壊して、人との関係を壊して!どうして…こんなことに!僕達は秩序と社会の枠組みの中で暮らしてただけなのに!いっつもいっつも誰かが邪魔をする!護ってくれる人ですら人殺しを厭わない…あなたの仲間だって…傷つけられたんですよ?なんでそんな力を持っているのに一緒に平和を守ってくれないんだ!」
「社会という秩序は個人がなければ維持出来ず、個人は社会がなければ存在できない。国が社会を引っ張っているのかそれとも個人がリーダーシップを取っているのか不透明だ。この国は誰が動かしている?王か?騎士か?いいや、違う。答えはこうだ。誰だって自分がリーダーを気取ってる。自らが先陣を切る者だ言って私利私欲のために奔走する。そんなもんさ、この国も。目指す意志をひとつに統一できないからこういう事件が起こるんだ。そんじょそこらの悲劇なんて見て見ぬふりさ。今、国の狗どもはこの事を察知してくれたか?助けてに来てくれたか?」
「…国の人は来てくれてない。でも、どうせそれはあなたたちが妨害しているからでしょう?…なんでそんな力を持っていながら国にも仕えず、悪事を働いているんですか。それじゃ、本当に悪人じゃないか!やむを得ない事情もないただの犯罪者じゃないか!」
「長い物に巻かれて何が悪い?…いや、悪いことなんだろうな。お前みたいなやつからすれば。人生を投げやりに、流されるがままに生きることはそれだけで罪なんだろうな。めんどくさいで終わっていたら社会不適合。空気を読めなければ不適合。失敗したら叩いて貶して二度と立ち上がれないようにするヤツらのくせに誰かに責任を擦り付ける。他人にはするのに自分が被るのは嫌なんだ。そんな世の中に嫌気がさして流されるがままになって理想に辿り着いたと思ったら、またそういう糾弾をする。せっかくこの異能を持っていてもめんどくさい事にならない立場になったのに…戻れなんて残酷な。もう抵抗しないでくれよ。説得は叶わない。いちいちめんどくさい」
「めんどくさいって…僕だって…きっと、アリスだって狙われている力を、原因を譲渡できるならとっくにどっかに捨ててるよ!でもそれが叶わないから必死に足掻いているんじゃないか!それなのにあなたは躊躇いもなく使っているじゃないか」
「ふーん、躊躇いもなく使うなって?僕は使いませんだって?でもさ、その才能があるからこそ君は守れるものがあっだろう?というか、生まれ持った才能を使って何が悪い?それでそれよりも面倒くさいことを避けられるなら俺は使うね。他人の羨望なんか知るか。こんなめんどくさい異能で羨ましいとか。でも、大事な人のためなら多少面倒くさくとも働くさ。…もういいだろ?俺はしょうもない矛盾を抱えた弱い面倒くさがりなんだ。理解されようとは思わない。捕まえてあとは帰って寝る」
アシュに向けて手を翳す橘に対して、アシュは銃を自身にあてがう。
そして、数瞬の逡巡を経て引き金を引く。
銀の弾丸が、アシュを貫く。
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