第22話 運命のあの人
「『
デタラメな軌道を描いて銃弾が飛んでいく。
時に直角に曲がり、時に遮蔽物を避けるその弾道は亜雅羅が手にしたそのツインバレルの銃から放たれている。
物理法則を無視したその弾道は非科学的な補助を受けているのだろう。
しかし、非科学的な補助を使用しているのは亜雅羅だけではない。
香澄は体から霧のようなものを放出し、自身とアリスの周りを取り囲んでいる。
一度それに接触すると弾丸は消失する。
(…やっぱり、香澄の霧は厄介。突破口見つけないと)
シーナは心の中で悪態をつくが結果が変わる訳では無い。
いくら様々な軌道を空中に描き、360度から迫る弾丸も、その防御は貫けない。
またレドは瞬間移動とも見紛うべき移動法で一気に亜雅羅との距離を詰めてきた。
(『縮地』と言うやつか?)
縮地とは仙術のひとつで地面自体を縮めることで距離を接近させ、瞬間移動を行うことができるというものである。
しかし、亜雅羅はその可能性をバッサリと切り捨てた。
(仙術などそうそう受け継がれるものでもない。資質云々以前に、修めている者の情報すらない。それほど特殊な魔術だ。それよりも短距離の座標変数指定型の短距離転移かもしれない。とすると『
座標変数指定型の転移魔法と言うには少し
というか転移魔法とは似て非なるものだ。
特殊系転移魔法とは強大な魔力器官と膨大なマナ──つまりエネルギーが必要である。
その生まれながらの才能である二つが合わさることによって初めて使用出来るものなのだ。
そんなものが世に普及していたら乗り物も公共交通機関もクソもない。
本来の転移魔法とは術者が
しかしいちいち長い詠唱やら情景の確立などしていたらめんどくさいし、戦闘の役に立たない。
だからこそ戦闘で重宝されるのは転移魔法擬きである。
その実これは系統外の『
まず術者のいる位置を0とした時に前がプラス、後ろがマイナスとなり、移動したい場所の距離を変数としてベクトル力場変換と運動エネルギー変換の変数として代入する。
そうすると術者にどのような力が働いていたとしてもそれのどれもを自身の進みたい方向へ進むための力へと変換される。
あとは物体操作魔法で自身の体を移動させるだけだ。
普段は邪魔な重力やら空気抵抗が今度は逆に自らの運動の手助けになるのだからそれこそ転移と言っても過言ではないだろう。
字ズラだけ見るとよく分からないが、ようは重力とかを全てエネルギーに変えて移動できるということだ。
(だが、その転移魔法擬きには弱点がある!一気に距離をつめると移動の速度に耐えきれず、肉体が瓦解していく!さらに魔法式の途中介入にも弱い!)
例えば疑似転移が一秒の間に行われるとする。
それが移動距離が三メートルのときでも百メートルのときでも変わらないのだ。
秒間三メートルと百メートルとでは速度が桁違いに違うのは明白。
よって長い距離を移動しようとすると肉体が崩壊するのである。
そして魔法式とは擬似転移魔法のような魔法をいくつも発動して作る魔法のことである。
その途中介入とは、例えば疑似転移魔法ならばベクトル変換を発動しているタイミングで第三者により、術者にベクトルに関する定義を書き換えることにある。
[右に+3m移動する]という定義に対して、[右]の部分を[左]に変えたり、[+3m]の部分を[-5m]に変えたりすることだ。
すると、術者ではなく第三者の定義通りになるのだ。
そしてそれは魔法を使う魔導師の界隈では有名な話であった。
シーナは赤い手枷を嵌めた手を無造作に振るった。
そこに見えざる力が宿る。
「──ッ!」
「レドぉ!?」
疑似転移魔法を使用した瞬間、レドの移動が前から横のベクトルに変化し、壁を突き破って向こう側へと消えていった。
きっと自身の魔法展開速度に自信を持っていたのだろう。
魔法式を改竄されずに移動できると。
そう信じて疑わなかったに違いない。
それが仇になった。
シーナにベクトルに関する定義を変えられ、壁を突き破って強引に戦線離脱させられた。
すぐにでも戦線に復帰しそうであるが、そこを見逃す亜雅羅では無い。
「『
その穴に亜雅羅は銃撃を放つ。
その銃弾は開幕のベクトル変換魔法によって操られるものと違って、先に弾道を設定し、操る物だ。
自分が見えない場所の弾道は設定できないので見えないところからはレールを外れた猪突猛進な列車である。
と言っても亜雅羅のツインバレルの銃は実弾ではなくマナを込めて発射している。
その強みは火薬による爆発すらもマナを発射するので必要がない。
リロードの隙もない。
そして何より──
「『
──弾の特性や速度を戦況に合わせて変えられることにある。
その弾幕の檻に逃げ場はない。
それに対して
その霧は全ての認識を断ち、全てを誤認させる。
「『五里霧中』、ですぅ」
それは【魔法】でも【魔術】でも【異能】でもない特性。
【異常性】と呼ばれるものだった。
その霧に包まれた途端、『
それをシーナは左手の巨大な爪一つで防ぐ。
勿論、後ろには銃撃第二陣を待機させている亜雅羅。
しかし、香澄のそれは陽動に過ぎない。
本当の攻撃は──
「油断!油断!油断ンンン!「『
壁を突き破って現れたレドによる奇襲であった。
手には
三つ首は一つは油断を指摘し、残りの二つは魔法を唱えている。
実の所これはレドの大きな強みだった。
最大三つの魔法を並列で組み立てる高等技術。
これにより複合魔法だろうがなんだろうが高い成功率と安定感で行使できるのだ。
それをひとつの意思の元寸分の狂いもなく求める役割をこなすのだから恐ろしいほど強い。
そしてレイピアとは文字通り斬ることではなく刺すこと、貫くことに特化した細い剣。
それをエレメント系金属魔法『
躱しても躱しても追尾してくる剣。
恐ろしさは想像に固くない。
レイピアがきちんとした形を失い、巨爪の隙間を通り、重力に引かれるように、そして見えない線に導かれるように蛇行してシーナの心臓を狙い澄ます。
まさにその蛇行は蛇の如く。
必殺の威力を持つ。
蛇と化したレイピアが寸分違わずシーナの心臓を貫く──ことは出来かった。
金属と化した右脚がレイピアの持ち手を伸びる刃ごと弾き飛ばしていた。
同じエレメント系金属魔法『
レドは即座にそれを拾い、腰に刺していた二本目のレイピアを抜く。
「これ、防いじゃいますか。それも異常性なしの魔法だけで。やっぱりぃ…シーナちゃんから仕留めないとですねぇ!」
「させるか!『
轟音と共に速度によりプラズマを纏った
「『
予測不可能回避不可能のその一撃は香澄が放り投げた金属板に当たり、無力化された。
舌打ちが一つ。
「おいおい。『
「でもその攻撃にはぁ、取り切れてない風、雷のエレメントの残滓があるじゃないですかぁ。ならぁ、雷が避雷針や高いところに落ちるんですからぁ避雷針のエレメントを注入した金属板に引き寄せられるでしょう?」
「…はぁ…全くもって非科学的だ。これだから魔法なんて滅茶苦茶な体系のシステムは欠陥だらけなんだ」
「自分も魔法使ってたら説得力皆無ですぅ」
「──溶けて混ざった硝子の色。群青を紅く染めて、制限は取り払われる。炎よ猛々しく燃えよ。炎よ荒々しく暴れよ。其は万象を焼くもの──」
「さっきまで
そう言いながら香澄は握っていた手を禍々しく曲げて数回振り下ろした。
ここに一般人が居たらただの間抜けに見えただろう。
しかし、ここにいる全員にはその動作だけで充分だった。
「どっちが!だ!」
吐き捨てながら亜雅羅は邪魔が入らないように香澄が放った風の刃を数本撃ち落とす。
そしてシーナが再び攻撃を支配する。
「──『
迫っていた無数の風刃は全てを消え去った。
圧倒的な熱量を前に。
それは炎の化身の息吹。
それがもたらす赤い世界に染まらぬ者は居ない。
後は灰が残るのみだ。
当たっていればの話だが。
煙ではなく霧が晴れる。
「消された、か」
「ん、中々に厄介」
「間一髪ですねぇ…んもぉ、こっちにはアリスちゃんがいるのになんてもんぶっぱなしてくれるんですかぁ?私の異常性がなければみんな仲良く灰になってますよぉ」
「早く、その子を引き渡せ」
「それは「無理」、「無理」、無理ィ!」
「無理なら力ずくで奪うまで。…大丈夫。病院で戦ったヤツらの方が手強かった」
「えぇ?シーナちゃんがべた褒めするって相当でぇわ?わてぃし気になりますぅ…ま、もうチェックメイトですけどぉ」
廊下の奥から現れたのは外套を脱ぎ捨てたピンク髪の男、橘。
「んな、
「あのさぁ、下の名前で呼ぶのやめてくんない?梅終とか恥ずかしすぎて履歴書を書くどころか自己紹介も出来ない…社会に馴染めない、髪色と相まって馬鹿にされる恥ずかしい…キラキラネームだ黒歴史だ。なんだよ梅の終わりって…終わりとか憂鬱過ぎるだろ…せめて始まりにして欲しい」
軽く、ツッコム感じで言ってはいるがシーナも亜雅羅も軽口を開けないし、挟めない。
強者だけがわかる異様な圧迫感をひしひしと感じていた。
「あれ?そいえばレドと
「白洸さんとはわてぃしたちまだ会ってませんよ。ねぇレド?」
しかし、返事はない。
隣にいたはずのレドは忽然と姿を消していた。
「あれぇ?レドぉ?どこいっちゃったんですかぁ?」
「あれ、ていうかここにいたの?配置別の場所じゃなかったっけ」
「あれぇ?そう言われればそうだったような気がします」
「もう嫌だなぁ…一人で食い止めてて偉いね。さすが深層レベル」
「えへへ…橘先輩に褒められちゃいましたぁ」
いきなり記憶がすり替わったかのように話を進める橘と香澄を見て、シーナが呟く。
「これは…あの人の」
「やはり…。生まれ変わっても彼はアリスを見捨ててないのだね。立派だ。…さて、手詰まりではないし…やるか」
「うん」
「『
「香澄、その子を回収して撤退ね。こいつらの足止めは軽〜くやっとくから」
ヒラヒラと手を振り、軽い感じで指示を出す橘。
それは圧倒的な実力と自信に裏付けされたものだろう。
事実、『
「わかりましたぁ」
「逃がすか!シーナ、追え!」
「了解」
アリスを抱き抱えて、香澄は霧に包まれて姿を消す。
そしてシーナは橘には目もくれず奥へと走り去っていった。
「あ、しまった。二人いっぺんに相手すればよかったかも。あの娘ちょっと強そうだし。香澄じゃ逃げ切れないかもなぁ…ま、いいや。今から敵に背を向けて追うのも面倒だし、君をとっととやっつけてから追いかける事にするよ」
「させはせん!『
こうして、戦火は広がりゆく。
時刻は亜雅羅たちと橘たちとが衝突するほぼ同刻。
場所はスーパーの外。
「理解不能、「理解不能」、「理解不能」。何が起きた?」
「さて、私にはいきなり目の前に現れたように見えましたが?」
「何をしていた…「何を」、「何を」、何を…そうだ、ここの守護を任せられた」
「そうですか」
三つ首の男──レドとどこか冷たさを感じる柔和な笑顔を浮かべた男──狂花が対峙している。
降りしきる雨が二人を濡らす。
レドが狂花のそばにうつ伏せになっている巨漢を指さし、訊く。
「そこの男は「お前が」、「お前が」、お前が、やったのか?」
「あぁ、この大きな人ですか?ええ。上空からいきなり攻撃してきたのでやむを得なく。眠って貰いました」
「殺した?」
「いいえ。殺していませんよ。と言ってもすぐには起き上がれませんが」
狂花は嵌めている黒い革製の手袋をもう一度深く嵌め直しながら、ストレッチを始める。
その顔にもう笑みはない。
普段は御目にかかれない二つの瞳がレドを貫く。
「さて、あなたはかかって来ないのですか?もしやるのでしたら急いで戴きたいのですが。時間も差し迫っていることですし」
「「お前」、「お前」、お前ぇぇぇ!「俺様を」、「俺様を」、俺様をぉぉぉ!「舐めてるのか?」、「舐めてるのか?」、舐めてるのかぁぁぁぁ!?」
「いいえ、私は貴方がたに怒っているのですよ。それに、貴方なんかよりずっと私は強い。ですがまぁ、結論を急ぐ事はあっても、決断を狭めるとかえって余計な手間になる事もありますか。では、一応訊きます。そこを退いていただけませんか?」
「はぁ?」
「意味がわかりませんか?ただ私はそこを退いて欲しいとお願いをしているのですが」
「「何故」、「何故」、何故?」
「訊くまでもないでしょう。アリスを取り戻すためですよ」
「「駄目」、「駄目」、駄目!それではここを守れない」
「では、アリスをこちらに引き渡して貰っても結構ですよ」
「「無理」、「無理」、無理。それでも任務は遂行出来ない!それにお前は俺様を「馬鹿に」、「馬鹿に」、馬鹿にした」
「そうですか。では手早く終わらせます」
狂花はグッと腰を落とし、独特の構えを取る。
それは素人のような、我流の構えだった。
中々様になっている以外何をするのか皆目検討もつかない。
その姿勢が攻めなのか待ちなのか拳を使うのか蹴りなのか全くレドには分からなかった。
いや、分かってもわからなくても構わない。
やる事はひとつ。
短距離のワープをして、レイピアを心臓に突き刺す。
たったそれだけだ。
それだけでどんな実力者でも死ぬ。
無詠唱は無理だが、手口がバレてしまってもおいそれと防げないのがレドの戦法の強みだ。
「『
魔名詠唱とはいえその速度たるや常人の三倍以上。
それに反応できる者など──
「──隙だらけですよ」
疑似転移魔法よりも更に早く目の前に現れた狂花にレドは驚きを隠せない。
目を思いっきりひん剥いてそれでも澱みなくレイピアを構える。
しかし、それより素早く狂花の手が視界を覆い隠す。
「「お前」、「お前」、お前ッ!」
流体ブレードが暗闇を払い除けようと鎌のように狂花に襲い掛かるが。
ギリリリリと凡そ生身のあげる音とは思えない金属音が響く。
狙われた首筋から刀身のような物が生えていた。
それが
詠唱はなし。
魔法なら、無詠唱でこの威力を出せるかなりの使い手であるだろう。
しかし、数多の魔術師や魔導師と戦ってきたレドですらこの魔法の正体に検討もつかない。
「「一体」、「一体」、一体!?どうやって!」
「なるほど。自由自在に伸びるレイピアですか。ですが、刀身が細いのに伸ばしてどうするのですか?個人的にはもっと適した武器があると思いますが。まぁ、レイピアで心臓を一突きというのも戦法として理解はできますが、やはり遅いですね」
残り二つの顔と顔を押さえている手の隙間から微かに見えたこちらを見る男の左目は剣の意匠を浮かべていた。
そして銃のような意匠が浮かんだ右目は冷たく、レドを見下していた。
「時間もないので終わらせましょう」
首の変化を元に戻して狂花は全力でレドを地面に叩きつける。
衝撃で周りのアスファルトが共に陥没し、大きなクレーターができる。
「がばァ!」
三つの口から空気とともに血を吐き出すレド。
内蔵が掻き乱され、脳みそを揺さぶられ、平衡感覚すら麻痺している。
三つあるはずの脳みそは衝撃によってどれも役に立たない。
そのままレドの肉体から中の筋肉を貫通して生えてきた剣が地面とレドの体とを決して解けない
こうしたら横たわる三つ首の醜悪なオブジェの完成だ。
「さて、助けに行きますか」
何事もなかったかのように、息一つ切らさず狂花はスーパーへと足を踏み入れる。
その寸前で後ろから声をかけられた。
「せ、先生?」
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