第9話 死神と兎
静かな廊下、物々しい雰囲気を纏う武装した集団。
それが集まって何か始めようとしている。
13階相当の高さのその場所に、彼ら以外は居ない。
いや、居なかったと言うべきか。
廊下の一番端の大きな窓から影が突如として飛び込んできた。
その窓を背にたっていた男は巻き込まれ、踏んずけられた。
その勢いは凄まじく、きっと容易に目を覚まさないだろう。
「なっ!何が!」
困惑する仲間。
しかしそんなことをしている暇はない。
何故なら、黒一色のレザーコートに黒いフルフェイスマスクに赤いラインが走る死神は一切の躊躇なく向かって来ているのだから。
まずは一番近い二人組を腰に差したホルスターから取り出した拳銃で的確に手足を撃ち抜く。
「グァ!」
「あ゛あ゛!」
痛みに転げ回り、二人は戦線離脱。
そのまま、トリガーを引き、奥にいたもう一人の拳銃も落としたところで弾切れ。
リロードする時間はない。
しかし敵は殲滅できていない。
死神は即座にそれを残っている男目掛け投げつけ、刃渡り10センチ程で刀身の腹に穴が空いているナイフを構えた。
死神に相対する男は飛んできた拳銃を弾き飛ばし、同じくナイフを抜く。
互いに間合いをを測り合う。
そして彼我の距離が3メートルも無くなると、衝突する。
男の右からのナイフを死神はナイフの腹に空いた穴で絡めとり、脚をかけて、突っ込んで来たそのまま勢いを利用して投げ飛ばす。
ドスンと重量のある音を響かせながら、背中から落ちた男はしかし戦意折れずに、徒手空拳で抵抗する。
右、左からの攻撃をギリギリで交し、大振りなラリアットを避ける。
ラリアットを避けられたあとの隙は大きい。
これ幸いとそのまま死神は姿勢を低くすると、足払いをして男を浮かせ、奪い取ったナイフを男の右肩に捻りこんだ。
「ア゙ア゙がァァ!」
痛みに悶絶する間も与えず、男の襟首を掴むと、自らを守る盾にする。
男の経過を見守っていた仲間が形勢不利とみて、死神に銃弾を浴びせてきたのだ。
しかしそれは
非人道的な行為の判断に躊躇いがない。
男たちは、自身がしてきた行いも忘れて人の血が流れているのかと正気を疑う。
リロードの関係で銃撃が止むと死神は肉の盾を蹴っ飛ばし、残る敵の方への攻撃とした。
回避もろくに取れず、三人は倒れ込む。
それで正面からの銃撃を牽制しつつ、階段から駆け上がってくる増援に倒した男が持っていたアサルトライフルを掃射する。
それでも盾を持ち、駆け上がってくる敵もいる。
その敵に対して、突進を誘発し、それを飛び越えて後ろからナイフで刺したり、盾を持つ手を蹴りあげて弾き飛ばし、脚を使って頭を挟んで階段の下に投げ飛ばす。
その際に周りを巻き込む事を優先する。
そうすることで単対多の状況を作らせない。
近づいてくる敵を射線上に挟むことによって銃撃を牽制しつつ、ナイフや格闘で倒していく。
殺すよりは深手によって戦闘不能に。
そういった戦法を繰り返し、敵は次第に数が減っていき、十人にも満たない数になっていった。
三人ががりで盾、カバー、銃撃を繰り返してくる敵には、盾の銃撃をする隙間から投げたナイフを通し、銃撃をする男を仕留め、カバーがカバーする準備を始めると同時に肉薄し、盾を踏み台にして天井のランプにぶら下がりマシンガンを掃射する。
全員が倒れたことを確認すると、倒れた男たちのそばにあるナイフや
戦闘は死神に勝利の女神が微笑んだ。
そして、ピンク髪の女の手からナイフを奪い取ろうとして───バク転をして斬撃を躱す。
刀身が短いため、回避が間に合った。
すぐさま臨戦体勢をとる。
「…死んだフリが上手いやつだ」
「そーゆーあんたこそ、随分強いじゃない?…あんた、何者?」
初めて死神が言葉を話した。
落ち着いた、そして冷たい氷のような声音の人物だった。
それはヘルメット越しでも伝わるほどであった。
まさに死神と形容するに相応しい老いを感じさせないが、威厳のある声であった。
「──グリム」
「グリムだって…!?そりゃ…死神の…」
「──シッ!」
あえて名を明かすことで油断した女にナイフを投擲する。
先程回収した余分なナイフだ。
まだ手には二本のナイフがある。
女はそれを鼻で笑い、受け止める。
そして二刀流で死神──グリムを攻め立てる。
「あたしはねぇ!ラビット!コードネームラビット。十二支の中で一番素早い兎を冠する女さ!」
「──」
ラビットのナイフはまさに流星光底と形容するに相応しい太刀筋で、的確に腱を突いてくる。
しかし、それが幸いしてグリムは何とか防ぐ。
そしてナイフの腹で絡めとり、突き返す。
が、ラビットは人間ではありえないほどの跳躍力で後退する。
ナイフが一本、弾丸と化す。
グリムの掌底を逸らし、ナイフを胸に突き刺す、と見せかけてあえて逸らされそのまま眼球に直行。
それをグリムは掴み、今度は逃げられないように足払いをかける。
それはバク転で躱され、そのまま女は逆立ちをし、脚でナイフを叩き落とす。
残るナイフは胸のホルダーに5本。
ナイフを流れるように抜き取りながら、続く脚の連撃を脚をもって迎撃し、三合打ち合う。
そして両手に残るナイフの投擲。
それをラビットは壁を蹴って回り込み、回避。
そのまま、再度壁を蹴って肉薄し、ナイフ同士の鍔迫り合い。
停滞に叩き込まれる踵落としは壁を跳弾のように跳ね回るラビットには当たらない。
残りのナイフは三本。
ラビットが壁を蹴って加速し、その加速をもって放たれる飛び蹴りをグリムは転がりながら避けて、そのままマシンガンを回収。
そして大して狙いもつけず水平に掃射。
まず立って居たのなら直撃するくらいの高さ。
ラビットはそれをスライディングの要領で潜り抜け、立ち上がりのサマーソルトでマシンガンを手から弾き飛ばす。
それを見て、もう片方の拳を突き出してきたグリムの腕を使って跳び上がり、マシンガンを回収。
着地と同時に発射。
残弾は少なく、真っ直ぐ飛んで行った弾も少ないが、それでも当たれば致命傷。
──当たれば、の話であるが。
ナイフを巧みに使い、弾き、両断し、斬り捨てる。
「随分と人間離れした脚力だな」
「あんたの方こそ余程人間離れしてるよ。なんだいその動体視力。あんたも遺伝子改造されたくちかい?鷹とか」
「──なるほど、兎の遺伝子を抽出して組み込んだのか」
「ありゃりゃ。余計なことまで喋っちまったよ。──ま、わかったところでどうにもならないけどね」
上段からの蹴り、そして突き。
そのまま踵落としに派生する。
上段蹴りと突きを両腕でガードするが衝撃が強すぎて相殺できない。
「グッ!」
「おんやぁ?余裕が崩れてきたんじゃないかい?」
そして吹き飛ばされるように後退して、弾丸のような速度で突っ込んできたラビットにナイフを二本投げつける。
ラビットは一本を脚で蹴り返して、一本は頬を浅く切り裂かせ、肉薄する。
飛び蹴りはすんでのところでグリムの脇を通り抜け、壁に爪先が突き刺さる。
そのまま円状に破壊痕ができて壁が凹む。
超近接での格闘はラビットの手刀を手首ごとグリムが掴んでグリム有利に終わる。
ラビットは舌打ちをするが、掴まれたことを利用し、体を反転させて蹴りを放つ。
蹴りを防ぐ為にラビットをグリムは離す他ない。
しかしグリムは地面に着いている手に足払いを仕掛け、ラビットを宙に浮かせる。
中空で無防備なラビットの鳩尾に回し蹴りが入る。
「おぶっ!」
生理的に気持ち悪い声を出しながら吹き飛ぶラビット。
そこに女だからという手加減はない。
咳き込みながら立ち上がり、愚痴をたれる。
「こちとら女だってのに…手加減なしかい。そんな男はモテないよ」
「そうか。残念ながら犯罪者に与える慈悲も手加減も俺は持ち合わせていない…投降すればその限りではないが」
「誰が!」
「だろうな」
嘆息混じりの言葉と共に空気を震わせるのはナイフ。
「見飽きたっての!」
顔面に向かって飛んでくるそれを手のひらで掴み取り、余裕の笑みを浮かべ──喉に冷たい感触。
それは次第に熱を持ち、やがて痛みに変わる。
見れば、ラビットの喉には手斧が半ば埋まるように刺さっていた。
腫れ物に触るように触り、夢ではないと悟るラビット。
「な、なん…で…いつの、間に…」
「斧が叩き潰すものとは限らないだろう?」
グリムはナイフを投げると同時に床に転がっていた手斧を蹴りあげて当てたのだ。
恐るべき身体能力とセンス。
「なる…程ね…次、た、たかう、時は負けないから…」
「そうか」
言葉が言葉をなさなくなり、空気が漏れるばかりの喉から血が溢れ出す。
そのままどさり、とラビットが倒れる。
「あ、姉御ぉぉぉぉ!」
酷く醜いダミ声につられてみれば、全身を錆びたブリキの鎧で覆ったような大男がいた。
3メートルはあろうかという巨躯。
次から次へとやってくる災難。
それに愚痴ひとつ垂れることなく、淡々とグリムはこなす。
唸りとも叫びともつかない奇声を上げながら両手でロードローラーの轢き潰す部分のようなものを転がし、こちらに迫ってくる。
潰されれば一溜りもない。
グリムもこれには堪らず逃げる。
窓を割って入って来た方とは逆側の廊下を疾走する。
しかし15メートルも行かないうちにガラスの窓が行く手を阻む。
後ろからはグリムを轢き潰さんと迫ってくるブリキが。
グリムは行き止まりにも関わらず、途中の部屋にも入らず一直線に窓へと駆け寄った。
すぐそこまで醜悪なロードローラーが迫っている。
そして追いつかれるギリギリで跳び上がり、窓を蹴って反転。
轢き潰しブリキの頭上を通過し、躱す。
鮮やかな身のこなし。
ブリキはそのままブレーキをかけることも出来ずに窓に突っ込む。
ビシ!と窓にはヒビが入り、破片が散乱する。
が、窓は完全には割れず、ブリキは地面に落ちずにギリギリで踏みとどまっていた。
どうやら普通の窓ではないらしい。
だからグリムは後ろに着地すると渾身の回し蹴りを叩き込む。
普通ではないとはいえ普通ではない重量を支え、無理をしていたガラスが遂に限界を迎え、ブリキを突き落とす。
物凄い音を響かせ、ブリキは地面に落ちた。
「ウオ!すげぇ音。すみません、隊長!ここに変なブリキ野郎が…」
窓からほど近い階段からはパワードスーツを纏った男が現れた。
グリムはそれを一瞥して、窓に視線を戻す。
釣られて男もそちらを見て、悟る。
「あー、窓から突き落としたんすねぇ…。ご苦労さまです」
「目上にご苦労とは失礼な奴だな。
「あはは。…しっかし隊長、よくパワードスーツ着ないで戦えましたね。あいつの膂力凄まじいですよ。ま、あの高さじゃ自分の重さが仇になってお陀仏でしょうけど」
「──まぁな。あいつが来る前に改造人間に一撃貰って両腕負傷してなければ正面から受け止めて気絶させたんだがな」
「え?隊長が?凄まじい相手ですね。てか隊長も人間辞めてますね」
吾妻の軽口は軽く無視し、グリムは現状を把握することに注力する。
「負傷者は?」
「はい。ブリキに三人が重軽傷を負わされました。軽傷二名、重症一名。菊池、シモンが軽傷でハワードが重症。幸いハワードはすぐ回収して最低限の処置を施した後、医療班送りにしてるので後遺症の心配は大丈夫です。あいつはこんなんで死ぬほどヤワじゃない。…隊長の両腕も診ましょうか?」
「いや、いい。外れた肩の入れ方位は熟知している」
ゴギリ!とものすごい音が響く。
外れた肩を自らの力だけで入れ、投げたナイフを回収するグリム。
それに呆れたように吾妻は笑う。
すると割れた窓から新たに侵入する影が。
天井にアンカーを刺し、それを巻取りながら現れたのは、吾妻と同じような格好をしている人物だった。
「お、
「隊長、よくぞご無事で」
「周辺の安全確認終了っス」
「いや無視かよ!」
「揃ったな。なら三人はここで武器の押収と犯人の移送を頼む」
紅林と韶麟は了解と言い、犯人たちの処置と捕縛を淀みなく行っていく。
吾妻はまだグリムのそばにいて。
「隊長は?」
「俺はまだ制圧していないところがないか確認を…」
「それなら大丈夫ッスよ」
「韶麟?」
「確かに。韶麟の言う通りです。一階には我らが若旦那──ボスが向かいました。もうどんな奴が来たってこの病院を占拠できませんよ」
「そうか。なら俺はボスと合流する。お前らもこいつらを縛り終えて輸送班に連絡をしたら来い。状況捜査が始まる」
「「「了解!」」」
そう言ってグリムは階下に降りていき──。
「あぁそうだ、紅林」
「はい?」
「その若旦那っていうネーミングセンスいいな。今度から定着させよう。それか俺から直接ボスに打診してみよう」
グリムが残したそのお茶目な一言にズッコケ、三人は笑い転げるのだった。
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