第4話 胎動し始める物語
そこは昼間だと言うのに夜のように暗い場所であった。
そこにだらしなく白衣を来た藍色の髪の男が現れる。
カツン、カツンと言う靴音は男の表情や雰囲気と相まって何処と無く不気味だった。
周りはガラス張りの通路で、その藍色の髪の男が足を踏み入れると自動的に灯がついていく。
周りのガラスに反射して映るのは藍色の髪と凶悪な人相、鼻には傷痕、と中々に味のある顔立ちのイケメンであった。
ガラス窓越しに見えるのは同じくガラス張りのビルの群れ。
それが今歩いている通路と同じような構造の通路で繋がっている。
その廊下に木霊するのは男のカツン、カツンという靴音だけ。
廊下を渡りきると金属製の両扉と指紋と暗証番号のダブル認証式のパネルがあった。
そこに指紋を取り、番号を打ち込むとピピ!ッと軽い音がして音もなく両扉がスライドしていく。
そしてカシュンッ!っと音を立てて完全に両扉が開くと男は中へと足を進める。
外は不気味な場所であったがどうやら中も中々に魔境のようだ。
長い通路の脇にはナニカがまるでホルマリンにつけられたかのように浮かんでいる。
それが無数に並んでいるのだ。
ボコボコと液体が泡立ち、時に胎児のように丸まったまま動き、呻き声をあげる。
その悍ましさは想像に難くないだろう。
しかしそれを気にも止めず男はひたすらに突き進む。
そして突き当りにある一際存在感があるこれまた重厚な扉が鎮座している部屋の手前まで来ると出てきたモニターに独特の口調で話掛ける。
「…マァスタァーキー認証コード:0-666」
「ピピ!認証しました。お帰りなさいMyMaster」
男を出迎えたのは少し機械のような無機質さの宿る幼い少女の声だった。
「あァ…たァだァいまァ。…香燐」
何かを押し殺すような表情で蚊の泣くような声で言う白衣の男。
ウィィンと音を立てて開いた扉の先もやはり異常であった。
まず目を引くのは部屋の奥中央にある巨大なモニターだろう。
そこには常人には理解できない数字や単語の羅列が走っている。
そしてモニターの脇にも個人用のパソコンデスクだろうか先程のモニターを縮小したようなものが規則正しく並んでいる。
それになにかカタカタと打ち込む姿もあれば、何やら印刷した紙にマーカーペンを走らせている者もいる。
静かであるが、うちに籠った熱気は入室することを拒んでいるかのようだった。
それに怯まず男は無造作に足を踏み入れる。
すると三段下の段から茶髪のガネをかけた一人の男性研究員が彼の側へとやってきた。
「ッ!主任、至急御耳に入れたいことが」
「ン?そりァ例のガァキの件かァ?それともなァンか別の案件かァ?」
「前者です」
「ソイツはたァしかァ…男の方がァ死んだァんだァろ?」
「はい…確かに死んだ筈なのですが、どうやら先程目を覚ましたと」
「…ソイツはァ確かァかァ?」
少し間を置いて凄みを帯び始めた藍髪の所長に若干オドオドしつつもゆっくりと頷く茶髪の研究員。
差し出された紙には茶髪の少年の写真が貼り付けられていた。
その報告書の隅々まで舐め回すように見た男の表情は驚愕、歓喜、そして、邪悪な笑みへと変化した。
「……クックックッ…ハァハァハァ!マァジかァよ!オイ!死んだァのに目を覚ましたァだァ?コイツはァイイぜ!」
「では捕らえますか?」
「アァ。迅速にかつ傷付けずに持ってこい」
「それならばアルファ・ロメオを例の場所に派遣します。あそこは守りが硬いので。あと、オロスに救援を要請しておきます」
そう言って部屋の外に駆けていく茶髪の研究員。
それを見送る藍髪の男は口角を釣り上げていた。
パパパパパパ!と子気味良い音とガラスが割れる音。
そしてすぐさま阿鼻叫喚が鳴り響いた。
遠くからだが、決して離れていない音。
「―――――!!!」
しかしもう一度パパパパパパと音がするとまるで音を失ったかのようにしんと辺りが静まり返る。
突然下の階から聞こえてきた悲鳴に戦慄しながらオロオロとするアシュとアリス。
険しい表情で不安と戸惑いが隠せない看護婦。
スッと窓から身を離して何か考えているのか顎に手を当てて考え込む医者。
耳に神経を集中させると男のくぐもった怒鳴り声が聞こえる。
「―――!」
何を言っているのかはわからないが病院の職員ではないだろう。
であれば先程の尋常ではない音の犯人だろうが一体どんな規模の組織で何人いて何が目的なのだろうか。
そう主治医は考える。
(…やはり狙いはこの子達ってわけかい)
そう考えた旭は二人に声をかけようとする。
が、しかし。
ふと気配を感じて窓に目をやると二つの人影がそれぞれ右から三番目と四番目の窓を蹴破って中に入ってきた。
片方はヘルメットとガスマスクが一体化したようなフルフェイスマスク。
それに肩に担げそうなほど大きいツインバレルでドラムマガジンを付けた銃を持っている。
服装は防弾チョッキの様な物を着用していて性別もわからない。
もう片方はアルビノの様な白い髪を腰辺りまで伸ばし、右手首には赤い手枷。
左手は大き過ぎる爪の様な物を装備している。
衣装は白を基調としたワンピース。
異様だ。
目の前に立っているだけで押されるような圧迫感を感じる。
生物としての格が違う。
そして窓を蹴破って撒き散らしたガラス片を踏みしめながら女の方がアシュの前に立つ。
そんな光景を呆然と見ていたアシュは
(え?……え?え?あぁウン…え?)
やはり困惑していた。
本当に目覚めてからの状況が変わりすぎて最早狙っているのかとすら思う。
女が徐ろに右手をアシュに伸ばしてくる。
でもその行為は目をぐるぐる回しているアシュには認識できていない。
(あの爪みたいなの大きいなぁ…あのフルフェイスの人もあんな…ショットガン?でこんな病院に来るなんて世紀末だ!)
そしてあと少しで手がアシュに触れようとしたその刹那――
「――ハァ!!」
結子看護婦の後ろ回し蹴りがアシュの頭上を物凄いスピードで通過し、女の顔面を狙い飛んでいく。
その蹴りは普通の蹴りに非ず。
魔法だろうか?それとも謎テクノロジーによるものだろうか。
蒼白く輝く美脚は雷光の如き光とスピードを持って寸分違わず女の顔面を捉える――はずだった。
咄嗟にそれを女は左手の巨爪で受け流す。
バチバチバチと女の爪が音を立てて煙を吐き出す。
両者互角の鍔迫り合い。
二人はその姿勢のまま拮抗して離れない。
それを見ていたフルフェイスはその巨大な銃器を結子に向けて放とうと腰だめに構えた。
「『
しかしそれは旭が許さなかった。
旭がフルフェイスに向けて掌を突き出すと極彩色の玉が旭の掌から渦を巻いて現れ男に向かって飛んでいく。
弾速は大して速くはないが、それでも内に秘める威力は計り知れない。
到底無視できるものでは無い。
フルフェイスは舌打ちをしてその玉に向けて発砲する。
ドッドッと発射された弾丸はある程度纏まって極彩色の球体へと突き刺さっていく。
「『
「『
三回ほど発射音がすると、極彩色の球体は爆ぜる。
たちまち辺りを閃光と煙が包む。
アシュたちに降りかかろうとしていた煙と閃光はどうやら旭が貼った青色の障壁で防がれていたようだった。
しかし相手方は文字通り煙に包まれて閃光に目を焼かれているらしい。
その隙を突いて結子は姿勢を低くしてフルフェイスに掌底を叩き込む。
閃光に目が眩むフルフェイスにはそれを躱す術はない。
「ゴバァ!!」
くぐもった悲鳴。
チャンスとばかりに結子は足払いをして体制を崩し、片膝を着いたフルフェイスにサマーソルトをお見舞いした。
「ウグォッ!」
くぐもった声を上げて転がりながら衝撃を打ち消し、同時に後退するフルフェイス。
ガラガラガラ、と周りにあったものを崩しながら。
さらに結子が追撃の構えを取るが女が爪を構えて威嚇しているため攻めきれない。
代わりに女が旭にその巨爪を振り下ろす。
その過程で二人の間に挟まる物は蹴散らされていく。
それを旭は転がりながら躱し、続く横薙を跳んで躱し、三撃目を準備していた赤い障壁で防いだ。
瞬間、その壁は火を吹いた。
結子はフルフェイスに追撃をしようと突進する。
最短でかつアシュとアリスが射線に入らないように姿勢を低くして素早く肉薄していく。
銃弾を発射する時間すら与えない。
フルフェイスは銃を両手に持ち、振り回してなんとか結子の近距離戦に対応しているようだ。
だが、少々部が悪いと踏んだのか交代の兆しを見せる。
旭は赤い障壁で女とせめぎ合いながら、両手を突き出して叫んだ。
「『
突然なんの変哲もなかった床から透き通った剣が何本も生えてきた。
それは生えた順から少しづつ色を変えて、女へと迫る。
女は跳んで躱すが、着地のスキを狙って旭が生えてきた剣を両手に一本ずつ携え斬りかかる。
袈裟、打ち下ろし、一文字、横薙ぎ、唐竹割りと途切れることのない連撃をかますが本職ではないのか振り方が雑だ。
事実女は爪一つであしらって退けられる程の脅威度である。
「『
ただ、旭もそれは自覚していたので間髪入れず追撃を入れる。
生えてきた剣がその言葉と共に空中に浮かび、剣先を女に向けて物凄いスピードで飛んでいく。
「ッ!」
今度は威力が凄まじいのか、それとも狙う場所がいやらしいのか。
女は爪で弾いてはいるが迎撃が苦しいのか段々と粗雑になっていく。
弾かれた剣は、粉々に砕け、空中に溶けるように消えていく。
だが、粗雑になってでも致命的な隙は生じない。
それで、女の戦闘能力やセンスの高さが伺い知れるというものだ。
「ッ!アシュ君!アリスちゃんを連れて外へ!」
女とせめぎ合いながらアシュに話しかけた旭にわかりました、と告げてアリスの手を繋いでアシュは部屋を出た。
その間にも攻防は続いたが、お互い致命傷を負うことなく、拮抗していく。
「…それで君たちは一体、何者だい?」
その旭の問に答えたのはフルフェイスの男だった。
仰々しく両手を広げ、まるで天使が救われない人の子に語りかけるかのように言う。
「我々は救世主だ。かの子達のような救われない子羊を救う、な」
そう言って女共々扉から出ていこうとするフルフェイス。
それを牽制しつつ旭が吐き捨てる。
「救世主?何を言い出すかと思えばそんな妄言を…それとも何かい?怪しい宗教団体の教祖かい?……そんな人なら、確かに医者である私が見たほうがいいね」
「先生も大概頭がおかしいですけどね」
「…」
その言葉に若干目を細める旭。
結子の茶々入れを無視してフルフェイスの前に立つ旭とその横に並んでくる結子。
対面にはフルフェイスと巨爪の女。
「お前たちと争う気は無い。私たちはあの方の意志を継いできただけだ。【新人類創造計画二期生】や【適応者】、【新生改竄者】の、な」
「ッ!どこでそれを…」
明らかに狼狽し始める旭。
それを不思議そうに見つめる結子。
それに構わずフルフェイスは告げる。
「我々も被害者だ」
「なんだと?」
沈黙が続く。
一体どのくらい経っただろうか。長いようで短い時間を経て事態は急展開を迎えた。
扉の向こう側で人が動く気配がしたと思ったら巨爪の女がどこから取り出したのかわからない鉄パイプを右手に持った。
すると右手が淡い青に輝き始め、輝きが収まると右手から鉄パイプが消失していた。
代わりに廊下でカランカランと硬い物が転がる音がした。
流石の事態に旭も結子も音のした方、つまり廊下の方を見ようとして扉を凝視した。
だが別段扉が開く訳でも無かった。
暫しの間絶句してハッとして視線を前に向けるとフルフェイスと女の姿は忽然と消えていた。
二人して首を傾げる。
流石にさしもの奇人変人でも彼らの行動が読めないらしい。
「一体、何が起きてるんだ…?」
「さて何が起きてるんでしょう。でも…何となく殺意は感じなかったような。でも、廊下の威圧感は……あっ、消えた?!」
「……救われない子羊、廊下を転がる音、被害者、あの子たち二人……まさかっ!」
旭は懐から電話を取り出し、急いで掛け始めた。
「アイツ、大事なこと先に言っとけとあれ程……!」
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