02・目薬係
〈眼鏡係〉などというヘンテコな仕事に加え、最近新たに〈目薬係〉などという更に面倒な役目を
朝の仕事が一段落した私は使用人が使う食堂で少憩をとっていた。
使用人が寝起きする部屋や食堂などは厨房から近い場所にある。
部屋はどこもそれなりに広く作られているが、残念なことにお屋敷の使用人は私とヘンリーさんだけ。
食堂に五卓もあるテーブルも、それに見合う数の椅子も、今は一卓と二脚の椅子だけが使われ、残りは部屋の隅に寄せて積まれたまま。
そういった部屋は使用人用に限らず、このお屋敷にいくつもあった。
使われていないのはテーブルや椅子だけではなく、調度品や家具、食器類もそうだ。
その数の多さから昔はたくさんの使用人がいたのだろうと推測できる。
この部屋も大勢の使用人たちが毎日賑やかに利用していたのだろう。
それなのにいつから……。このお屋敷はこんなに静かになってしまったんだろう。
ぼんやり考えていると、ペコタンぴょこたんと不思議な足音が響いてくるのが聞こえた。
ヘンリーさんだ。休憩に来たのだろうか。
ついでだからお茶でも淹れてあげようかと思い立ち上がると、
「ここにいたのか、アリス。仕事じゃ。おまえに新しい仕事じゃぞ!」
(新しいって、また⁉)
ヘンリーさんはぴょこたんぴょこたんと部屋に入りながら私に言った。
「クスリじゃ、薬! 薬師のところへ行ってサイルーン様の薬をもらってくる仕事じゃ」
「お薬ですか?どこか
旦那さまは今朝早くに出かけて行った。
ここ最近は私が作った林檎のジャムを焼きたてのパンにたっぷり塗って食べる朝食が気に入っているようで、今朝もふっくらと焼きあがったロールパンを三個も食べてスープもおかわりし、サラダも果物も残さず食べていた。
食欲旺盛なのだから身体の具合が悪いとは思えないが。
「そうではない、疲れ目用の目薬のことじゃ」
───なんだ、目薬か。
「あの銀眼鏡をかけるときはいつも必要になる目薬じゃ。今後クスリを受け取りに行く役目はアリス、おまえの仕事じゃぞ!」
「なぜそんな急に私が。 今まではヘンリーさんが貰いに行っていたのでしょう?」
不満気に訊いた私に、ヘンリーさんは平然と言った。
「急にも何も、おまえはサイルーン様のメガネ係に決まったのだろ。ついでに目薬も毎晩差してあげてるというではないか」
「仕方なくです」
不本意ですから!
「えぇいっ、そんな膨れっ面になって文句を言うでない! 係になったからには目薬の減り具合も常に確認しなければならんのだぞっ。係という自覚が足りーん!」
目の前で騒々しく跳ねるヘンリーさんはかなりウザい。
私は仕方なく答えた。
「───はいはい、わかりました。街の薬屋へ行けばいいのでしょ」
ヘンリーさんは跳ねるのをやめて満足げに頷き、そして言った。
「うむ。じゃが街の薬屋ではないぞ。あの目薬は特注なのじゃ。作れる薬師が決まっておる。その薬師はレベッカと言う名でな。街はずれの森に住んでいる変わり者の魔女じゃ」
「魔女?」
「住まいを誰にも知られないよう屋敷に魔法をかけておる。魔女の機嫌を損ねると恐ろしいぞ。くれぐれも粗相のないよう気を付けることじゃ。ほれ、これを受け取れ、アリス」
ヘンリーさんが上着のポケットから何やら取り出すと私に差し出した。
「鍵?」
それは紫色の鍵だった。大きさは手のひらに納まるくらいで首に掛けられる長さの、細い銀の鎖が付いていた。
「失くすでないぞ。この鍵を持つ者だけがレベッカに会うことができるのだからな」
「どういうことです? これってレベッカさんの家の鍵なんですか? 街外れの森と言っても広いですよね、方角くらい教えてください。地図はないんですか?」
「この鍵が地図じゃ。これは魔法の力を持つ鍵でな。レベッカの屋敷まで案内してくれるから心配ない。今後この鍵の管理はおまえに任せたぞ。───はぁ~ッ、やれやれ。あの魔女のところへ行く仕事がなくなっただけでこんなに気分が軽くなるとは!はぁ~!嬉しいぞ! よかったわい!」
ご機嫌な表情で、なんだかいつもより軽々と跳ねながら、ヘンリーさんは食堂を出て行った。
私はすっかり冷めてしまった紅茶を飲みながら、昨夜サイルーンさまに差してあげた目薬の残量を思い出す。
少ないなぁとは思っていた。
今日受け取りに行っておいた方がよさそうだ。
───それにしても。
「……ほんと、変な仕事ばっかり」
魔法の鍵、そして薬師の魔女───。
風変わりな仕事ばかりだけれど。
新鮮で面白いと感じる部分も多少はある。
私はヘンリーさんから受け取った紫色の鍵を首から下げ、出かける支度をはじめた。
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