霧の妖精
霧の妖精の笑い声が高らかに響いた。
「動揺してるね! さてはおまえ、あの銀の眼鏡にこっそり触っちまったのか? こりゃあいい! でもね。噂だからさ、それ。う、わ、さっ………フフフフッ。笑わないアリスの引きつった顔はとても面白いな!でもあたしが気に入らないのはその銀色の髪だ!」
白い霧が手の形になり、首の後ろで束ねた私の髪を掴もうと伸びた。
私は慌てたことでおもわず馬の手綱を引いてしまった。
駆けていた馬が驚いて嘶き、鼻息を荒げながら歩みを止めた。
(ここで止まったらダメだ!)
馬上の態勢を整えながら、私は馬を宥め駆けるよう促すのだが。
「いいねぇ、その長い銀髪。輝きがとても美しい。イイなぁ………欲しいよ! 欲しいよ! 欲しいッ! 銀色は北樹の色だ。最果ての魔法使いが護るものと同じ色の髪なんて生意気なんだよッ。あたしによこせ!」
白い霧が細かく分散し、小さな子供の手になって私へ迫る。
「───やッ」
来ないでと叫びそうになったが、私は声を出すことを堪えた。
妖精への返事は三度まで。
三度目までに逃げきれば惑わされずに済むと亡き母が教えてくれた。
けれどこれ以上会話が続いてしまったら確実に惑わされてしまう。
からかうように浮遊する白い手を振り払いながら、私は馬を落ち着かせようとしたのだが。
「ほーら、捕まえたッ。引っこ抜いてやる!」
白い手が後ろで束ねていた髪を掴み、引っ張る。
馬上でぐらりと身体が傾いた。
一瞬、このままでは馬から落ちるかもしれないという思いが頭を掠めたそのとき。
───ひゅッ ……!
ピュルルルルルッ‼
吹き鳴らすような音が辺りに響き、私と白い霧の手の間に何かがものすごい速さで飛び込んできた。
風と翼の交わる音が耳を掠めた。
(───鳥?)
「ちぇっ。いいところだったのにぃっ。あーあ、つまんないのっ!」
悔しそうな声と共に白い手は形を変え、元の霧状になったかと思うと、あっという間に消えてしまった。
何が起きたのかよく判らなかったが、とにかく霧の妖精が去ってくれたことに私はホッとした。
見上げると空高く灰色の翼を広げた鳥が飛んでいた。
あの鳥が助けてくれたのだろうか。
大きさも姿も
鳥や獣の中にも、ヘンリーさんのように人の言葉を話す種属がいるらしいが。
「おーい! 助けてくれてありがとう!」
空を見上げて大きく叫ぶと、灰色の鳥がゆっくりとこちらに向かって下降し、少し離れた場所に立つ低木に留まった。
私はその鳥をもっと近くで見たいと思い馬を進めた。
鳥は逃げずにじっとこちらを見ていた。
その眼はとても綺麗な黄緑色だった。
「イタズラな霧の妖精を追い払ってくれてありがとう。あなたとても綺麗な眼をしてるのね。私のご主人様と同じ色よ。何かお礼がしたいけど………ごめんね、あいにく街へ買い出しに行く途中で何も持ってないの。後でお腹が空いたら最果てのお屋敷へ来て。木の実くらいなら用意しておいてあげられるから」
鳥はしばらく私を見つめていたが、やがてまた空高く飛び立って行った。
「とんだ道草になったわね。さぁ、街へ急ごう」
妖精が言っていた『触れると呪いがかかる』という旦那さまの眼鏡のことが気になるが。
私を惑わす嘘かもしれない。
気にしないほうがいいよね……。
私は再び馬を走らせ、街へ向かった。
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