第141話魔王とモフと結婚記念日と5

 眠い。


 ベッドに座ったレティは、うつらうつらと舟を漕いでいた。




「最近…………忙しかったからなあ」




 魔王ネーデルファウスト(クロの正式名)が勇者との戦いで時空の狭間に落ちていた間、妃だったレティシアは、適任者が他にいなかった為に魔界創建以来初めて人間でありながら女王の座に就いた。


 それ以来、人間の国々との架け橋として友好的な交流を始めるようになり、その仕事は大幅に増大した。


 いくら彼女がエネルギッシュな変人聖女だとしても、基本的に人間なので疲れることだってあるのだ。




 このまま眠ってもいいかなあ、と寝室の奥にある浴室に目を向ける。


 シャワーの音が聴こえているのは、期待に胸を膨らませている奴が浴びているからだ。一緒に入ろうとするのを断りレティは先に湯を浴びている。甘々も過ぎれば胃もたれする。


 夫婦にも、ある程度の距離と緊張感は必要だと思うのだ。特にこれからベタベタする前なんかは。




 シャワーの音が止み、しばらくすると浴室の扉がゆっくり開く。扉の隙間から顔だけ覗かせている彼に「レイ、カモン」と呼べば、待ってましたとばかりに駆け寄って来て飛び付く。




「ハアハア、レティペロペロ」


「うひゃあ、くすぐったい」




 バタンとベッドに押し倒される形になって、頬やら目蓋やら首やら腕とかを舐められてしまい、すりすりと夜着の胸元に顔を擦り付けてくる。


 毎度毎度のことだが、全力で甘える仕草が(彼女には)可愛く思えて眠いのも忘れて笑ってしまうと、隣に添い寝するようにしてそれを目を細めて眺めたレイが唇を寄せた。




「レイ君、結婚記念日おめでとう」


「おめでとうレティ、ちゅうう、はうっ!?」




 目を閉じたのをいいことに、唇が触れる前に彼の尻尾をぎゅむっと掴むと、悲鳴が上がった。




「い、いきなり、はああ」


「これがご希望だったんだよね、ふへへ」




 ムクリと体を起こして、黒い尻尾を根元から先まで撫で上げる。




「ひっ、うああ」


「あ、まだ濡れてる」




 レティは、赤い顔で快感に身震いしている男を一旦放置してブラシを手に持ってきた。


 今夜は趣向を変えてみよう。




「さあ、きれいきれいしようね」


「ひい、あ、それは」




 左手にタオルを添え押すように尻尾の水気を吸い取り、右手でブラシを毛の流れに沿って櫛梳る。




「あ、あ、あ……………」


「気持ちいいかな…………あ、毛玉」


「ひぐうっ」




 ブラシが毛玉に引っ掛かり、レイはシーツに突っ伏していた顔を勢い良く反らして喘いだ。




「あ、だ、やめ、ブラシは、やめ、あっああ」


「え、強すぎたかな。じゃあ手でするね」


「ふ、うん、くっ」




 首を振り苦しげに眉を寄せているのに、口元は悦びに口角が少し上がっている。そんなエロい魔王の姿を堪能していたが、ずっと手櫛でブラッシングしていたら再び睡魔に襲われてきた。




「あ、あう、レティ……………レティって…………あれ?」




 惰性で喘いでいたが、いつの間にか何も刺激されていないことにレイはやっと気付いた。




「…………………レティ?」




 体を捻って背後を見れば、自分のふわふわになった尻尾に埋まるようにして気持ち良さそうに眠る彼女が見えた。




「………………………………」




 しばらく物足りなさそうにレティを見つめていたレイだったが、やがて起こさないように静かに彼女を抱えあげると布団を捲って丁寧に寝かせ直した。




「仕方ないか」




 彼女自身はまだ知らないはずだ、その体から微かに魔族の気配がすることを。レイだって昨日彼女にベタベタ触っていて気付いたばかりなのだ。


 片肘をつき、布団越しにレティの腹を撫でる。




「はあ、まだ信じられないな」




 まさか数百年独り身だった自分が、なんと父親になるのだ。モフられるだけじゃなく、レイだって攻めることだってメッチャあるのだ。実感には遠く、言い表せないむず痒いような気持ちだけが湧く。




 レティシアに打ち明けないのは、知れば自分よりも子に目が行くだろうという軽いヤキモチのせいだ。体調を気にしてモフられなくなる上、その他諸々のあんなことやこんなことも禁止になったら……………なったら…………




「いや、いいんだ。俺だってレティが大事だから、レティの子だって、いや俺の子だって大事だから………………俺の、子…………か」


「も、モフ……………モフ」




 ムニャムニャ寝言を言う彼女の顔を見れば、鮮やかな赤い髪を散らして、楽しそうに微笑みながら眠っていた。きっと夢の中でもレイをモフっているのだろう。(他のモフじゃないと思いたい)




「レティシア」




 彼女の安らかな寝顔を見ていたら、悩んだりヤキモチ焼くのも馬鹿らしくなってきて、レイは喉を鳴らして笑うと、ちゅっと唇を重ねた。




 性別はどっちだろう?尻尾があるだろうか?髪色は赤だといい。




 レティに寄り添ってそんなことを考えながら、レイはいつしか眠りについた。




「なま、え………は………」






 レティシアが妊娠に気付いたのは、それから2週間経ってからだった。


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聖女候補は、イヌ(悪魔)を飼う ゆいみら @yumi1056

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