第136話君の手に触れたい2
それから何十年も経ち、ギルは魔族の観点からでも大人として認められる年頃になった。
「イチカ、私はもう大人です。約束を果たせます」
「そう?私には、いつまでもギルは子どものように思えてしまうわ」
「イチカ」
ハーフと言っても、人間よりは長寿なはず。急がなくてもいい。彼女が、その気になるまで待とう、そう思い、彼女に認めてもらう為にも母の仕事を引き継ぎ魔王の傍らでレイと共に政務の補佐をし、学んでいった。
子どもの時のように、もう川遊びはしないが、ギルとイチカはよく出掛けた。手を繋ぎ並ぶ姿は以前の姉と弟のようではなく、兄と妹に見えるようになっていた。
父親である魔王は、二人のことに口出しすることはなかったが、したのは兄であるレイの方だった。違う意味で。
「ギル、お前いいのか?」
「誰もいいとは言ってません」
「だよな、付き合って何年だ?なんで結婚しない?」
「200年ほどでしょうか……もうこのままでもいいような」
「良いわけないだろ、お前もイチカもどうかしてるぞ!」
独り身の自分のことを棚に上げ、レイは呆れ返っていた。
「イチカは、親しくなった者と死に別れるのが怖いんです。だから」
「母と死に別れた親父を見てたら、まあそう思うのは分かるが……だからと言ってこのままあいつがずっと一人でいるのは違うだろ。ギル、お前もっと強引に迫ってみろ」
「せ…!」
うろたえるギルに言うだけ言って、レイは後は知らんふりだ。
迫るって、どうすれば?!
そうでなくても年上でおおらかな彼女に、いつも一歩引いて後に従うようなギルには難しい。
「い、イチカ。私は子どもじゃないんです。どうか結婚して下さい」
ティーカップを手に持ちイチカは困ったような顔をした。傍に膝をつくギルは、懸命に彼女を見上げる。
「ギル、あなたが小さい時に私が申し込んだ結婚の約束なら、戯言だから本気にしなくていいのよ」
「いいえ、あれは関係ない。私はあなたがずっと好きだった。だから結婚したいんです」
「ギル」
「あなたは?あなたは、私をどう思ってるんですか?」
カップを手から奪い、その手をぎゅっと掴む。
「好きよ、ギル……でも」
「では結婚しましょう、日取りは今年の秋に決めてますから、今から魔王様とレイ様にご挨拶に行きますよ」
「え」
いつになく強硬なギルに、イチカが驚いている間に説き伏せる。
「幸せにします、イチカ」
「………お兄様に何か言われたのね。ふふ、わかったわギル、愛してます」
*************
「また助けられなかった」
傷付いた体で床に手を付き、ギルは呻いた。
彼女達がアテナリアに連れ去られて数百年、何度も救助しようと乗り込み、その度に手強い反撃に合い、ギルは自らの無力感に打ちのめされていた。
「イチカ、あなたを助けたいのに!」
『いいのよ、あなたが無事なら』
会話はできる。だが、姿は見られない。触れることができない。
『ギル、ねえ泣かないで』
「イチカ」
『離れていても、愛してるわ』
**************
「とても美しいヒトでしたよ、あなたの叔母上は」
ギルは、赤ん坊を抱いて語りかけている。
「あなたの赤い髪は、お母様譲りかもしれませんが、もしかしたら叔母のイチカから受け継いだのかもしれませんよ」
光を帯びて輝く赤い髪に、そっと触れる。その柔らかな感触に、ギルはイチカ以外見せたことのない優しい表情をした。
「イチカの分も幸せになるんですよ、お姫様」
眠る彼女を抱いて、ギルは、傷んだ心が温まるのを感じていた。
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