第135話君の手に触れたい
「これからよろしくね。ギールバ……ギル、うん、ギルと呼ばせてもらうわね」
淡い赤い髪をさらりと揺らして、イチカは初対面の子供の背に合わせて屈んで挨拶をした。
「よろしくお願いいたします。お姉……いえ、イチカ様」
「お姉ちゃんでもいいのよ」
キラキラと顔を輝かせて嬉しそうなのは、今までイチカの周りに子供がいなかったから、初めて弟分ができたせい……とは言っても、イチカは60歳を超えていて10歳のギルとは50も歳が離れているのだが。
「何だ、ガキか。ふうん、ちっちゃいが生意気そうだ」
「子供に生意気とか言われてもねえ」
くすり、と微笑んだ彼女が、優しそうな顔に似合わず痛烈に言ってのける。
「俺がガキだと言いたいのか、イチカ」
「さあ」
彼女の兄は眉をしかめたが、言われ慣れているらしくそのまま受け流している。
ギルは、次の魔王がどんなジンブツか興味があったが、ネーデルファウストは偉ぶって鼻持ちならないと思った。ただ見る限り、妹の方が兄を操縦している感じがする。
綺麗なヒトだな。
自分と同じ魔族とヒトのハーフだというイチカは、耳はあるが尻尾は無い。それも自分と同じ。見た目は20前後の娘である彼女に姉のような親近感を感じたのは当然だったと思う。
イチカは、姉のように接して、面倒だと言うネーデルファウストよりもギルとよく遊んでくれた。
「イチカ様は、ご結婚されないのですか?」
魚を調べに二人で川に行ったある日、ギルは何の気なしに聞いてみた。こんなに美しいヒトが何十年も独身でいるのが気になったのだ。
「さあ、わからないわ。でも……」
川縁に座り、イチカは泳ぐ魚を目で追っている。
「悲しい思いをするなら、ずっと一人でいる方がいいわ」
寂しそうな顔をするのは、おそらく彼女の母親の為だろう。
人間であるイチカの母リツコは、年老いて近い将来死を迎える。それは必然なのだ。
悲しい思いとは、残される魔王を思ってのことだろうとギルは考えた。
「それでも幸せだった時間があるなら、結婚も悪いものではないのだろうけど……」
顔を上げて、ふとギルを見つめて彼女は悪戯っぽく笑った。
よく笑うヒトだ。
「そうね、ギル。あなたと結婚したら、私は悲しい思いはしないかもしれないわ」
「え?」
「同じハーフ同士、ううん、ギルとなら幸せかも」
冗談半分だったのだろう、笑んだまま彼の顔を覗き込んできた。
「ギル、私で良ければ結婚してね」
言われたギルは、心臓が跳ねて真っ赤になってしまった。
「………はい」
幼い少年には、返事をするだけで精一杯だった。
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