第91話君に捧げる狂った愛情2

「服従の術……白亜しかいないか」




 デュークが「悪い、クロ避けろ!」と叫びながら剣を薙ぐのを、レイはひらりとかわした。




「深紅は?魔王、深紅に何もしてないでしょうね!?」




 友人の無事を気にする橙の拘束の術を、魔力を盾にして避ける。




「はっ、何もするわけ………いや、したか?うん、したな」




 腕を組んで考え込むレイに、怒った橙が叫ぶ。




「あの子に何をしたの!許さない!」


「同意の上だし、周りにあれこれ言われる筋合いはない」


「何て事を……魔族に穢されるなんて」




 橙の言葉に、不快になったレイが彼女の口をこれ以上話せないように魔力で塞いだ。




「気にすんな、クロ。俺はあんた達を祝福してるさ!」




 慰めの言葉と共に、デュークの剣がレイに突きだされる。




「言ってることと行動があってないがな」




 後ろへ飛びすさり、樹木の後ろへ回り込んだレイは、カインの体力減退の術を受けて膝をつく。




「言っておくが、僕は服従の術は受けていないから。手柄が欲しくてね。魔王を傷付けてもいいから連れて来いと言われてる」




 背後から歩み寄るカインを見て、レイは鼻で嗤った。




「誰も殺すつもりはなかったが、あんたは一番ムカつくから消そうか」


「あ、あぶねえ!」




 勝手に体が戦闘モードなデュークが、剣を振りかぶるのを見るや、レイは素早くそれを避けてカインの足を魔力で引きずった。




「うわああ!」




 デュークの剣が、カインの足の甲を抉り血が溢れる。




「す、すまねえ!」




 苦痛に歪むカインの表情をレイは静かに見ていたが、やがて橙の口を塞いでいた魔力をほどいた。




「……………治してやれ」




 驚く橙の視線をうっとうしそうにして、レイは溜め息をついた。




「わかっただろ、お前達では俺には敵わない。もう帰るがいい。はあ、血を見るのはトラウマだ」


「でもよぉ、まだ体が勝手に動いて」




 再び剣を構えようとするデュークの腕を魔力で巻いて固定し、レイは解術の為にレティを呼ぶか悩んだ。




「……………魔王、教えて」




 カインの怪我を癒しながら、座り込んだ橙が見上げた。




「あの映像、あれに嘘偽りはないと断言できる?深紅は、本当に望んであんたと……」




 言葉を濁す彼女に、面倒そうにレイは逆に問う。




「アテナリアに嘘だと吹き込まれたか?では聞くが、あんた自身はどう思ったんだ?あんたは、レティの長年の友人なんだからわかるはずだ」


「わ、私は」




 戸惑う橙達に、レイはわざと偉そうに言い放った。




「レティシアは、自分の意志で俺と結婚したし、俺を好きだと言ってくれている。俺は……」




 そこまで言って、急にモジモジと落ち着かなくなる魔王。




「お、俺はレティをあ、愛している。あいつをこれから先も泣かすつもりはない。し、幸せにしたいと、お、思って、いる」




 最後の方は木の陰に隠れながら、なんとか言ったレイに、橙達は直ぐには言葉が出てこなかった。




「……ひゅ、ひゅうひゅう、なんだアツアツだな」


「や、やめろ、ひゅうひゅう言うな」




 デュークに冷やかされ、ますますレイが木の陰で顔を隠す。




「………君のせいで、彼女がアテナリアでどんなふうに見られているか知っているのか?人間の裏切り者として、深紅は歴史に」


「黙って!」




 責め立てようとするカインの言葉を遮ったのは、意外にも橙だった。




 橙は真剣な表情で立ち上がると、赤い顔で恥じらう魔王をじっと見た。そして意を決したように、口を開いた。




「…………私、魔王を信じるわ。ごめんなさい、アテナリアの言うことを鵜呑みにして、私はあんたから……」




 その時、突然パーティーの二人が同時に倒れた。




「あ、術が消えたか」




 意識はあるようで、デュークは自分の手を開いて剣を落とした。




「魔王、早く戻って!」




 倒れたまま、顔だけ起こして橙は叫んだ。




「服従の術が消えたのは、作戦が成功した合図なの!私達は……陽動なのよ」


「…………まさか」




 悔しげに目を瞑った橙は、泣きそうな声で訴えた。




「ごめんなさい、私は魔王から深紅を、た、助けようとしてパーティーに、加わったの」




 聞いていたデュークが、愕然とするレイに向けて声を絞り出す。




「それは知らなかった、すまねえ、俺はただここで魔王を足止めしろと」


「くそっ!!」




 最後まで聞かず、風のように駆け出すレイには、既に彼等のことなど頭に無かった。




 転移魔法陣で、城の地下へと移動した彼の視線の先には、胸から血を流し壁に凭れかかるギルの姿だけ。




「レイ様」




 自分を支えるレイを見て、ギルは痛みに顔を歪める。




「ギル、レティは?!」


「………申し訳ありません、彼らは最初からレティシア様を拐うことが目的だったようです。不意をつかれました」


「……レ………レティ」




 焦燥に顔を強張らすレイから目を反らし、ギルは呻いた。




「白亜とアテナリア王が乗り込んで、意識の無いレティシア様を連れ去るのを見ていました」






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