第92話君に捧げる狂った愛情3

「う………ん」




 目が覚めても、暗くてここがどこか直ぐにはわからなかった。


 石の冷たく硬い床に、私は膝を付いていた。手が痛くてだるくて、体を動かそうとしてできなくて視線を巡らすと、両手が縛られていることに気付いた。




 ただ縛られているのではない。天井から下げられた鎖に手首を繋がれて、半分吊り下げられた状態だった。




 この格好が最初に出会ったレイと同じようだと思い、暗闇に慣れてきた目で、よく辺りを見回すと、やはり神殿の地下だとわかった。




「そう、だった」




 私は捕まってしまったのだ。


 背後から動きを封じられ、頭を殴られた気がする。


 ギル兄はどうしただろう、無事だといいけど。




「起きたか?」


「だ、れ?」




 目の前の暗がりからの声に目を凝らすと、現れたのは白亜様だった。


 いつも歳を感じさせない彼女だが、以前見た時よりも疲れた顔をしている。




「…………白亜様」


「少し、話さない?」




 床に視線を落としたまま、白亜様は暗がりと同化したように佇んでいた。




「前魔王の封印を解いたのは、深紅、あなたね?」


「はい」




 答えて白亜様の表情を窺い見る。怒っているのかと思った。




「そう、よく解いた」




 けれど、静かに水底に澱む砂のように彼女は淡々として、それが私には奇妙で怖かった。




「あなたとこんな形で再び会うことになろうとは思わなかった……いえ、ネーデルファウストを連れ去るあなたを見た時、もしかしたらという期待はあったけれど」


「どういうことですか?」




 神殿の入り口で、灯りの中で私達を見送った時の白亜様の微笑みを思い出す。




「あなたがネーデルファウストを懐柔し、あわよくば私の願いの通りに動くのではないかという期待……少し予想とは違ったけれど、なんとかなりそうなところまで漕ぎ着けた……とても長かったわ」




 宙を見つめて、ほうっと息を吐く白亜様は、何かからようやく解放されるように私には見えた。




「私は、ネーデルファウストの結界を消す聖女をずっと待っていた。私よりも魔力吸収に秀でたあなたを」




 この人は、どうするつもりだったのだろう?もしも、私がレイの封印を解けなかったら、ずっとずっとそれでも待つつもりだったのかな。




「…………護さんのこと、好きなんですね?」


「ええ」




 引きつるような手首の痛みを堪えて白亜様を見つめたら、ゆるゆると首を縦に動かした。




 こんなに白亜様と話したのは初めてだ。


 サイドで括っていた髪は乱れているし、殴られた頭は治癒されているけど手や膝は痛くて苦しい。




 だから……恋バナぐらいしかできないや。




「護さんのどこが好きなんですか?」




 え?という風に私に初めて視線を合わせた白亜様。やっぱり女の子の顔をしている。




「そんなこと、考えたこと」


「無いんですか?私は沢山ありますよ。レイは可愛くてカッコ良くてイケメンだし、変態だけどモフモフ尻尾が私を虜にして離さないし、照れ屋だけど、私を好きだって言ってくれるし」


「もういい」




 煩そうに顔をしかめる彼女に、私は純粋に知りたかった。




「私の大好きな人の妹ちゃんを殺しちゃうような人の、どこが好きなんですか?」




 すっと空気が凍りつくように感じたのは、私だけだろうか?




「……魔族を殺しただけ」


「人間と変わらない、優しくて可愛かった女の子ですよ、白亜様は何も思わなかったの?」




 青ざめて唇を噛む白亜様。


 恋は盲目、違う……だって白亜様、護さんのことが好きか聞いた時、凄く辛そうに応えたんだ。


 普通なら、私なら、笑って応えるのに。




 私でもわかるのに、白亜様……どうしたって今のままじゃ幸せにはなれない。




 これは私の勝手な考えだけど、白亜様は護さんと別れた時に、体も心もその瞬間に置いてしまったままなのかも。


 ずっとそこから進むことができないでいるんじゃないだろうか。




「白亜様」


「もう、やめて……聞きたくない」


「本当に、あなたは」




 言いかけて口や舌が動かなくなった。


 拘束の術を私に放ち、後ずさる白亜様は悲しそうだった。




「……………っ……」




 神殿の上部へと続く階段からの光が閉ざされ、誰もいなくなった地下で、私は何も出来なくなって、辛うじて許された自由として目を閉じた。




 言葉を封じられる前に、早く手や膝に治癒を唱えなかったことを後悔した。




 レイ




 きっと私がいなくなって、捜してる




 なぜ私がここに閉じ込められているか、さすがに頭の鈍い私だってわかる。


 私は、人質。


 レイをおびき寄せる罠。




 そして、必ず彼がやって来ることさえわかっていた。




 旅をしていた時、言われたことを思い出す。私がクロのように封じられていたら……




『いい絵面だから、観賞して……飽きて話がしたくなって…触れたくなって』




 レイ、レイ




 私の為に、傷付くのは見たくない。


 それなのに、会いたくてたまらない。




 痛みで心が弱ってるのは、わかってる。


 う、泣きそう。




 泣かないために目を瞑る。




 あのまま魔界で、レイとずっと一緒に暮らせると思っていたのに。


 暗闇に気持ちも呑まれそうだった。闇を纏う魔王の隣の方がずっと明るかった。




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