第90話君に捧げる狂った愛情
部屋の傍にオレンジの花をつける木があって、その下で私はうたた寝するレイを膝枕して本を読んでいた。
「レティは、読書が好きだな」
読むのに集中していたら、目覚めたレイが下から見つめていた。
「うん、ここには私が読んだことの無い本がたくさんあって面白いよ」
今読んでいる本は、恋愛物だ。
とある聖女と拾った犬との旅の話なのに、後半に差し掛かったところで、甘ベタ18スレスレの話になるというおかしな話だ。
裏表紙には、作者が感想やレビュー欲しいよーと贅沢さを求めるメッセージ入りだ。
物語全般に、作者の変態さが窺える感じがする。
でもこの物語、やけに親しみが湧くんだよね。他人事じゃないような感じ。
レイは、指先で私の髪を弄って遊んでいる。
「そんなに好きなら『歴代魔王日誌』を読んでみろよ、なかなか面白いぞ」
「なあに、それ?」
何か固そうな本だなあ。
「確か……7000年ほど前から書かれた歴史書で、俺の曾祖父が魔王になってからこれまでの魔王と魔界の出来事が記されている」
「……………へえ」
興味が湧かなかった。
私の微妙な顔に、レイはムッとして『歴代魔王日誌』をプッシュしてくる。
「読んでみろ、面白いぞ。たまにわけわからん事や魔王の愉快な為になる言葉が記されている」
「例えば?」
「神殿の下にも300年とか、捨てる聖女あれば拾う聖女有りとか、犬も歩けば恋に当たるとか………なんだろう、なぜか胸に込み上げるものが……」
レイは一人心震わせて、うるうると瞳を揺らした。
だが、ふいに不機嫌な表情で体を起こした。
「………………」
「レイ?」
怪訝に思って顔を見ていたら、レイは私に微笑むと頬にキスをした。
それから私の手を引いて立ち上がらせると、腹心を呼んだ。
「ギル」
「はい」
いきなり後ろに出現したギル兄に、びくっとなった。
「俺だけでいい。レティを護れ」
「………もう封印はこりごりですよ?すぐ戻らないと知りませんから」
ギル兄の冷たい言葉の裏に心配そうな響きを感じて、私は不安を覚えた。
「ああ、平気だ。レティ」
私に向かい合い、レイは何でもないように言った。
「次の勇者パーティーが来た。河を超えて、魔界の領地に入ったところだ」
「な、なんで!?」
魔王になった時レイがあんなに平和を訴えたのに、人間に何もしないと言っていたのに!
「俺の力を欲しがる奴等が諦めていないらしい」
「それって」
「直ぐに帰るから、ギルといてくれ」
そう言って、どこかへ行こうとするレイに慌てて後ろから抱き付く。
「待って!私も」
「ダメだ」
力になれるはずなのに、レイは皆まで言わさずに、ぴしゃりと拒否した。
「レイ……う」
厳しい表情で私を振り返るので、驚いて涙が滲んだ。
「ごめん、レティは戦えないから」
私を慰めるように柔らかく抱き、レイは髪に唇を当てた。
「どういう……」
「気配からして、レティの知ってる奴等だ。俺も覚えがある。レティには辛いはずだ」
「え」
「大丈夫、殺しはしない。皆お帰り頂くさ」
余裕で笑うレイを不安げに見上げる。
「レイが怪我をしたりするのは嫌だよ」
彼の首に掛かる私が贈ったネックレスに指で触れる。
「わかってる」
踵を返し背中を向けたレイを送り、私は急に気持ちが沈むのを感じた。
「………嫌な予感がする」
「やめてください」
ギル兄は、私の肩を押して地下へと案内してくれた。
****************
森林地帯を移動しようとする勇者パーティーの前に、魔王は転移魔法陣で立ち塞がった。本来は、魔王城までやって来るのを待ち構えてもいいのだが、レティのいる近くで戦うのは避けたかった。
「何なんだ、このパーティーは?ふざけてんのか?」
「……俺だってそう思ってるんだぜ、クロよぉ」
勇者デュークは、困惑しながらも剣を構えた。
「深紅は?深紅は元気でいるの?!魔王、あんた監禁とかしてないでしょうね?!」
聖女橙は詠唱を唱え出した。
「クロ、いやネーデルファウスト、リベンジだよ」
神官カインは、あからさまに裏がありそうな笑みを浮かべた。
〈新魔王ネーデルファウスト討伐パーティー〉
勇者デューク……元魔族ハンター。妻と娘あり。長期休暇中アテナリアに呼び出され勇者認定される。
聖女橙リリィ……深紅と長年苦楽を共にした学友。優しく気配り上手。里に戻っていたところ、いきなりアテナリアに聖女認定される。
神官カイン……深紅の幼なじみ。出世欲が高く、その為なら誰でも利用する。アテナリアに打診され、快諾してパーティーに参加。
「すまねえな、クロ」
構えた剣を見つめて、デュークは焦りを滲ませた。
「娘がアテナリアの人質になってんだ」
「服従の術が私達には掛かっているわ、言葉は自由に出せるけど行動は強制されてる」
橙が悔しげに告げた。
「真実悪魔なのは、どちらだろうな?」
レイは、手中の魔力を転がして薄く嗤った。
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