第81話君の暗黒を愛す5
「少し話がしたい」
そう言って、レイは私の手を引いた。
「以前話すって言ってたことだが」
「イチカちゃんの話?」
神妙に頷き、レイは私をどこかへ連れて行こうとする。
………ギルさんは、あのままでいいの?
「結局聖女青は、俺達をアテナリアに連行はしたが、結界を破ることはできず、俺もできなかった。あの女はどこで知ったのか、俺達の力を欲していた」
「力?」
「魔族と人間の間に生まれた子供は、特殊な力を得る場合が多い。ギルは少しだけ体内の時を停止させる。俺とイチカは、自らの血を媒体に空間を開く」
開く?
レイに連れてこられたのは、他の部屋よりは小さな部屋で、中央に椅子が2つ並んでいた。
肘掛けがあり、赤い絹を張った豪奢な椅子で、その前には大きな鏡のようなものが立てられていた。
「時や場所関係なく、望んだ相手を呼び寄せたり、あるいは異世界への扉を開く。聖女青は、おそらく自分の世界に戻りたかったのだろう。拘束の術に秀でていて、結界の外から俺達の手足の自由を奪い、言葉を封じはしたが、それが精一杯。最後には諦めたがな」
レイに促され、2つのうちの一つの椅子に腰掛けて、私は彼を見上げた。
「だが、次に白亜が異世界から墜ちてきた。連れの男と共に」
「え?」
初めて聞いたことだ。私の表情を見つめ、レイは「やはりな」と呟いた。
「知らなかったのだろう?白亜のパーティーは四人だった。神官ネーヴェ、アテナリア王子である勇者エドウィン、聖女白亜、そしてもう一人の勇者、護」
その名を口にしたレイは、拳を額に当て堪えるように目を瞑った。
「…………その存在を隠されて当然だ。奴はイチカを殺し、その血を利用して異世界に帰った……狂った勇者だ」
何が正しいのか、もう私にはわからない。
レイは怒りと憎しみで顔を強張らせて、吐き捨てるように話す。
「………父の結界は変わっていて魔力で作られていた為に、長い時の間に、少しずつ俺から沸き上がる魔力も巻き込みながら保持され続けた。だから、俺が結界を破ろうとすればするほど魔力は結界に取られ、俺は結界を不本意ながら強化してしまい、逆に体は弱体化してしまった。だが、イチカは違った……あいつは人間に近く魔力が少なく、結界は段々と脆くなっていった」
「レイ……もういいから」
とても辛そうな話、レイは苦しそうなのに、私に話そうとする。
「いいや、聞いて欲しい。嫌な話だがお前には聞いてもらいたい。そうでないと前に進めない」
僅かに冷静さを取り戻したレイは、そう言うと、両手を伸ばして招く私の前に膝を付き、私の膝を抱いて頭を乗っけてきた。
「…………白亜が魔力吸収で結界を破り、護がイチカを切り刻むのを、俺は傍で見ていた。奴がイチカの腕に剣を突き立て、流れる血で無理やり異世界の道を開かせ……白亜と二人分帰る道がいるから、血は多い方がいいと……首の動脈を……」
「レイ……!」
屈んでレイの頭を抱く。聞いているだけで苦しいのに、それでも彼は絞り出すように話す。
「………俺は傍にいながら、助けることもできなかった。妹の悲鳴も、俺の結界に飛んだ血しぶきも、全て記憶して今も鮮明に……」
私の足を強く抱き締め、俯いたままのレイが、声を震わす。
「憎くてたまらない!護と帰れなかった白亜は、次は俺の力で帰ろうと、聖女候補達に試験と称して結界を破らせようとした。力を使い果たして、もう自分では無理だとわかっていたから……たかが帰還する為に、イチカを殺したくせに、更に…!」
そうだったんだ。
その頃には、もう魔王は死に瀕していたから、次の魔王封印は無かったはずだ。
だったら、私達は白亜様の望みの為にいたようなものだ。
「……ごめん、ごめんなさい」
無知な自分が恥ずかしい。私が呑気に過ごしていた間に、レイはずっと辛い想いをしていたのに。
レイの髪を指で漉きながら泣いていたら、そっとその手を宥めるように握られた。
「………お前に解放されて、最初はアテナリア…人間共全てを殺そうと思っていた。まあ実際は弱体化で力なんて無くて、おまけにお前のイヌだったからな」
膝に頬を付けたまま、レイは目を閉じて話す。
「今でも白亜や護やアテナリアの奴等は憎い。だがお前と出会って……その……」
言いにくそうに、握った私の手を指で撫でながら、レイは目は逸らしたままで顔を上げた。
「俺は、人間であるレティが好きだ。だから、お前が泣かないように人間を殺すのはやめておく」
「………レイ」
剣呑だった表情を消し、レイはぐすぐす泣く私の涙を指で拭いた。
「だから……レティ、明日の朝、同じようにそこに座って欲しい」
「………何で?」
「そこの鏡を媒体にして魔力を流すと、今レティがいる椅子の辺りの映像が、全世界の空中に投影される。勿論音声も」
「………へえ」
よく分からず生返事で返したが、レイは緊張した声で説明する。
「明日、俺は新しく魔王になったことを全世界に宣言する。その時、お前を王妃として紹介したい」
私を期待を込めて見上げるレイの顔を、ぼうっと見つめる。
情報量が大量で、頭が許容範囲を越えておかしいのかな?
「………誰がなんて?」
「お、お前を……王妃……に」
ぎこちなく口を動かすレイを、じっと見る。
「…………………」
「け、結婚、して?」
ちょっと泣きそうに、レイが言い直した。
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