第82話君よ……どうか
「…………レイ、私まだ18だよ」
「俺なんか500……忘れた。歳は関係ない」
私の膝に顔を乗っけたままのレイと、不思議な緊張感を漂わせて見つめ合う。
「両親には」
「了承済みだ。お前の家に泊まった夜に、話はつけている」
「ああ、あの時………」
それでお母さん達、私をよろしくなんて言ってたんだね。
そうか、ギル兄のさっきの話も、あれは私に決断しろと言っていたんだ。その前にも、「覚悟はあるんですか?」と私に聞いたのも……
それに辛い話を聞いた後に、この話は反則だよ。
なんだか外堀を埋められてしまってる気が……
思わず笑ってしまい、レイの頭を抱いて頬を寄せた。安心したのか、彼は私の膝に顔をすりすりして甘えたような仕草をとる。
「お、俺が早く言い出せなかったのは、お前が旅をしていた間、自由にイキイキして楽しそうだったのを見ていたから」
「ん?」
「ここでもそうだ。お前は自分のやりたいことをしている時が一番幸せそうで……でも、その……王妃になったりして前より自由に過ごせなくなったら……いつか」
言いながら、弱々しくなる声。
「いつか?」
「いつか、俺から逃げるかもって……聖女の役目から逃げたように……」
うーん、耳が痛いな。
弱気な言葉とは裏腹に、レイは足をさわさわ触りまくっている。
「レイ君」
「はい」
「私がここにいるのは、私の意志だよ」
「はい」
「私が君の傍にいて、君が好きなのも私の意志なの」
パアッとレイの顔が嬉しそうに輝く。
「それは……返事は」
「ところでレイ、明日の魔王宣言は人間の世界にも流れるの?」
「え?ああ、そうだが……返事」
「アテナリアにも……白亜様や橙や翡翠やカインにも?」
「ふっ、あの神官、どんな顔をするだろうな。ざまあ……で、返事は?」
「………そうなんだ」
「お前は、気が引けるかもしれないが……その…返事、は?」
私は座っている椅子の肘掛けを見て、前にある鏡を見た。
全世界……
沸々と闘志が湧いてきた。
こうしちゃおれません!
「レイ君!!」
「はい!」
ぱっと立ち上がり、胸に拳を作った。
「行ってくるよ、私!」
「え?」
目を丸くしたレイが私を見上げているが、今は「このう、可愛いワンコめ」と思う余裕は無かった。ちょっとだけだ。
早足で部屋を出て、作戦会議に突入すべくスリィちゃんを探す。
「………返事」
か細くレイの声が響いたが、今の私は、ある種戦いに赴くファイター化していて耳に意味として入ってこなかった。
**********
その日、新魔王の腹心ギールバゼアレントは、明日の準備をして夜遅くに自室に戻った。
「…………どうしました?」
部屋の前の暗がりに、膝を抱えて壁に凭れて座る新魔王がいた。
「………………」
「あなたのおかげで、魔力の拘束を解くのに一時間掛かりました」
「……………………………レティが来ない」
「は?」
顔を突っ伏して、レイがぼそぼそと喋る。
「…………俺の部屋に来ないんだ。レティの部屋に行ったら、強い結界が張られていて、ご丁寧に『魔王立ち入り禁止』の札が掲げられてた」
「それはご丁寧に」
面倒そうにギルは言い、部屋に入ろうとしたが、ガシッと足首を掴まれてしまった。
「ちょっと鬱陶しいんですが」
「俺は求婚した」
「ほう、よくやりました。ヘタレ」
「う……返事がもらえなかった」
足首を掴んだまま項垂れる魔王を見下ろし、ギルは魔界を憂えた。
「フラれたかも……」
「………そうかもしれませんね」
ギルの同意に、ショックを受けたレイが悲しく呻く。
「さよなら、俺の初恋」
「………何言ってんですか」
あの変な聖女は稀に突拍子も無いことをする。それにあんなにレイのことを好きだと言っていたのに、今更フるだろうか?
捕まれた足首を引き摺り、レイごと部屋に入ると、ギルは戸棚からお酒のボトルを取り出した。
「一杯どうですか?」
「うう」
よたよたと床に座り直し、レイは杯を手にした。
「少々酔って、忘れることです」
「うう……そんな簡単に」
注がれた琥珀色を見ていたが、やがてちびちびと呑み、次を要求した。
「例え何があっても明日は、宣言して下さいよ。1000年振りの記念すべきことですからね」
「ん……レティを待つ」
ギルは、レイの表情を見て鼻を鳴らした。
「待っても来なかったら、あなたは追い掛けるんでしょう?」
「………だって悪魔で魔王だし、まだナメナメの間柄なんだ。俺は深いエロを究めたいんだ!」
不貞腐れた表情をしながら、レイの目はまだ光を失ってはいなかった。
そんな彼を眩しそうに……は見ず、冷めた目で見るギル。
「………………それに変態ですから常識通用しませんね」
「え」
ギルは杯を煽り、更け行く夜に思いを馳せた。
「可哀想なレティシアさん。こんな変態魔王で御愁傷様です」
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