第80話君の暗黒を愛す4
魔王のお城は、とても広い。
地下一階から地上五階。一部屋自体が広くて、廊下も広くて、書庫やら温室やら趣味室やら書斎やらゆったりお風呂やら家事室やら無駄に素敵な部屋があって、半分ぐらいは使われていない。
こんなに広かったら、1日隠れてても見つからないのではと思い、一時間ほど隠れてみたらレイに見つけられてしまった。魔王になった彼は、城にいるヒト達の気配を読み取ることができるらしく、私の位置状況は大体常に把握しているらしい。怖いよ、レイ。
「ギルさん?」
今日はギャラリーのお掃除をしようと思い、地図を片手に初めてそこに足を踏み入れたら、ギル兄がいた。
彼は、壁に架かっている一枚の小さな肖像画を、じっと見つめていた。私が近付いても振り返りもしないので、同じように視線を追った。
「……この子」
二十歳ばかりの若い女性が描かれていた。小さな赤みのある毛に覆われた耳があり、落ち着きのある清楚な美人だった。
彼女は、肩までの赤い波打つ髪をしていた。
「メーベルシュライカ……イチカ。私の婚約者でした」
ギル兄は絵の中の彼女に指を伸ばし、触れないところで止めた。
「レイの妹の……」
私は、自分の髪に触った。私とイチカちゃんは同じように赤い髪をしていた。ああ、だからレイは髪を気に入っていたのか。
そう考えたらモヤモヤっとした。
優しく微笑むイチカちゃんは、とても美人で、私よりも淡い赤い髪は彼女に映えて艶々して綺麗。
「私は……母が上級魔族で父が人間でした。生まれてしばらくは人間の世界で暮らし、魔界の滞る魔力の気に適応できるとわかって父の死後、母とこちらへ来たのです」
「そういえば、ギルさんは耳しかない」
「まさか気付いてなかったわけ……ないですよね?」
「あんまり知らなくて」
冷たい視線をかわし、私は手にした箒に軽く凭れた。
聖女候補として、あんなに術の勉強をしてきたのに、魔族と人間の間に子ができたりして少なからず交流があったことは一つも聞かなかった。
それが歯痒い。
自分がどれほど物事が見えていなかったか、ここに来てよくわかる。
「母は元々魔王に仕えていましたので、私達親子は戻ってきて城に住まわせてもらっていました。イチカは、私よりも50ほど年上で、最初は弟のように世話を焼いてくれました」
はい、ここで色々ツッコミ入れたい!
「ギルさん、レイより年下?!こんなに兄貴なヒトなのに!」
「そうですが……確かにレイ様は私よりも子供っぽいと感じますね」
「い、イチカちゃんは、半世紀以上独身だったの!?こんなに美人なのに?!」
「それ言うならレイ様もです……魔族は人間とは、そこんとこ感覚が違うんです」
ギルさんは壁に付けて置かれた椅子に座ると、私に視線を向けた。そして一つ溜め息をついた。
長い話になるようで、私も近くの壁に凭れた。
「………魔族は長い時を生きます。だからこそ誰かを愛することに慎重で、容易に心を動かしたりしないのです。特に人には……」
ギルさんは何か大事なことを私に伝えたいらしい、それぐらいは私にもわかった。だから黙って聞くことにした。
「もし愛した相手を失ったら?それを何度も繰り返したら?それでも長い時を生き続けなければならないなら?……心が耐えられないのです。私の母は父だけを慕って、死ぬまで他の者を愛さなかった。レイ様が言ってましたね……魔族は愛した相手に一途で執念深いと…その通りです。心を容易に動かさないから尚更、愛したらひたすらに心を注ぎます」
「………それじゃあ、ギルさんは、もう……」
「……私は、イチカを今でも愛しています」
優しくて物静かだったイチカちゃん。レイよりも大人びていたけど兄想いで仲の良い兄妹だったと、ギルさんは今まで見せたことのない優しい表情で語った。
「ギルさん……ダメだよ、幸せにならなきゃ」
私が、ぽつりと言ったことにギルさんは緩く首を振る。
「イチカちゃんだって、ギルさんが幸せになることを望んで」
「それでは、あの方を幸せにしてもらえませんか?それが今の私の幸せに繋がりますから」
「………………へ?」
ギルさんがここぞとばかりに立ち上がり、私に向かい合った。
「レティシアさん、レイ様は純粋な魔族ではありませんから、単純計算ですが寿命が魔族の半分としたら、あと100年ぐらいしか無いんです」
「え、短……いのかな?私の寿命と同じくらいかな?」
その内の半分の時を地下深くで生きたレイは、どんなに苦しかったろう。
私が沈んだ気持ちになっていたら、ギルさんはぐいぐいと迫る。
「そうです。だからもう仕方ないんで、あなたで良いんで、早くしないと魔界は困るんです!」
「な、何が?」
「レイ様は、まだ一人なんです!」
「……はい」
鬼気迫るギルさんに、壁の隅に追いやられる。
「あのヘタレ魔王がちんたらしていたら魔界は次の魔王がいなくて困るんです!だから早くこづ、ぐふ」
「くっ、危なかった!」
ギャラリーの戸口に焦った顔のレイがいて、ギル兄の口を魔力で封じて、手足も巻いて床に転がした。
「ん?こづ?」
何が言いたかったんだろ?
悔しそうに唸るギル兄を一瞥し、レイが恐る恐る近付く。
「あ、あのレティ……」
「レイ?」
レイが私にゆっくりと手を伸ばす。
私はつられるようにして、その手を取った。
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