第18話君が必要3

地図とにらめっこをしていた。皺のついたそれに、指を置いて考えている。




 ガタガタ




「わっ、と…」




 私の膝枕で眠っているクロが、荷馬車の振動で跳んでいくんじゃないかと思うぐらい揺れた。


 慌てて頭と背中を押さえたが、クロは目を閉じたままだ。




「気持ち良さそうに眠ってる」




 頭を撫でると、短い髪はすぐに指を通り抜ける。




 ここは、へパイストース国の南隣に位置するアフロディーチェ国。


 途中で、荷馬車を牽く親切なおじさんに会い、その荷台に乗せてもらっている。荷台には、こんもりと藁の山。ふかふかしていて気持ちがいい。




 これからどうしようかな……




 橙の話からして、私達の行動は把握されている。撒こうとして、遠回りしたのは無駄だった。


 それならば…




 真っ直ぐ行くっきゃないでしょ!




 取り敢えず、変装してみた。


 クロは、人間の子供のように人前では尻尾を隠して、瞳の色も変えている。


 それに何より、封印を解いた直後よりも成長している。


 いや、気のせいかと最初は思っていたけど、ここ二週間余りで2、3歳ぐらいの幼児が5、6歳に見た目なっていた。


 背も伸びて体重も増えて、抱っこも一気に辛くなった。




「この調子で成長すれば……一年でお爺ちゃんだね」




 ううん?魔族って不老長寿だったよね?


 よく分からないので、クロに聞いてみたところ……と言っても、ワンワン吠えたり頷くジェスチャーを解析してみただけ…だが、どうやらクロは封じられる前に、体の自由を奪われて魔力を弱体化させられた為に、見た目も弱体化していたらしい。




 ちなみに本来は何歳ぐらいの見た目なのか聞いてみたけど、「ワウン」って言っただけだった。




 ん?あれ?クロの精神年齢は、それじゃあ何歳なのかな?


 …………うん、よくわからないや。知らなくていっか。むしろ、知らない方が良い気がする。


 いや待てよ。あの神殿地下にずっといたなら……




 うん、まあいいや




 私は白のブラウスに紺色のスカートという、ごく普通の女子の格好をしている。髪は一つに三つ編みして帽子を深く被っている。




 目立つんだよなあ、この赤い髪。


 いっそ、切ろうかな。




 変装して逃げるには、目立たないに越したことないな。




 舗装されていない道路で、荷馬車が頻繁に揺れる。


 地図を畳んで、荷馬車から足だけ出してぶらぶらさせていた。


 今日も良い天気だ。まばらにあった家々は見えなくなり、辺りは平原と背の高い木々が目立ってきた。




 遠くに森が見えてきて、私はクロを起こして荷馬車から降りた。




「おじさん、ありがとう」




 手を振り、森から逸れて左に行く荷馬車を見送る。


 荷馬車がやがて見えなくなり、私は森の方へ目を向けた。




「クロ、大丈夫だからね」


「ワウ……」




 私の意図に気付いたのか、クロが眉根を寄せた。


 鞄から、用意したおんぶ紐を取りだし、嫌そうな顔をするクロの体に回して背負った。




「怖くないよ」




 おんぶしたら観念したのか、クロは渋々といった感じで私の首に緩く手を回した。


 ズシッとくる重みに、これは走れないなと歯を食い縛る。




 私は森に歩いて行った。ここを抜けた方が近道だし、転送魔法陣から離れている為に、運が良ければ追っ手を撹乱できるかもしれない。




 深い森は魔物の住処。奥へ行くほど危険が伴う。


 一般の人は、魔物ハンターでない限り避けて通る。




「怖くなんてないよお」




 そういえぱ魔物と対峙する時は、大体聖女候補の皆とだったなあ




 木々で先が見えない森の前で、私は緊張に体を強張らせた。


 自分とクロに結界を張っていると、首に回っていた小さな手が、私の頬を撫でた。勇気付けてくれてると感じて、その手に頬を擦り寄せた。




 うしっ、腐っても聖女候補だ。




「さっさと森を抜けて、早く宿で美味しいもの食べようね」


「ワン」


「で、ゆっくりまったり一緒にお風呂入って寝ようね!」


「ワン!ワンワンワンワンワンワン!」


「クロ、お風呂好きだもんね」




 クロのおかげで、良い感じに緊張がほどけて、私は森に一歩足を踏み入れた。


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