第19話君が必要4


「さっきのおじさん、まさか私たちが森を通るとは思わなかったんだろうね。普通にバイバイしてたし……」


 太陽を妨げるほどに木々が頭上に複雑に絡み合う薄暗い森の中。私とクロは、獣道を進む。いや、魔物道…かな?


「クロ、大丈夫?」


 首に回る手を軽く撫で撫でするが、別に震えてる感じはない。頭の後ろで感じるクロの呼吸も落ち着いている。


「怖くない?」

「グル?」


「何言ってるんだ?」みたいなイヌ語が返ってきた。小さくても上級魔族だもんね。

 でも、力の弱い魔族は他の下級中級魔族に襲われる場合もある。


 魔族は、上級中級下級と大きく分類されているけど、これは人間の世界に当て嵌めると判りやすい。


 下級は、虫や鳥や魚などの姿に近い比較的小型な魔族。

 中級は、猫から象までの姿で大体大型な猛獣のイメージの魔族。


 上級魔族は、人間と同じような姿で知性があり、独自の文化やしきたりを持って秩序的な暮らしをして、魔力を駆使するとても強い魔族。

 クロのように尾があったり、ケモ耳があったり、爪や牙が長いとか個性のある容姿だが目の色が金に近いのは共通。魔力が強ければ金色も鮮やかに、弱ければ薄い黄色のような目になる。


 中級にも賢くて稀に上級魔族よりもスペシャルな奴もいるが、そういうのはレアなので滅多にお目にかからない。

 大半の中級と上級魔族を統べるのが魔王。



「いたね」


 数メートル先に、蛇のような下級魔族を見つけて立ち止まる。頭は蛇だが、体はビール瓶のように横に膨れている。そして、這わずにピョンピョン跳びながら移動している。

 それは、私達に気付くと進路を変えて向かって来た。下級中級魔族は、人間の世界の動物と違い、凶暴で人を襲うものが多い。


 ピョーン


 と、一跳びで三メートルほど距離を詰めると、もう一跳びで牙を向いて私に飛び掛かる。

 だが私の結界に当たると、ジュッと音を立てて炭になり落ちていく。


「ツチニョコぐらいの魔族なら、平気だわ」


 聖なる結界は、闇属性である下級魔族には歯が立たない。

 さすがに上級魔族には効かないけど。


「ねえ、クロは平気?」

「ワウン?」

「聖女の私に触られたりしても、辛いことない?」

「………………グル」


 少し考えるように黙って、クロは私のおさげ髪をツンと引っ張った。


「ふふ、そっか」


 平気だという合図だとわかり、ちょっと笑う。前より意思疎通ができているようで、嬉しい。


「私もね、クロの魔力平気だから。ほら、私って魔力吸収できるから、普通の人みたいに魔力に当てられて寝込むみたいなことは無いの。」

「ワウ」

「それどころか、クロの魔力吸いとっちゃいそうに触りたくて、うずうずしちゃう感じ!」

「ワ、ワウ」

「だから、クロ。もっと私に触ってくれても、もうカモンみたいな感じだから!ひひ」

「……ワン」


 ペットを口説いてる間に、大きな芋虫とネズミに似た魔族が私の結界で炭になって消えた。


 時計を確認すると、森に入って二時間ほど経っていた。

 途中に、生い茂る葉の間から日光が射す場所があって、そこでお弁当を食べることにした。


 宿で作ってもらった幕の内弁当を味わう。


「あ、またクロ唐揚げ残してる」


 弁当箱の隅にポツンと残るのを見て、箸で摘まむ。

 魔族だからって、肉食とは限らないんだよね。


「ほら、ちゃんと食べないと大きくなれないよ」


 口に持っていくと、そっぽを向いて知らんぷりしている。


「クロ、ほーい」

「………………」

「ほらあ」

「グルルルルル」

「ほい、ほい」

「………グ……」

「ほ…」

「グガア!!」


 しつこく唐揚げを押し付けていたら、クロがキレた。


 いきなり箸を掴み、私の残したブロッコリーを刺した。

 そして、片手で私の肩を押してバランスの崩れたところに体重を掛けてきて仰向けに倒されてしまった。


「クロ、まさか!うっ」


 目の前にブロッコリーを見て、恐怖を覚える。

 膝で私の腕を挟み、体の上に乗っかって起き上がれないようにしたクロが、私の口にブロッコリーを押し付ける。


「う、むむむ」


 口を閉じて顔を反らそうとすると、顎を掴まれる。とても子どもの力じゃなくて驚いた。


「や、やめ……くろ、ん」


 意地悪そうに、ニヤリと笑うクロを初めて見た。


 唇にブロッコリーのわさわさした感触がして、涙が湧いた。


「グルルル」

「んん……や、いや…んっ」

「……ワウ……」

「はうっ……やだあ…ん」

「……………」

「も、もう、ゆるし…あ、うっ」

「…………………………………」


 私が半泣きで悶えていたら、クロはブロッコリーを口から離した。

 涙目で見上げたら、奇妙な表情をしたクロと目があった。


「ク、ロ?」


 乾いているのか、クロは舌で自分の唇をちろっと舐めると、黙って私を見下ろしていた。

 私は何かよくわからないけど、少しそんなクロを怖いと思った。


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