第5話良いペット見つけました5

私が聖女候補に選ばれた8歳の頃。




 家には白と茶の斑の毛色の子犬がいた。


 お父さんが、友人の飼い犬の産んだ子犬をもらって来てくれたんだ。




 キャンキャンとよく鳴くけど、可愛い子犬だった。名前は、「マダラ」だった。私のネーミングに対して、お母さんは微妙な顔をしてたなあ。




 私が聖女候補として遠いアテナリア王国の学校に行くことになって、その子犬とは一か月しか一緒にいられなかった。


 15の時に、お母さんからの手紙でその子犬が死んだのを知った。凄く悲しかったし悔しかった。


 お父さんと散歩中に、魔物に襲われて喰われたのだ。幸い、お父さんは逃げ出して無事だった。




 もしその時に、私が傍にいたら…この力で何とかできたかもしれないのに。




 そう思うと同時に、その為にはこの力をちゃんと自分のものにして強くなりたいとも思った。あくまで家族や死んだ犬のために。




 頑張ったよ、私。それなりにはね。そして、帰ったらこの力で家族を楽にしてあげたいんだ。




「深紅、深紅!戻って来い!」




 腕に掴まる橙に揺すられて、我に返った。




「……あ、ごめん。マダラ思い出してた」


「は?」




 私は、再び鎖に繋がれた獣をじっくりと見つめた。周りの子は、怯えている。


 確かに禍々しいオーラは強烈に放たれているから、それだけでもたじろぐ人はいるかもしれない。




「これより聖女候補最終選抜試験を行う!」




 クラス担任の先生が、私達の前に出て、居丈高に声を張り上げた。




「この獣は、昔捕縛した上級魔族である。貴女達には、この獣を覆っている結界を消し去ってもらう。制限時間は3分。試験はそれだけだ。質問は許可しない。名前を呼ばれた者から前へ!」




 質問が許可されていない?


 めっちゃ気になるのに?




 大体こんな幼い仔が、なんでこんな所に厳重に隠されているのか。


 そもそもその仔を包む結界は、黒く澱んでいて、聖女が張る結界のような神々しさとはかけ離れている。




 でも、一番気になるのは……モフモフの尻尾みたいなのが、その仔に生えてることかな?はあはあ、触りてえ…




 気配からして、人じゃないのは明らか。まあ、やはり魔族だろうけど、それならペットにしても良いかな?




 次々に名を呼ばれた候補者が、結界を消し去ろうと力を出すが、上手くいかない。見たところ、かなり強力な結界だ。誰が張ったのだろう?中にいる本人かな?




「6番、橙!」


「は、はい!」




 恐る恐る前に出た橙だけど、消すことはできなかった。


 やったね!


 橙は、これで故郷に帰れる!




 私は戻ってくる橙に、にっと笑ってみせたが、予想に反して彼女は肩を落として落胆していたのに驚いた。最初に挑戦した翡翠や皆も、暗い顔だ。




「橙……」


「次、7番!深紅!」


「あ、はい」




 前に出る。繋がれた獣……上級魔族の前へ。


 金色の目が私を映した。


 綺麗な宝石みたいな目。私の茶色の目とは違う、鋭くて力強い目。




「はあ、綺麗」




「何をしている?」


「はっ!」




 つい屈んで、結界一センチの距離で見とれてしまった。先生が冷たく言うと、周りから失笑が漏れた。その仔が、髪の下から怪訝そうに眉をしかめてる。


 だって、気になるんだもの!可愛くて綺麗だもの!きっと手入れをしたら、もっと可愛いはず!




「深紅、早く!」


「わ、はい」




 橙の焦った声に、慌てて立ち上がり詠唱を唱える。


 結界を消す、消す、消す……


 いや、待てよ?


 これは魔族の結界だ。だから、消さなくていい。




 私は思い直して、詠唱を途中で止めて、片手を結界に触れるかどうかの距離で、そっとかざした。目を臥せて集中する。




 イメージは、食事。美味しく食べることを頭に浮かべる。




 聖女の力の一つ。魔力吸収だ。


 じわじわと結界が気体状になり、私に取り込まれつつある。澱んだ魔力が、手を通り体の中へと流れていく。




「……くう…」




 その強い魔力に、異質感が体に湧いて身震いする。




 周囲がざわめきたつ。


 獣が驚いて私をじっと見ている。その表情も可愛い…な…




 あれ?私……なんだっけ?大事なこと忘れて…




「いや、ダメでしょ!」




 思い出して、一人叫んで手を下ろし中断した。




 アブねー!試験合格するところだったよ!


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