第12話俺は絶対に守る
みるみる近くなる地面に、しがみつく手に力を入れる。
今悲鳴を上げるだけで精一杯なので、紫苑の言葉の意味を考える余裕はない。
「知らなあああ……」
紫苑がパニクる私に向けて初めて見せた優しそうな笑顔は、直ぐに光に見えなくなった。彼の身体中が光り、眩しくて目を瞑る。
「ふわあ!?」
落下していた自分の身体が、ぐんっと、いきなり浮遊するのを感じ恐る恐る目を開けると……鱗が見えた。
首を捻って見渡すと、大きな手のひらに上半身を固定されているのがわかった。強い風圧から庇うようにする為だろうか、顔を覆う指の隙間から見た景色が凄い早さで移り変わる。
「………紫苑、やっぱり竜だったんだ」
ずっと人間の姿だったから彼が竜型を取るのを忘れていた。
片手で私を胸に抱き込んで飛ぶ彼は、大きく美しい銀竜だった。私を包むぐらい大きい手のひら、長い首に波打つように揺れる長い尾。そして銀の翼が二枚背中から生えて羽ばたいている。
銀の鱗は光輝き、逞しい手足についた長い爪さえ水晶のような輝きを放ち、私はしばし見とれていた。
「………綺麗」
近すぎてわかりにくいが見上げた先には竜の頭があって、銀のたてがみを靡かせている。
うっかり口にしてしまった賛辞に気を良くしたのか、紫の瞳が私を見て喉をゴロゴロと鳴らした。竜になった彼の表情は無表情にも見えるが、何となく愛嬌のようなものを感じる。
…………意外に可愛いかもしれない。
そう思った時、紫苑が後ろを振り返り空中で静止した。
見ると緑色の竜達が群れをなして飛んで来ていて、その中に一匹だけ黒い竜がいた。
黒い竜は、黒苑様だろう。それが一声「がああ」と鳴くと、緑色の竜が一斉に紫苑を取り囲んだ。たくさんの牙と爪が目前にあり、身を強張らせる。
紫苑が首をもたげて唸った。
鱗が発光したと思ったら彼の身体に沿うように稲妻が走った。それが空いている片方の手を介して放たれると緑色の竜達に雷が落ちる。
バチバチッと嫌な音がして、痺れたようになった竜達が次々と地面に落下していった。
「紫苑、貴方……」
かなりの低空飛行を保持しているのは、緑色の竜達……騎士達の落下の衝撃を軽減するためだろう。
多分攻撃も手加減している。
稲妻をかわして数匹の竜が紫苑の翼に爪を立て、背中に噛みついた。血飛沫が降ってきて、私が悲鳴を上げても彼は呻きもせずに、尻尾を翻して竜達を叩き落とす。
近くで様子を見ていた黒い竜が、咆哮を上げて発光する。すると彼の周りに風が渦巻くのが目視できた。
嫌な予感がすると思ったら、それがいきなり幾つもの刃のようになって、紫苑に向かってきた。
「紫苑!逃げて、え?!」
私が叫ぶより早く、彼はかわすよりも先に私を両手で覆うと身体を丸めるようにして刃に背を向けた。
ザクッザクッと、肉を切り裂く鈍い音に衝撃を受けた。
「グ、グウウ」
抑えるような悲鳴が紫苑の口から洩れて、首を伝って血が垂れてきて私の手を濡らした。
「な、何をしてるの」
次の風の刃が翼を斬り、飛ぶ力を失った紫苑が身体を下へと向けた。
「紫苑!!」
落ちる!怖さで息を呑んでいたら、紫苑の両手が更に私を包む。
潰さないように、かなりの注意を払っているのだろう。衝撃を和らげようと身体を捩り、背中を下にして落下していく。
「どうしてっ紫苑!」
彼の指の間から見える空が遠くなる。
私にだって分かった。紫苑は私を傷付けまいとしている。
それどころか庇って、自分が傷付いている。
木々が無数に折れる音がしたと思ったら、ドオンと地響きがした。
痛みを堪える唸り声の中、彼の弛んだ手の隙間から抜け出した私の目の前には、地面に仰向けに転がる銀竜。
「……っ、バカ!私なんか、私なんかに」
血まみれの身体が、荒い呼吸のたびに上下に動く。
薄く目を開けて私を確認した銀竜が、「フウー」と長く息を吐いた。それが私が無傷だと分かった安堵のせいだと感じた瞬間、涙がポロポロと零れた。
折れずに残った木々がざわめいた。
ゆらりと起き上がった紫苑が、振り絞るように咆哮を上げて身構える。
漆黒の翼を広げて降り立った黒龍が、もう用はないとばかりに紫苑には目もくれず、彼の足元にいる私に視線を向けて近付いてきた。
ふらふらしながらも紫苑が、また私を手の中に隠そうとするので走ってそれから逃れると、黒龍の前に立った。
「もうやめて下さい!私戻りますから、貴方の番でいいから」
抗議するように紫苑が吼えるが、私は涙を手で乱暴に拭いて黒龍を睨んだ。
「だからお願い、もう紫苑を傷付けないで」
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