第11話俺は待てない

風を切る音が室内に響く。




 紫苑の突き出した長槍を、黒苑様の大剣が受け止めて横に流す。


 長槍は室内では不利だが槍の長さを感覚で熟知しているらしく、紫苑は壁や天井に引っ掛けることなく、細かく動いて攻撃を繰り出している。


 黒苑様の大剣は幅広で両刃の重量感のあるものだった。両手でないと持てないように見えるのに、彼は時に片手で振るっている。




 二人とも長身だがスラリと引き締まっていて、筋肉が一際付いているとは思えない体型なのに、武器を軽々と扱っている。


 人間とは違う竜族ならではの力の成せる技なのだろう。




「黒苑、俺をハメる為とはいえ、なぜ父上が死なねばならない!お前は実の父親を殺したんだぞ、何も思わないのか?!」




 刃が触れあって硬質な音が尾を引く。


 紫苑の問いに、黒苑様は微かに目を細めただけだった。




「父上は俺もローゼリアの番だと知っていた。それなのに兄上の為に、俺から彼女を取り上げた。そうして俺の邪魔ばかりするから消えてもらったまでだ!」


「お前は!」


「兄上が俺の立場ならどうした!今ならわかるだろう、俺にローゼを取られてどんな気分だ?!」


「……………っ」




 何も返さない紫苑を鉄格子越しに見る。




 彼が黒苑様の立場であっても、父親を殺したりするわけない。そこまでして私を欲しがるわけがない。




 それに偉そうで私の匂いを嗅ぐヤバい竜だったとしても、父親を心配して、弟の遊び相手をする優しい竜だ。


 それは信じても良い気がする。




 足枷に動きを取られた紫苑に、黒苑様が袈裟懸けに斬りかかる。




「紫苑!」




 思わず叫んだ時には、彼は素早くかわして長槍の柄で黒苑様の腹を突いていた。




「ぐ!」




 腹を押さえてよろめいた黒苑様が、間合いを取って指笛を吹いた。するとにわかに階下が騒がしくなって、たくさんのヒトの足音が聞こえてきた。




 その間に紫苑は長槍を回して足枷に勢いよく突き立てると、それを粉砕する。続けて「はあ!!」と気合いを入れるや、なんと壁に穴を開けてしまった。




「すご…」




 呆気に取られていたら、私の後ろから指笛に呼ばれた騎士達が駆けて来るのが見えた。




「ローゼ、こっちだ!」




 紫苑が呼ぶので、つられたように慌てて部屋に入ると黒苑様が私の手首を掴んだ。


 すると槍の柄が黒苑様の腕を叩き、私から放す。




「来い!」




 紫苑が片手で長槍を操り、黒苑様に切っ先を向けて牽制しながら、もう片方の手を私に差しのべた。




「………………」




 振り向く紫苑の後ろには、開いた穴から青空が広がっていた。私の背後には騎士達。横には大剣を構え直す黒苑様。




「ローゼ!」


「待って、考えさせて」


「なに?!




 究極の選択を迫られている。




「ローゼ、貴女は俺の番だ!」




 黒苑様が言いながら、私の手を再び掴もうとする。




 父親を殺してまで私を欲しがる危ない竜か、足にキスを命じた第一印象最悪で、つい先程匂いフェチという変態の片鱗を垣間見せたヤバい竜。




「選ばないといけないのでしょうか?どちらも選ばないという選択はないのでしょうか?五分待ってもらえたら考えをまとめ…きゃ!」


「待てない!」




 槍の刃を首輪にあてがい、引き裂くようにしてそれを外した紫苑が私の腰をかっさらい、穴へと身を投げた。




「え、えええ!?きゃあああああ」




「追え!父上を殺した罪人を捕らえよ!」




 黒苑様の声が聞こえて、穴から騎士達が身を躍らすのが見えた。冷たい風を受けながら、青空を穿つように地へと落下していく。




「きゃああああああ!あ?まだ墜ちてああああ」




 パニックになった私は、奴にしがみついて悲鳴を上げ続けた。




「あ、そんなにきつく抱きしめてくるとは、あ、足を絡めるなうわ、あっ、ダメだ」




 もう奴が何言っても、今はそれどころじゃないし聞く余裕がない。


 槍を消した紫苑が、悲鳴を上げている私を両手で抱き締めたまま、ふいにくすりと笑った。




「ああ、お前を抱き締めたのは本当に久し振りだ!」




 あまりに嬉しそうな場違いな声に、怖くて閉じていた目を開けた先には、瞳孔が縦に裂けた竜の瞳がアメジストの輝きを放っていた。




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