第10話俺は渡さない
黒苑様、紫苑を出してあげて下さい。こんなのは酷すぎる」
背後にいる彼に訴えるが、首を振るだけだ。
「お前が父上を殺したのか?」
紫苑が弟を睨んで枷を引きずる。
「そうだとすれば?」
「何故だ!?どうしてそんなことを」
私の腰を黒苑様が抱いて、後ろから身体を寄せてくる。
「は、放してください」
「触るな!」
怒鳴った後に、紫苑は理解したらしく「そうか、そういうことか」と拳を握り締めて呻いた。
見せつけるように私を抱いたまま、黒苑様は兄に笑う。
「兄上のではない。ローゼは俺の番だ」
「黒苑!」
ギリギリと歯を噛み締めて、枷を限界まで引っ張り続ける紫苑を見るのは、何だか辛かった。
腕を解こうともがくが、びくともしない。
「父上を殺し俺をハメたのは、ローゼを手に入れる為なのか」
「兄上なら、わかってくれるだろう?」
「………お前が苦しい思いをしたのに、気付かなかったことは詫びる。だが、これは別だ」
ガチッと鎖が鳴る。
「ローゼを放せ!」
我慢ならないというふうに叫ぶ彼を見て考える。
なぜ彼がこんなふうに怒る?嫌いでも番だから?
「ローゼ、別れを告げるんだろう?」
黒苑様が囁く。
そうだ、一度は婚約破棄を望んだんだ。だから別れぐらい何度だって告げられる。
「……私が貴方の番になったら、紫苑をここから出してあげてもらえませんか?」
「ろ、ローゼ」
また紫苑が死にそうな顔をした。
「そうだな……」
私の首に黒苑様が音を立ててキスをした。思わず肩を揺らして唇を噛むと、目にした紫苑が固く目を閉じて顔を反らした。
「貴女が俺と結婚して俺との子を一人二人生んだ頃には、兄上も諦めるだろう。その時には出してやってもいい」
「ローゼ、ローゼ!クソッ、そんなこと絶対に許さない!!」
黒苑様は私を「救った」と言った。だけど、これは違う。
そこに私の意思は無いのだから。
「紫苑……」
呼ぶと、聞きたくないとばかりに耳を手で塞ごうとする。
そこで、思い出した。
「あ、忘れるところだった」
灰苑様から預かった物を取り出そうと、自分のドレスから覗く胸の谷間に手をズボッと突っ込んだ。
「おわ!?」
「な?!」
黒苑様の手が弛んだので、私は少々大きい胸を掻き分けて耳飾りを取り出した。
「紫苑、これ!」
「あ、それは!」
投げ入れようとしたら、黒苑様が一拍遅れて私の手首を掴んだ。
でも掴まれた時には鉄格子の間を通り、紫苑の直ぐ前の床までコロコロと転がって止まった。
耳を塞いでいた手を下ろす途中で固まったままの紫苑が、目だけでそれを確認した。
「灰苑か!」
黒苑様が舌打ちをして、鉄格子の鍵を急いで開けようとしている。その焦った様子に、よく分からないが彼に渡したことが正解なのだと思った。
「紫苑!」
黒苑様の腕に抱き付いて止めながら、意識を違う世界に飛ばした奴を呼んだ。
「はっ!」
我に返ったのか目を見開いた紫苑が、ピンと張った鎖に足を取られて床に突っ伏した。
だが目だけは床で輝く飾りを追っている。
「ぐうううううう!」
唸りながら、手を伸ばした紫苑が必死でそれを掴もうとしている。
指の先に留め具が微かに触れている。
「俺のっ………ぐうう!」
「ローゼ、放すんだ!」
黒苑様が私を押し退けて鍵を開けた。
じりじりと指を動かして留め具を寄せようとする紫苑の表情も余裕がない。
「ぐ、ローゼの胸の匂いつき………早く……うおおおお!…ぐ、くっ、と、取ったぞ!!」
部屋に入った黒苑様が取り上げようとした耳飾りを、僅かな差で手にした紫苑は素早く立ち上がった。
「渡さない」
耳飾りを両手に大事そうに持って、それに顔を近付けクンクンと匂いを嗅ぎ、スーと胸一杯に匂いを吸い込んでから、ちゅううっと唇を付けて、紫苑は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
一度それを、ぐっと力を入れて握ってから直ぐに手を広げた時には、耳飾りは長槍に姿を変えて、彼の両手に構えられていた。
「あ、それは」
10年前の戦の時に、紫苑が愛用した武器。
あんな小さな耳飾りに変化するなんて、通りで目にしなかったわけだ。
低く腰を落として長槍を構える紫苑に、黒苑様が青い耳飾りを懐から取り出した。それが大振りの剣と変化していく。
「黒苑、許せ。俺はローゼリアだけは渡さない」
紫苑が黒苑様に対峙して言い放った。
「…………紫苑」
どうして私の胸の匂いを嗅いだ!
それさえ無ければカッコいい場面だったのに。
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