第9話俺を信じろ

「ローゼリア」




 黒苑様の指に掬われた私の黒髪が、するりと流れて我に返る。




「でも私は紫苑の……」




 番の相手は世界で一人。何人もいるのはおかしい。




「兄上と俺は、ほぼ同時刻に孵った双子だ。竜族では一度に一つか二つの卵を生むが、二つの場合大体は一つしか孵らず残りは朽ち果てる。だがそうならず二つ孵った場合、顔形のみならず、稀だが魂も良く似た形のことがあるという」


「…………魂」




 私の髪を指に通して口付けてる黒苑様は、心底喜んでいるようだった。




「番とは魂が強烈に惹かれ合う唯一無二の存在。魂の形が似ている俺も兄上も貴女を番だと感じている。だから……貴女を手に入れる為には、これは仕方のないことだった」




「仕方のないことって……貴方は実のお父様を殺したのに」




 髪を放した黒苑様の表情が冷たくなった。




「父上は俺も貴女の番だということは知っていた。俺が直接打ち明けたのだから。貴女の婚約破棄を願ったのに、決して首を縦には振らなかった。混乱を招くことは良しとしない、ここは堪えろと……父上は俺にそう言ったのだ。いつもそうだ、俺は王位も父上の関心も人望も何もかもを兄上の為に捧げてきた。だがこればかりは譲れない!」




 顔を苦しげに歪めた黒苑様が、後ずさろうとした私をきつく抱き締めた。




「ローゼリア。番である貴女だけは俺のものだ」




 私は混乱していた。


 私が思うよりも、竜族の黒苑様達にとって番への思い入れは遥かに強い。家族を犠牲にしてまで、私にどれほどの価値があるというのか。




「……紫苑と話がしたいです」


「話をしてどうするんだ?」




 逃がさないとばかりに弛める気配の無い腕の中で、体を強張らせたまま、目をぎゅっと瞑る。




 考えなくては。




「……こんな形で貴方の番になるのは納得がいきません。紫苑と話して、ちゃんと別れを告げてからでないと」


「そうしたら俺を番だと認めてくれるのか?」


「はい」




 まるで人形のようだと、昔言われた。それは多分この無表情のせい。


 でも、こういう時は助かる。


 黒苑様の探るような視線を受け止め、震えそうになる手を握り締める。




 紫苑に会っても何も変えられないのは分かっていた。竜族にとって私は弱い人間でしかない。




 だけど自分は疑っていないと伝えて、少しでも不安を取り除いてあげたいので一度だけ会いたいと思う。


 私なんかに疑われても、彼が何とも思っていなくても。


 私がそうしたいから。




「………わかった、兄上に会わせてあげよう」




 私の手首を掴んだ黒苑様は、そう言うと直ぐに部屋の外へと私を連れ出した。扉を開けた廊下の先には緑水さんと灰苑様がいて、私を心配そうに見ていた。




「灰苑様」




 二人の前を通ろうとしたら、灰苑様が私に抱きついてきた。




「ローゼ、大丈夫?」


「ええ」




 灰苑様は悲しそうな顔をしているが、拘束されているわけでもなく身体に異常は無さそうだ。そのことに安心していたら、灰苑様が私の両手を包んだ。




「兄様に会いに行くの?」


「そうです」


「どんな様子か、元気か後で教えて」




 灰苑様が、ちらっと黒苑様に目を向けても彼は黙ったままだ。灰苑様も兄に話し掛けない。事のあらましを知っているのか。それとも賢い灰苑様だから理解してしまったのかもしれない。




 怒っているというよりは悲しそうで、直ぐに俯いて私の手を放した……手の中に小さなアクセサリーのようなものを託して。




 気付かれないように一瞬だけ見て、胸をさするフリをして谷間に隠した(ドレスにポケットはないので)


 留め具の形状から、男性用の耳につけるアクセサリーではないだろうか。


 留め具の付いた赤い輝石柱が、私の胸にチクチク当たる。でもこれなら私の匂いで黒苑様も気付かないだろう。




 灰苑様が私に頷いてみせたので、紫苑に渡せということだと思う。




 早く済ませたいのか、黒苑様が少々強引に私の手首を引っ張って城の最上階へと連れて行く。二重の扉の先は、鉄格子で入り口が妨げられた窓の無い部屋が一つあった。




 紫苑は床に座り、背をベッドサイドに預けていたが、私を見るなり立ち上がった。




「ローゼ!!」




 こちらへ近付こうとした彼だが、手が届くかどうかというところで足を引き摺るようにして歯噛みする。


 彼の片足には足枷が付いていて、床に埋め込まれた杭から伸びる太い鎖が足枷と繋がっている。鎖の長さ分しか動けないのだ。




「紫苑、怪我とかはしてないですか?ちゃんとご飯食べてますか?」




 聞いても紫苑は答えずに、私を目に焼き付けるように見つめて、そっと手を伸ばす。届かないのは分かっているだろうに。




 首には竜化を防ぐ首輪が付けられていて、無実なはずの彼が罪人扱いされていることに胸が痛かった。例え嫌いな奴でも。




「…………ローゼ、俺を……信じろ」




 紫苑は不安そうに私を呼ぶ。足にキスしろと言った彼らしくない。




「どうしたんですか、そんな顔しないで。私はあなたが陛下を殺したなんて思ったりしてませんよ」


「そう、か」




 あからさまにホッとしている彼に、黒苑様に全部聞いたとは言わない方がいいな、と思った。










































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