第3話俺を無視するな
『10年お前の自由にさせていた』
「10年………どういう意味だろう?」
「何がですか?ローゼリア様」
お付きの侍女緑水りょくすいさんが、私の髪を編みながら聞いてきた。
「緑水さん、10年前って何かあったかな?」
「ああ、それなら竜族と人間との戦いが終わったことでは?」
「うん、やっぱりそれが思い浮かぶよね」
あの戦いは、人間の愚かさを物語るものだった。
白銀国の豊かな土地を狙い、私の国アースレンは軍事力に物を言わせて戦争を仕掛けた。
巨大な竜に変化し、その竜の力で天候を左右することができる彼らとの戦いは、私が3歳の時に始まった。
直ぐに決着が着くかと思われた戦いだったが、最新鋭の重火器を駆使したアースレンはしぶとく、竜族にも甚大な被害をもたらした。
そんな中で竜族の王子紫苑と黒苑様は、竜の時は竜巻と雷を駆使し、人化の時は長槍と大剣を手にして敵を蹴散らし、めざましい活躍をしたという。
アースレンは次第に軍事的資源に窮し、荒れた土地に疲弊した人々は不満を募らせていった。
唐突に戦争が終了したのは、私が8歳の時。
白銀国からの和睦の申し出があったからだ。
それに後押しされた形でアースレン国王と軍部は、王子と貴族達のクーデターにより失脚させられた。
だが和睦しなくても、白銀国はもう少しで勝利するところまできていたから、違和感が残る。
まあ何にせよ、和睦直前で父母を戦火の巻き添えで失った私には、両国への恨みだけが残ったわけだが。
「ん……何か忘れているような……」
家族を失った記憶は、ショックのせいか曖昧ではっきり思い出せないでいた。
鏡越しに映る緑水さんは、考え事をする私に何も言わずに、意味ありげな微笑を浮かべている。
彼女は、他の侍女さんより比較的人間に好意的な侍女さんだ。私が城に入った時に、そうした侍女をわざわざ選んでくれたらしい……あの紫苑が!嘘っぽいな。
「さ、できましたよ。ふふ、ローゼリア様可愛いですわ」
鏡に映る私は、中肉中背。いや、竜族からしたら背は低い方だ。
背中半分までの長さの波打つ黒髪に焦げ茶の瞳で、竜族ほどカラフルじゃない。人間には、よくある色合いだ。肌色は白くて顔は目鼻立ちは悪くないと思うけど………うーん、可愛い、のかな?
中身は気が強い方だと思うけど、外見は可愛いと言われるのは嬉しいな。
自分が現実的な女だとは思うよ。思うけど、竜族の王子の番と国から伝えられた時は、さすがに胸が高鳴ったものだ。夢を見たのは紫苑と話して見終わったけどね。
白に水色の差し色のあるドレスを着て、髪はサイドを捻って銀の髪飾りを着けている。普段はもう少しラフな衣装なのだが、今日は竜族の王と謁見するのでこんなだ。
時間になったので部屋を出ようとしたら、扉の向こうに奴がいた。
「そうでした、貴方と一緒に行くんだった」
番の私を紹介する為に王と会うんだから、当然彼も付いてくるわけだ。
「………紫苑?」
いつから待っていたのかは知らないが、ウロウロしていたのか足を片方踏み込んだ状態で………動かない。石になったのか?
「………は……う……」
半開きの口で、私をぼうっと見る彼は……少々美青年には残念な間抜け顔だ。
よく分からないが……この男は本当に謎だが、動かないなら放っとけばいいかな。
彼の横を通り過ぎようとしたら、いきなり手を掴まれた。
「ままま待て!俺を無視するな!うわっ」
掴んでいる私の手を、なぜかびっくりしたように離してよろめく男。パントマイムでもしてるのか?
「な、どうしたんですか?」
窓枠に手を付き、片手で口を覆う彼の行動の意味が気になり、近寄って俯く顔を覗いてみた。
爽やかな柑橘系の香りがする。さすが王子様、匂いは素敵だ。
スン、と嗅いでいたら、奴は体を震わせている。
「なんて……なんという引力……く……」
今、屈んでいた為に目立ってしまった私の胸の谷間をチラッと見ていなかったか?そして更に鼻も押さえて震えているのはなぜだ?
「………大丈夫ですか?足、まだ痛みますか?」
「ああああし、足、バカにするな、あ、あんな甘噛み痛いわけない!むしろ気持ちいいぐらい……で、あ」
「気持ち良かったんですか!?」
「ち、ちがっ、そんなわけっ」
やっぱりよくわからない。ただ何となく変態みたいだ。
「…………紫苑」
「ぐ」
呻いて顔を俯ける彼に途方に暮れる。私の一つ一つの行動に、いちいち反応しているようだ。
そんなに嫌なのだろうか。
「殿下!ローゼリア様が困っていらっしゃいますよ」
緑水さんが騒ぎに気付いて、助け船を出してくれた。
それに「わかっている」と返事をし、奴は大きく息を整えて、震えている手を私にじわじわと差し出してきた。
「い、行くぞ」
「はあ」
緊張しつつ、そっと手を乗せたら、恐る恐るといった風に握られて少し驚いた。力の強い竜だから、嫌いな私の手を握り潰すかもと思っていたから。
それどころか、変だ。
顔をあさっての方に向けているが、握る手は汗をかいていて熱い。彼も緊張しているのだろうか。
私の手の甲を彼の親指が何度もなぞるように往復するのは、なぜだろう。
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