第4話俺は認めない

白銀国国王、奴の父親である赤明せきめい様は、病の床に伏している。


 長寿の竜でも生き物である限り、稀に病気になることもある。もう何年も病んでおられて次第に悪化していて、奴に位を譲るのは時間の問題だと言われている。


 まだ齢300年ほどで、竜にしては若いというのに。




「父上、紫苑だ」




 軽い口調でそう告げて戸を開けた奴の背後から、そっと窺うと国王様は上半身を起こしていて私たちを待っていたようだった。




「こちらへ来なさい」




 紫の瞳に白銀の髪をした国王様は見た目は20代後半に見えるが、さすが威厳のある方で纏う空気がどっしりとして重々しい。


 私は緊張で、握られている手の反対の手で紫苑の背中に縋ってしまった。




「ろ、ローゼ、行け」




 驚いたように体を揺らした奴が、私の手を、そろそろと引っ張り国王の前へと押し出した。




「……初めまして、陛下。ローゼリアと申します。お目に掛かれて光栄です」


「楽にすれば良い」


「はい」




 私を目を細めて見る赤明様は病気とはいえ、声量もあり目に力も感じられる。




「父上、調子はいいのか?」


「今日はいつもより大分良い」


「そうか」




 いつも偉そうな紫苑が、父親を気遣う言葉を掛けるのに驚いた。ついでに奴の手が私の肩に置かれて、警戒を強める。




「ローゼリア」




 赤明様が再びこちらを見て、表情を緩めた。




「人間から番が現れたのを見たのは200年振りだ。紫苑は運が良い。こんなに早く相手が見つかるとは」


「陛下」




 ………複雑だ。




「儂は番と感じる相手と巡り会えなかった。だから紫苑が羨ましい」




 うん、複雑だわ。


 私もここに来るまでは番なんて関心も無くて、よく知らなかったものだ。


 だが少しばかり聞いたところでは、赤明様は自分の一族の女性と(かなり年上)結婚して紫苑と黒苑様をもうけ、彼女亡き後に灰苑様を産んだ女性を後妻にされていた。




 どちらも竜族の女性で、番ではなかったらしい。


 国の為に、後継者をもうける為に必要だった婚姻。




 灰苑様を産んだ女性は自分が番でないことに苦しんで、夫から離れて都から遠い離宮でひっそりと暮らしているという。




 一目出会った瞬間に強烈に惹き付けられる番。


 それに巡り会うことは、実はあまりない。十匹いたら一匹が番を見つけられるかというぐらい。


 それも互いに番と認識できる竜族同士であることが多く、私のように相手が人間であることは珍しい。




「そんなに番は良いものでしょうか?」




 つい言葉にしてしまったが、赤明様は気を悪くした風には見えず、むしろ私を面白そうに眺めている。




「そなたは人間だ。だから番だと言われてもピンとこないのは当然のこと」


「はい。ですが私達人間は互いに番かわからなくても、好きあって結婚します。相手を知る時間や好きになる時間を育むからこそ愛情って深まるものだと思うのです。それなのに番だからと、そうした貴重な時間をすっ飛ばして結婚とか……そこに愛情があるのか疑わしくて」




 相性もあるし、相手の性格も心の内も知らなくて番だ!すぐ結婚だ!なんてあまりに勝手だ。




「…………何が言いたい?」




 硬い声が隣から問いかける。


 隣を見ずに、赤明様の傍らに膝を付く。肩に置かれていた手が離れた。




 願うなら今だ。




「私は番であるかもしれませんが、紫苑様との相性は最悪で互いに嫌い合っている仲です。だからどうかこの方との婚約を破棄させて下さい」


「何?」


「………………………………………………………………………………………………」




 眉を寄せる赤明様。真摯に請い願い、真っ直ぐに見つめる私。


 何だか冷たい空気を纏う隣の奴。




 長く感じる沈黙に唾を呑み込んだ時、口を開いたのは奴の方だった。




「………それで、結構だ。俺も番という忌まわしい習性には前々から疑問を持っていた。確かにローゼの言う通り、相手と真実愛情を育むのは習性ではなく時であって……う……番だからと、容易く……う……」




 赤明様が痛ましい物を見る目をした。




「紫苑よ、泣いておるのか?」


「え?」




 驚いて彼に顔を向けたら、さっと顔を反らして目元を手で隠した。その肩が小さく震えている。よく震えるな。




「泣いてなど、俺が泣くわけがないだろうが!う……俺は……ああ、そうだ。俺は認めない。番だからと簡単に恋に堕ちるなどあるわけないものな。そんなに愚かではない。だから自分の気持ちが真実か試し、うう…試して……み、認めない。心が痛いわけない。翼をへし折られて奈落に堕ちた気分なんて、気のせいに過ぎぬ……う……すんごい好きとか有り得ねえし、うう」




「婚約破棄するのが、泣くほど嬉しいんですか?」


「は………は?」




 私との結婚がそれだけ嫌だったのか。それはそれで少し傷付くな。


 まあ、でもいいか。意見は一致したんだし。




「良かった!最後に気が合って嬉しいです!」




 親指を立てて、やったねサインを出しておく。




「……うっうう」


「陛下、そういうわけで私達はこれからの長い人生を共に歩む自信なんてまるでなく、病める時も健やかなる時も共に支え合うことはないと断定できます。死が二人を分かつまで愛すなんてゾッとするので今すぐ婚約を破棄する許可を下さい。ちゃちゃっと帰りますんで!」


「う、ああ……あああ!」




 隣の歓喜の呻き声がうるさい。




 赤明様は深い深い溜め息をついて、眉間を指で押さえて言った。




「許可しない。番である以上、そなた達は一緒になるべきだ」


「ええ!?」




 がっくりと床に手を付く私。


 勢いよく顔を上げて、透明な滴を振り切る奴。




「ふ、ふはは、そうか、残念だな。父上がそう言うなら仕方ないな。うむ、俺は嫌だが命令なら仕方ないな。ローゼ諦めよ。ここは潔く番として俺の妻になるしかないな!ああ俺は胸が小躍りするぐらい嫌だ!」




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