第2話俺の番に触るな

「うん?何で私生きてる?」




 あいつに噛みついて3日。王子に無礼を働いた罪で処刑されるかと思ったが、何を言われるわけでもなく三食おやつつきで普通に過ごしている。


 本当は家に帰りたいんだが……まあ家はあっても迎えてくれる人はいないけど。




 あいつとは、あれ以来面と向かって話はしていない。たまに廊下で出くわした時は、引き返して避けている。だってお互い迷惑だからね!




 あてがわれた部屋には床から天井までの大きな窓があって、そこを開けると広いバルコニーがあった。


 生まれて初めて見るような立派な部屋なのは、私がこの国の王妃になる可能性もあるからとの待遇だと察しがつく。




「絶対ないわ」




 バルコニーからは、めまいがするほど眺めの良い景色が見えた。左右に山々を下に見て、真下にはビーズ玉かと思う町が連なっている。


 つまり、ここは周りの山々より群を抜いて高い白銀国最高峰の山の天辺にそびえ立つ王城なのだ。




 竜族は生活しやすいように普段は人の姿でいるが、自分の意思で竜に変化することができる。だから高い場所にある王城への移動も翼を使って楽々だが、私はそうはいかない。




「よし、今日こそは」




 カーテンで3日かけて作った逃走用ロープをバルコニーの柵にくくりつける。よく侍女さんに気付かれなかったものだ。




「とりあえず階下の部屋にたどり着けたら……」




 ロープの片方を腰上に巻いて、手摺に上がる。


 風が吹いてて凄い高さに、手に汗をかいている。やはり怖い。




 慎重に慎重に……手摺の外に足を回し……




「わわ!何をしているのです?!」


「あ」




 声に驚いて、体がふわっと傾ぐ。反射的に目を瞑ったら、腰に手が回されて内側へと重心をもっていかれた。


 バルコニーの固い石床に体を打ち付けるかと思ったが、目を開けたら誰かの体を下敷きにしていた。




「怪我はないか?」


「あ、ごめんなさい、黒苑様!」




 私を間近で見下ろす男は、黒髪に紫の瞳をした優しそうな美青年黒苑様だ。信じられないが、あいつの双子の弟君だ。




「ここから逃げるのは、翼の無いローゼには難しいよ」




 その隣では、灰色髪に紫の瞳の10歳ぐらいの少年が屈んで私に人懐っこく笑いかけている。


 この子は、第三王子の灰苑かいえん様だ。


 二人とも一週間前に私が来てから、よく気にかけてくれる親切な竜だ。人間だというだけで快く思っていない竜も沢山いる中で(あいつもいれて)私にとって頼もしい兄弟だ。一番目はナシだ。




「逃げたいほどに、兄上が嫌いなのか?」




 私の下敷きになっていた黒苑様は、身を起こすと私を支えたまま肩を労るように撫でた。




「確かに、こんな脆い人間の身では、兄上のものになれば壊れてしまいそうだ。可哀想に」




 憐れみ深く言ったが、え、壊れる壊れるの?えと、何が……




 私を見つめる黒苑様とあいつ…紫苑は双子なだけあって、髪色以外はよく似た顔立ちをしていた。でも、性格はまるっきり違う。あいつが悪なら、黒苑様は聖なる竜だ。




「………黒苑様、あのヒトじゃなく貴方が番だったら良かったのに」




 つい本音を漏らしたら、灰苑様が困ったように微笑む。




「………本当に、そう思うか?」




 黒苑様が私を見つめて冗談ぽく聞いてくる。




「貴方なら私に、自分の足にキスしろなんて言わないでしょう?」


「な……それは…」




 そう言うと、二人が目を丸くした。知らなかったらしい。




 その時、部屋の扉がバァンと勢いよく開かれ、あいつが慌てたように駆け込んで来た。




「ローゼ!!」




 部屋を見回して、バルコニーにいる私を見るや一瞬気が抜けたような顔をした彼だったが、黒苑様の腕に未だ支えられている私に今度は怒った顔をして、つかつかと早足で近寄った。




「やば、黒苑兄ちゃん叱られる」




 灰苑様が肩をすくめていると、怒鳴り声が響いた。




「俺の番に触るな!」




 乱暴に私の腕を引っ張り、黒苑様から引き剥がして、あいつは弟を睨んでいる。黒苑様は、そんな兄を静かに見ている。




「俺の番ね……兄上、彼女はそう思っていないようだぞ。随分酷い仕打ちをなさったようだな」


「っ、番であることに間違いない。お前が口出すことではない。それよりなぜローゼに触れた!?」




 何で怒っているのか、訳が分からない。




「待って、黒苑様は私を助けて下さっただけで悪気はないの」


「そうだよ、兄様。兄様も番の危機を本能的に察知したから、やって来たんでしょ?黒苑兄ちゃんが助けてなきゃ、ローゼは墜落か逃亡してたんだから」




 察知して?




 腕を掴んだままの彼を見上げると、目が合った。だが直ぐに目を反らして「逃亡だと?」と手摺に繋がるロープを確認して呟いている。




 さっきの慌てた様子は、私を心配して……なわけないか。


 本能的なら、思わず意図せずした行動なのだろう。




「……逃げられると思ったのに」




 深く溜め息をついたら、隣で歯軋りが聴こえた。




「10年」


「は?」


「俺は……10年もお前の自由にさせていたのに、ずっと待ってい…」




 言いかけて、ハッとしたように止まって、紫苑は視線をさ迷わせた。




「な、何ですか?気になる」


「くっ、何でもない!」




 私の腕を離した彼は、顔を見せないようにして再び部屋を出て行こうとし、思い出したように一度振り返った。




「別に出て行ってもいいぞ!は、出て行けばいい!だが俺の承諾なしにはダメだ!だからダメだ!」




 そう言うと、部屋を飛び出す彼は、気のせいか悲しげだった。まあ気のせいか。




 呆気に取られて、私達はしばし沈黙した。




「………………えっと、よく分からない」




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