さ迷う竜は、番(人間)の足に追い縋る

ゆいみら

第1話俺の足にキスをしろ

「お前が俺のつがいだとはな」




 赤い宝石が嵌め込まれた豪奢な銀の椅子にふんぞり返った男が、私を見るなり馬鹿にしたように鼻で嗤った。




「こちらへ来い、そしてひざまずけ」


「なぜです?」




 命令口調に、こちらもきつい言い方になるのは仕方ないことだ。




 やや釣りぎみの一重の瞼に薄い唇、鼻筋は整い、形の良い眉は秀麗な印象を与える。短い銀髪は光を帯びていて、瞳はアメジストを思わせる紫の輝き。背が高くバランスの良い体躯で、見た目は軽薄そうな美青年といったところか………口を開かなかったら。




 組んだ長い足を解き、片足のブーツの爪先を私に向けて、男は立ったままの私に言った。




「俺の足にキスしてみろ」




 この……!


 正統派ヒーローよりは、ちょいワルな脇役イケメンが好きな私でも、私でも!


 これはないわ!




「……なぜです?」




 あまり表情の出ない自分の顔が今はありがたい。こんな男の前で惨めな表情は晒したくない。きっと更に馬鹿にされる。




「知れたこと。お前は我が竜族の国、白銀しろがねに屈したアースレン国の人間。加えて俺は白銀国第一王子で、お前はアースレン国の平民に過ぎぬ。礼を尽くすのが当然だろう」


「……………」




 ぐっと拳を握りしめる。


 靴先にチュウするのが礼を尽くすことだと!?


 悔しくて体が小さく震える。だが目だけは真っ直ぐに男を見据えて反らさない。


 目で射殺したる!




 想いが通じたのか、男は眉をしかめて居心地悪そうに肩を揺らした。目が右往左往している。




「…ふ、ふっ!番だからと対等に扱われると思っていたか?悪いが俺はお前を認めていないし、いきなり現れて正直困っている」




 なんだ、呼び出しておいてそれか?!




「そうでしたか、私もです。では失礼します。二度と現れないようにします。ごきげんよう」




 くるりと彼に背を向けて退出しようとしたら、ガタンバタンと背後で大きな物音がした。




「ま、待って!いや、ぶ、無礼者!許可無く去るな!」




 扉を門番らしき二匹の竜が塞いでしまい、出られずに仕方なく振り返ると、男は深青の絨毯に手を尽き膝を付いて、こちらを睨んでいた……椅子から落ちたのか?




「何ですか?私がいたら迷惑なんでしょう?」


「………まだ命じたことを為していないだろうが!」


「…ああ、そうですね。それ必要ですか?」


「いいのか?お前の国がどうなっても」




 何も無かったかのように、憮然として椅子に座り直した男が、再び私に靴先を上げてみせた。




 内心首を捻る。


 私が嫌いなら、さっさと退出させたらいいだけなのに、わざわざこんなイジワルをして大人げないにも程がある。しかも脅して強要するとは。




 確か、この竜の雄は若いといっても齢100年は越えてなかったか?




「………わかりました」




 一つ息を吐いて早足で近付くと、そいつの前で座りこんだ。


 差し出す靴先を、そっと両手で持つと、男が椅子の肘掛けを掴み、目を見開いて私の行動を穴が開くほど凝視している。




 唇を靴に近づけると、耐えられないといった風に、なぜか男が目を瞑った。


 私はブーツの紐を素早く解いて緩め、「うりゃ!」と気合いと共に一気に靴を脱がして放り捨てた。




「なあっ!?」




 驚いている間に、黒靴下も捨てる。




「………思い知れ」




 聴こえるかどうかの小声で呟き、両腕で素足を押さえ付けたまま……思いっきり噛み付いてやった。途端に大きく体を跳ねさせて、男は背を反らした。




「うがあああああああっ!!喰われる!番に喰われる!うああああ!」




 人間のような肌だが、足の見える範囲に一部竜の鱗があって、私は好奇心から歯をずらして、鱗に狙いを定め直して再び噛んでみた。


 固い!さすがは鱗!




「あああああ!」




 悲鳴を上げて、バタンと椅子から転げた男の間抜けな素足から、ようやく離れて立ち上がると手で口を拭った。


 私を見上げてハアハアと息を弾ませている男。うん、何か色っぽいな……って、あれ?この竜は名の知れた武人のはずだ。何で私の攻撃を甘んじて受けたんだろ?




「……しょっぱい」


「う、あ……」




 かあっと顔を真っ赤にし、紫の瞳を潤ませる男は、最初の態度とエライ違いだ。




 ざまあみろ。


 うん、これは死刑かな。


 この男なら、やるだろう。




 いやでも竜族は、番の命は自分の命を引き換えにしても守ると聞いたことがある。番の死は、心が引き裂かれるほどに苦しいそうだ。死に別れた者の中には、狂ってしまうほどに。


 本当かな?


 この男は、それはないみたいだ。




 まあ私は、心が通わないのに番だからと好きになるほど夢見がちな娘じゃない。




 そもそも人間は、竜とは違って相手を番だと感じられないし、 戦に明け暮れる国で家族を失い苦労して生き抜いてきた私は、ただの平民の18の女なのだ。




「これは失礼しました。爪先にキスしようと思ったら、あまりにも麗しい御足に、つい味見してしまいました」




 ショックを受けたのか、ボンボンの坊っちゃん王子は、私をボーと見上げていて、魂が戻らないようだ。




「美味しかったですよ」




 ペロッと唇を舐めて、今度は私が鼻で嗤ってやった。




 よろよろと、男が自分の足に手を触れたそこには、くっきりと二か所私の歯形が刻まれていた。




「…………………ローゼリア」




 長い沈黙の後、男が低く呟いた。


 初めて呼んだ、私の名を。少し掠れた美声で呼ばれてドキリと心臓が跳ねた。




「………………はい、紫苑しえん




 呼び捨ててやると、ますます項垂れてしまった。よっぽど屈辱なのだろう。


 やったね!


 私、死んだね、これは!




 高慢な竜族の王子の鼻を明かしたのだ、人間として誇り高く死ねるわ!




「……………覚えていろ」


「ええ、私も。ムカつく男への恨みは死ぬまで覚えていますよ」


「……………………………」


「……………………………」




 私の番、こんな感じでした。残念だわ。




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